その10

 

 同プラント

 作業用エレベーターボックス内 AM9:26

 

 会議室で作戦説明を受けたあと、降下していたエレベーター二基が第28層に到着した。扉がひらいた瞬間、第一から第三までの分隊が広く散って周囲を警戒する。

 各分隊の索敵担当兵がタブレット式の敵探索機モニターを注視し、散弾銃を肩にかけたリニカ上等兵がヴィスタノッテに状況を伝えた。

「半径50メートル以内に敵反応はありません。モード1からモード3まで同様です」

 電波が波紋状に広がる2Dレーダーにはそれらしき光は映らず、しかし敵は壁から浸透してくる可能性があるため油断はできない。

 第二分隊の衛生班が、掘削機付近に倒れていた作業員たちのもとへ移動した。どれも損傷具合がひどく全員死亡していた。

 ヴィスタノッテがカービン銃を構えたまま、戦闘用ヘルメット下の咽喉マイクで作戦本部と連絡をとった。その後、チームに向けて指示を送る。

「これよりオペレーションBに移行。総員配置について」

 第三分隊配属のキルネ一等兵をはじめとする狙撃手三名がハシゴを使ってライトブリッジに昇ってゆく。合わせて同分隊の兵士たちがセントリーガン二基を坑道入り口手前15mまで運んだ。打ち合わせどおり横10mの間隔を置いて固定し、電源を入れたあと待機状態にする。待機なのでまだ敵感知用レーザーは坑道入り口には伸びていない。

 代わってフロア中央のメインシャフトでは敵視認用の兵器である高照射特殊電磁波装置(DWLICK)の備え付けが行われていた。これは使用開始の数分間、強い電磁波の影響により隊員の身体に不調を与える理由から、指示が出るまでスリープモードになる。

 すでにライトブリッジに上がったキルネはサブマシンガンを手にしてあたりに注意を払っていた。のちキルネはサブマシンガンを腰にまわし、多機能式スコープを装着したマークスマンライフルを背から取った。片膝立ちの姿勢になってセーフティを外し、スコープを覗いてフロア全体をゆっくりと眺めていく。

『狙撃手、三か所につきました。階層28および27に異常はありません』

 つづいてヴィスタノッテが第一第二分隊を引き連れ、遺体と掘削機を迂回して入り口のはしまで移動した。そして指向性音響投射機を構えている第三分隊二名に目をやった。

「Invitation cat設置」

 命令を受けた二名が坑道内に入ってゆき、敵を誘導するための音波を用いた機器を置いた。離れてリモコン操作すると、低周波の音が鳴り響き、発音帯の振動が奥へと伝播していく。

 しばらく待った。しかし敵は誘いに乗ってこなかった。ヴィスタノッテはスイッチを切らせて本部に通信する。

「初動攻撃部隊、オペレーションB、第1フェーズ終了しました。おそらく敵はこのあたりにはいないようです」 

 現在、第三会議室にて作戦本部の指揮を執っているのはドリストラ軍の中佐、つまり彼女の上官である。

『よし。ではフェーズ2を開始。予定どおり遺体はそのままにして前進するんだ』

「了解。これより坑道に入ります」

 約6m×6mの道の奥には、スタンドライトが等間隔に設置されているが光量がやや足りない。よって各自がヘッドランプを点灯した。次いで合図のあと二列になって壁沿いに進む。

 第三分隊はフロアで待機して周囲の警戒にあたっていた。射撃の許可はすでに降りているため、敵を発見次第、セントリーガンは待機のままに全員が攻撃開始に移る。

 坑道内では雫があたりを打つなか、ヴィスタノッテ率いる第一分隊が先導して息をひそめるように前進した。地上はマイナス35℃の白銀の世界だが、ここは比較的寒くはない。

 オイセコーノ軍曹が軽機関銃を脇に据えつつ、背後で探索機に注意を払うリニカ上等兵に話しかけた。

「モニターを怠るなよ。周囲の目視は俺たちがやる。肉眼に映らない範囲はおまえらに掛かってるからな」

「はい。今のところレーダーに敵は表示されていません。坑道奥からのパルスにも変化はなく、空気中の有害物質も検知なしです」

 うしろを歩いていたユズヒト二等兵が、軍曹の背中をちらりと見て言い足す。

「単体か複数か知らないけれど、できれば奇襲をしかけて好機を得たいですね」

「そううまく事が運ばないのが戦場ってもんよ。常に最悪の事態を想定して行動しないとな」

「道行く先で、ありえない数が待ち伏せしているかもしれませんね」

 その時、ヴィスタノッテが片手を挙げて仲間に合図を送った。止まれのハンドサインだった。

 隊員たちは口を閉じて歩行をやめた。どうやら道のカーブの先に何かを発見したらしい。

「交戦したあとがあるわ……」

 進むと、地面にグレネード弾の破片とその爆薬が爆ぜた黒い染みがいくつかあり、壁には弾丸が連射された痕跡があった。オイセコーノが静かに話しかける。

「先の探索チームや、準備中に襲われた警備隊のものでしょうか?」

 言ってから壁の近くまで寄り、タクティカルベストから抜いたナイフを使って弾丸をえぐり取った。

「こりゃあ徹甲弾ですね。警備隊などが12.7mmなんて弾を使用するとは考えにくいです」

 ユズヒトが怪訝な顔で銃を下ろす。

「場所的にもおかしいですよ。こんな道の中途で交戦があったという情報は聞いてないですし」

「待ってください! 前方に敵反応あり」

 リニカが声を張った。

「距離51メートル。接近速度4キロ。直径約60センチメートルの物体が坑道の奥から複数来ます。数は29体です!」

 隊員たちの胸に緊張が走った。

 第二分隊の索敵兵からも報告が入り、両名とも探索機のモニターを3Dモードに切り替えた(2Dモードと比べて精度は25%下がる)。

「敵は壁の内部をとおってこちらへ移動しています」

 他の隊員すべてが攻撃態勢に移った。ヴィスタノッテが指示を出す。

「あと15メートルひきつけて、それから間隔を維持しながらフロアに後退よ。ただし接近速度が大幅に上がった場合は即時退避すること」

 彼女は立て続けに喋った。

「第一分隊、牽制射撃の用意。第二分隊は後退を優先しつつ状況に応じて攻撃」

 つづいて「残り10メートル」の報告を耳にし、咽頭マイクに意識を注ぐ。

「第三分隊長、聞こえる?」

『はい。第三分隊長ワルムープァです』

「セントリーガンの起動に備えて。レーザーサイトは熱源探知から高精度渦電流式気体振動センサに設定して部隊全員が入り口から出たらすぐに発砲よ」

『了解』

 交信のあとヴィスタノッテは銃を構えた。他の兵士も同様に武器を向けて、オイセコーノが勇み立つようにサイトをにらむ。

「鉛の弾が効くかどうか知らねえが、我ら人類を脅かす敵は容赦しないからな」 

 しかしモニターを監視しているリニカの目が狼狽したように泳いだ。

「接近速度が急激に上昇! 敵がどんどん加速しています!」

 もう間近に迫っていると発された刹那、ヴィスタノッテはすぐにフロアに戻るよう兵士の背中を押した。リニカが駆けながら報告する。

「敵、半数が隊を通過!」

「まさか!」

「内部からサークル状に現出! 前後で会敵します!」

「接近戦になるわ。総員、攻撃開始!」

 第一分隊がふり返って銃のトリガーを引いた。坑道内が火薬でフラッシュして発射音が響き、第二分隊も立ち止まって前方の壁や地面や天井めがけて撃ち放つ。しかし敵の姿は目視できない。

 だが着弾した瞬間のみアメーバのようなものが見え、緑の蛍光色の液体が派手に散った。未知の液体を浴びないよう距離をとって射撃していたさなか、誰かが悲鳴じみたうめきをあげる。

 見れば倒れゆく兵士の胸に大きな風穴があいていた。地にくずれたあと赤いふちからおびただしい量の血が広がっていく。何か太い針のような物で突き刺されたようだ。

「一名負傷!」

 仲間が伝え、すでに死体となったそれに近寄った。しかし腰を落とそうとした途端、その兵士も同じく風穴をあけて倒れ込む。ヴィスタノッテが命令する。

「総員、退避を最優先! 負傷者が出てもかまわずに走って!」

 射撃をやめて後退し、緑の液体をまたいだ一瞬、顔や腕にぬめりとしたものが触れた。だが誰もがそれに構わず疾走した。

 やがて第二分隊の先頭がフロアに入った。最後方に位置するヴィスタノッテも坑道を出たやにわに、セントリーガンの射程範囲から外れる。

 すぐさまオペレーターがリモコン端末を操作し、青紫色のレーザーがまっすぐに伸びた。次いで四門の砲身が素早く回転して激しい発射音とともにマズルファイアを放つ。

 携行銃とはひときわ違う派手な爆発音が響き渡った。

 高速で走る弾の群れが肉眼では見えない敵を次から次へと損壊していき、蛍光色の液体があたりに舞い散った。作戦がフェーズ3に入ったので、ヴィスタノッテが本部と交信をはじめた。

 軍曹のかたわらで攻撃姿勢のユズヒトが銃を構えたまま言葉をこぼす。

「すげえ。何がどうなってんだ。壁までえぐって着弾しているぞ。おれたちはいったい何を相手に戦ってるんだろう」

「四の五の言わずに援護射撃に集中しろ。機械が捉え切れなかった敵は俺たちが撃つんだ」

「しかしあんなのどうやって狙うんです? 撃てと言われてもサーマルにだって映らないし、どこに発砲すればいいのやら」

 マズルフラッシュを浴びつつ目で指し示した二等兵に、軍曹が困ったように眉を八の字にして諭す。

「さっきと同じく、あやしいと思ったところを狙って撃て。兵士のカンを信じてな」

「わかりました。しかし先ほどよりも範囲が広くて当たってる感じがしませんね」

「とにかくよそ見をするな。前方に意識を集中しろってんだ」

 などと言い争っているうちに、セントリーガンの動きがやんだ。銃口から活動の名残りとして白煙をくゆらせ、あたりに焦げた火薬のにおいをただよわせる。

「……終わったか」

 どうにかせん滅したかのように見え、隊員たちが一息つきかけた。ところがヴィスタノッテのそばに立つリニカがモニターの変化に気づき、焦ったように伝える。

「何か、おかしいです。散乱している敵の残骸が、一か所に集まっていきます」

 画面には破片が磁石に吸い寄せられるみたいにしてどんどん集合していくさまが映った。ヴィスタノッテが皆に警戒命令を送った時だった。

 鳴りをひそめるセントリーガンがふたたび回転をはじめ、銃口が見えない対象へと動いた。しかし突如、一基が根こそぎ倒され、銃の砲身が何かに噛まれたようにしてV字に折れ曲がる。

「!!」

 立て続けに、もう一基が強大なパワーではじかれたみたく軽々と吹っ飛んだ。逆さのまま壁にぶちあたって地面に落ちたあと、バチバチと電気スパークを起こす。

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