その11
ゆるい風にのって獣じみた低いうなり声が聞こえた。ヴィスタノッテは敵視認用兵器に目を走らせて叫ぶ。
「DWLICK起動! みんな衝撃に備えて!」
スイッチが入った瞬間、ズドンと響く音の重圧が身体じゅうを襲った。激しい耳鳴りと頭痛に誰もが顔をしかめ、それでも敵をとらえようとおもてを上げて武器を構える。
そして特殊な電磁放射の効果により、上部の壁を蹴って隊員の群れに飛び掛かろうとしている敵の姿が映った。
サーベルタイガーに似た四足動物だった。電磁波を受けてドットを帯びたモニター越しのように灰色に明滅し、鋭い牙と吊り上がった眼をこちらに向けて躍りかかってくる。
隊員一名が回避できず前足で抑えられた。捕食の対象になりかけた時、ライトブリッジに位置する狙撃兵の弾が獣の頭部に当たった。
しかし着弾は抑止にならず、隊員はなすすべもなく悲鳴とともに噛み砕かれて、丸ごと飲み込まれた。獣はかま首をもたげ、次の標的を探しはじめた。
凶悪な顔に弾丸が次々と当たるがダメージには繋がらず、敵は素早くジグザグに動いて撹乱を誘うように範囲の広いフットワークに入った。
電磁界のなか、隊員は速さをとらえきれず、サイトで狙って射撃するも誤射を恐れて気後れする。そして獣は隊員四名を殺害したのち、大きく飛び上がってライトブリッジに上がった。
次の標的はキルネだった。小柄な身が太い腕に押さえつけられ、口が大きくひらき、今にも長い両牙が肉を裂こうとする。
そんな様子に誰もがうろたえ、獣の腹部を狙って銃撃した。だが敵はどこ吹く風のていであり、発砲する隊員たちに一べつさえくれない。
もうだめだと諦めた矢先、キルネのもとから一発の銃声が響いた。獣が口をあけた格好で静止した。数秒後、獣は手すりに身体を寄せて半回転して落ち、地面でドサリと音をたてて沈黙する。
「……」
ほどなくして、キルネが肩をおさえてゆっくりと起き上がってきた。肩の爪痕から出血しているが、無表情のまま額に汗をにじませ、体勢を整えて銃口を地面の敵に向ける。
ヴィスタノッテが下から呼び掛けた。
「キルネ。だいじょうぶ?」
『はい。少し負傷しましたが問題ありません。まだやれます』
キルネは落ち着いた様相で返答したあと額の汗をぬぐった。
獣を見れば、口から残滓のような煙がゆらいでいた。どうやら口中に発砲したのが効果的でそれが窮地を脱する理由となったようだ。表皮は異常なほど硬かったが意外なところに弱点があったらしい。
だが安心できたのはわずかの出来事だった。索敵兵のリニカから情報が入った。
「物体が、熱量を帯びはじめました。組織に変化を起こし、じょじょに巨大化していきます。危険です! 全員距離をとってください!」
皆が武器の狙いをつけて後ずさり、変化の成り行きを見守った。敵の姿はもう電磁波装置を使わずとも確認できるようになった。
やがて出現した幾何学模様の球体が広がっていき、新たな強敵の姿が明確となった。隊員が皆、自分たちを見下ろしてくる巨体を仰いで目を凝らす。
姿を見せたのは、鈍色の金属が骨組みとなった肩幅の広いモンスターだった。まるで筋骨隆々のサイクロプスである。
射撃に移ると、モンスターが怪力を用いて部隊に猛威をふるってきた。
隊員があちこちから撃った銃弾をすべてはじき、巨体のためにひるむことなく兵士をつかんで握り込み、反対の手で掘削機を持ち上げた。敵はそれを鈍器としてそこらじゅうに叩きつけ、銃撃する兵士たちを蹴散らしてゆく。
激しい発砲音のなか、オイセコーノが戸惑いの声を出した。
「くそ。なんだこのでかいバケモノは。シャレにならない事態になってきたぞ」
ユズヒトがせわしくリロードして応える。
「軍曹。喋ってる場合じゃありませんよ。敵がおれたちに襲ってきます。右に回りましょう」
移動中、深追いした数名が潰されて犠牲となった。
ヴィスタノッテは敵の赤く光る電子の眼と見つめ合い、部隊の危機を察してつよい戦慄を覚えた。攻撃を一度回避したあと、すぐにマイクで声を送った。
「本部。敵は形態進化をするタイプです。増援を要請します」
現時点の状況と彼女の緊迫した声音から、中佐は要請に応じてくれると思った。それにこの任務は『出撃』であるため、事前に行った作戦説明では増援を送る話は持ち上がっていたのである。
ところが予想に反して冷たい物言いが返ってきた。
『却下する。まだ増援を出す頃合いではない。きみたちだけでやるんだ』
「しかしすでに部隊は死傷者が出ており被害を三割近く被っております。このまま未知の敵との戦闘を続けると最悪壊滅しかねません!」
ヴィスタノッテは焦りを感じた。だが中佐の態度は頑なだった。
『作戦はフェーズ3を続行。交戦を続けて戦力を駆使し、かならず敵をせん滅しろ。部隊の行く末はきみの指揮力にかかっている。これは管理機関から出された命令だ』
銃声に混じって聞き慣れた声の悲鳴が聞こえた。ユズヒトがモンスターにつかまれ壁に叩きつけられた。彼は赤い染みとなって惨たらしく果てた。
ヴィスタノッテは眉根を寄せて交信を続ける。
「本部。お聞きください。指揮権はドリストラ軍にあるはずです。現場は中佐のご判断を必要としています」
『指揮権については会敵した時点で軍部から国際緊急事態管理機関に移転した。わたしは現在、代理できみと交信している。上官としてね』
「中佐!」
これは身内の裏切りだ──。ヴィスタノッテは信じられない気持ちになり、心の中が澱んでいくのを感じた。
そして交信は彼女の呼びかけを無視して強制的に断じられた。これは何か裏があると気付いたが、具体的に何であるか捉えることはできなかった。
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