その9
──会議が終わってから、ヴィスタノッテたちは各隊員が準備をする詰所に移動した。
32名全員がプロテクトをつけた迷彩服に着替え、まちまちに装備をととのえている(この頃はまだ零灮の力は働いていないので、戦闘は近未来の銃火器が主流であり、刀剣や鎧などはなきに等しい)。
椅子に腰かけて弾倉への弾込めをしていた髭面のオイセコーノ軍曹が不満を漏らした。
「いまいち信頼できないな、あれじゃあ。話をあまり掘り下げようとしねえ」
その発言にコバルトブルーの髪をうしろにまとめた女性、リニカ上等兵が背嚢の中を確認しつつ答える。
「データ不足とはいえ、なんとなく捨て駒のような扱いですね。威力偵察のために呼ばれた感じがぬぐえません」
「さっきタブレットで見たが、今回編成された調査員だって主任級のやつがほとんどじゃないか」
「わたしたちの国よりも軍事や科学の発展した国はありますからね。あとあとそういった国の優秀チームが最終的な調査にあたるんでしょう」
そんな言葉を耳にして、自動小銃にマスターキーを装着していた髪の毛がプリン頭の青年、ユズヒト二等兵が不安げに天井をあおぐ。
「はぁ……。いざという時、おれたちは本当に退却できるんでしょうか。まずあの防御用隔壁ってのがうさん臭くって。……ねえ、どう思います? 大尉」
話を振られたヴィスタノッテが部下の遺書を検認しつつ口をひらいた。
「無理強いはしないわ。気が進まないなら辞退することも可能よ。どうする?」
「今更そんなことしませんよ。入隊して新兵訓練に移った日から死は常に覚悟しています。ただ犬死は御免ってわけでして」
彼の物言いに、オイセコーノ軍曹が冷やかすように前のめりになった。
「ってことはお前って、名誉ある死を求めているのか? だったらこれから俺専用の盾にしてやってもいいぞ。身をかばって殉職したあとに俺がお前の名誉をたたえてやろう」
ユズヒト二等兵が辟易したように首を曲げて嘆息した。
「また軍曹がおかしなこと言ってる。今はそういう軽口には付き合う気になれません。嫁さんの写真でも相手にしてひとりでやっててください」
「おっ、フカしやがったな」
「おれは軍曹がわるいと思います」
「なんだ? 肩慣らしに一勝負やるかヒヨッコ。ちょっと揉んでやるぞ」
相撲の立ち合いの構えをとった軍曹のふところに、さして上背ではない二等兵が飛び込んでいった。
そんなおり、テーブルに衝突して団子のように組み合っていた男たちが、少女の側面にぶつかった。少女は愛用のライフル銃を倒されて密かに青筋を立てる。
「あの……お取込み中のところすみませんが、暴れるならよそでやってください」
「おおっ、すまんなキルネ。このヒヨッコが思ったより力をつけていやがってな」
キルネ一等兵の物静かな双眸に、男二人が腕を外して乱れた衣服をなおした。
そして軍曹と二等兵が椅子にもどっていると、ふいに自動ドアがあいた。入り口に視線をやれば、見知らぬ少年が立っていた。
少年はサスペンダータイプの長ズボンとワイシャツに、蝶ネクタイをつけた金髪のショートカットだった。
彼は目で誰かを探していた。それからヴィスタノッテを探しあてた途端、トコトコやって来てはにかんだ。
「ねえ、お願いがあるんだけど」
後ろ手を組んで照れくさそうにしている少年に、ヴィスタノッテは座ったままで答える。
「なにかしら? と言うかどちらさん?」
「僕の名前はマキサルテ。調査団に父親がいてこの島に連れてきてもらったんだ」
年齢をたずねると「十三才」とのことだった。
用件については、子どもなりの興味本位で武器を見せてほしいなどと頼んでくるかと思われた。しかし彼はとんでもないことを口にした。
「あのさ、僕を前線任務に同行させてよ」
にっこりと笑う少年に、近場にいたそれぞれが目を丸くした。しかしキルネだけは素知らぬ顔で銃の手入れに執心中だった。
ヴィスタノッテは落ち着き払った口調で問いかける。
「私たちと一緒に行きたいの? どうして?」
「僕をメンバーに加えたらかならず役に立つよ。さっき会議を盗聴したけれど、もしもの時の保険のために僕がいたほうがいいと思うんだ」
椅子にすとんと腰かけて足をぶらぶらさせた。オイセコーノ軍曹がこづいてやるかというふうに腰に手をあてる。
「おいこらガキんちょ。ここは子どもが遊びに来る場所じゃないぞ。銃火器がたくさんあって危険だからすぐに出ていけ」
「僕をサポート係として任務に参加させてくれたらココから出ていくよ」
「ふざけたことを言うな。武装した俺らが前線で何をやるのかわかっているのか?」
「もちろんさ。α11-6から放出されているエネルギー体『リジューバ』と戦うんだろう?」
知らない単語を耳にして隊員たちが顔を見合わせた。マキサルテは当たり前のような調子でつづける。
「それで現場の各分隊はどんどん損耗していって、最終的には誰もが混乱して退却状態となるんだ。で、ここからが最も重要なんだよ」
「おい。このガキは何を言ってるんだ?」
軍曹が怪訝な顔で仲間を見た。ヴィスタノッテはそんな彼に手を向けて制止する。
「まあとりあえず話を聞きましょう。……それで、前線チームはどうなるの?」
制止された軍曹は荒っぽく座ってテーブルに肘をのせた。リニカとユズヒトは黙って少年を見ている。少し離れた位置のキルネは背を向けたまま銃の相手をしつつ聞き耳をたてていた。
その時だった。自動ドアがひらき、サングラスに黒いスーツ姿のSPが二名やってきた。SPは少年を見つけるなりそばに立ち、厳めしい語調でこう言った。
「こんな所にいたのですか。さあ、早く戻りましょう」
「ちぇ。IDカードに仕込まれていた発信器は解除しておいたのに、あっさりと見つかっちゃった」
少年はネックストラップのIDカードホルダーにデコピンを入れてため息をつく。そしてSPにうながされて退室した。
三人を見送ってから、軍曹が眉をひそめた。
「なんだありゃあ、不吉なことを言いやがって。どこのお偉いさんのガキだか知らねえが、今度見かけたら小脇に抱えて尻肉ペンペンしてやらあ」
「ねえ軍曹。そうやってすぐ暴力に訴える癖はやめたほうがいいですよ。もしかして野蛮なところは嫁さん由来ッスか」
「ははん、おまえはまだ俺に喧嘩を売っているようだな。作戦開始まで時間はあるし、一度外に出て決着をつけるか?」
「いえ、おれは野蛮なことは苦手なのでもうお断りします。軍曹の影響を受けて性格とか似てきたら困りますからね」
ユズヒトは両手をひらひらさせて降参の意を示した。彼の近くに座っていたリニカがラップトップの操作をやめて仲間を見る。
「乗ってきた航空機の搭乗者名簿を調べてみましたが、『マキサルテ』という名前は出てきませんね。今回の成員ではないにせよ航空機の名簿に載っていないのはおかしいですよ。偽名でしょうか」
「あいつが言っていた『リジューバ』とやらはどうだ?」
「それもヒットしません。資料のデータベースや検索エンジンからは特にそれらしきワードは何も」
唐突のことだった。緊急アラートのブザーが断続的に鳴りだした。
室内の赤色灯が点滅し、壁のインターホンから呼び出し音が聞こえヴィスタノッテがそれをとる。
「はい。作戦部隊待機室ルカオリオン小隊長です」
同時に天井スピーカーから女性オペレーターによる情報通達がはじまった。皆が緊迫した面持ちでそれに意識を向ける。
『採掘所Aプラントから重要事態の入電中。プラント第28層、坑道入り口付近で事故発生。掘削機準備中の作業員および警備隊が何者かに襲われた模様。生死は不明。前線チームの軍部作戦実働部隊は至急、出動準備を終えて第三会議室に集合してください。なお前線チームの他の人員はすべて待機。くり返します』
ヴィスタノッテが受話器を置いた。本部の指揮官からの連絡だった。
すでに全員が装備を整え、こちら向きに立っており、指示を受ける顔つきで彼女の言葉を待っている。
ヴィスタノッテは一同を眺めて口を切った。
「みんな聞いたとおりよ。予定は変更。本部から『出撃命令』が出たわ。未知の敵に対する軍部の初実戦になるけれど、総員、心して掛かりましょう」
泰然たる声ぶりに、隊員たちが熱のこもった調子で規律正しく返事をした。
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