その8


 

 北極圏デラグロウガ島 希少金属採掘所 Aプラント

 地下二階第一会議室 AM6:30


「全員起立!」

 社長の声とともに、約七十名の参加者が立って一礼した。つづいて国際緊急事態管理機関のガユスオルト理事長が演台から皆を眺めた。

「これより未確認物体α11-6の調査会議を始める」

 開始宣言のあと演台上のパネルを操作した。前面の大型ワイドモニターにAプラント全体の見取り図が映される。

 プラントの構造は直径38mの円筒形状であり、最深部の深さは約520mまで達する。各層の外周には円に沿ってライトブリッジが掛けられ、手すりや通路が設けてあった。

 その中央にはメインシャフトが建っていて、重機や採掘した金属などを運搬する円盤型のエレベーターハッチが上下に稼働している。他には積載量3tの作業用エレベーターが二基、対面に設置してあった。

 理事長に代わって、工場長であるタケナカ氏が説明を開始する。

「事の経緯は今から49日前、最下層である第28層で作業をしていた掘削機のレーダーが不可解なものを感知しました。これが最初の出来事です」

 参加者全員に配られたタブレットには、プラント内で起こった本日までの事象が羅列していた。

「物体までの距離は土中の岩石等を通して約620メートル。掘削機のレーダーでは電波が不足しており、おぼろげな形状しか捕捉できませんでした。よってのちに高性能スキャニング探知機『月吉』を投入しました。そして出力された映像がこれです」

 会議室のすべてのモニターにその映像が表示された。赤褐色の楕円状の物体だが、画面右側にある数値一覧を見て、それを理解できる者たちがどよめいた。

 他社から協力で呼ばれた研究施設の代表者がおののくように発言する。

「体積内の総エネルギー量が21兆9億8500万dlp/Rですと? たった1kmの物体に惑星数個分のエネルギーが凝縮されているなんてありえない……」

 老齢の代表者の意見を理事長が引きとる。

「これは事実です、ダルセイト工学研究所長。我々は今、未知の対象の間近にいるのです。こんなものを放置するわけにはいきません。危険ですが誰かがやらなければならない事です」

「もちろんそうだ。私は役割を放棄するつもりはない。ただもしもこれが何らかの作用で爆発すれば、この星は確実に吹っ飛ぶぞ」

 広い会議室に声が響く。高まる緊張感によって、誰も言葉を出す者はいなかった。

 数秒の間を置いてから、タケナカ工場長が説明を再開した。

「物体の映像を確認したあと、当プラント内で緊急会議を行いました。そして管理機関の指示のもと、一班につき作業者12名、警護員6名、調査員2名による探索チームを三班結成しました。これは三交代による作業のためです。目的は対象の25メートルまで接近し、関連データを採取することです。25メートルの根拠については、現在最も性能の高いデータ採取装置の電波等が届く限界距離であります」

 一呼吸のあと、その結果を口にする。

「掘削作業が目的距離まで残り18メートルまで進んだ時、現場にいた第三班の構成員20名全員が死亡しました。死因は不明。現場から『何か違和感がある』といった無線通信のあと、突然錯乱状態を起こし、構成員が装着していたボディカメラが乱れ、最終的に倒れ伏した複数の遺体と血の海が映し出されました。途中に指揮をとって銃火器を使用していたので、おそらく周辺から何者かに襲われたとみられます。なお即日、各分野に映像を送付して分析を求めましたが、いまだ正しい解答はありません」

 タブレットに交戦時の記録映像が再生された。

 そして映像が終わったあと、会議室の参加者の耳に、構成員たちの心音が途絶えた電子音が残った。場の凄惨さに固唾をのむ者はいても、なぜ全員が死亡したのかその理由を解る者は、やはり一人もいなかった。

「現在、AからCまでの当採掘場は、すべて必要最低限の職員を残して作業を停止しており、建物最上部のルーフは閉じてあります」

 その後、約一時間に渡って質疑応答や話し合いが行われた。やがて演台に立つ理事長が声を強めてこう言った。

「ではこれより軍の部隊を前線に配置し、安全を確保しつつ物体までの接近を実行して戴きたい」

 引き続き作戦任務を伝える。

「第一目標。調査員と掘削作業者を護衛して物体の手前25メートルまで肉薄し、関連データの採取を計画通りに行うこと。第二目標。交戦があった場合は敵のサンプルを仮設検査エリアまで持ち帰ること。第三目標。探索チーム全員の遺体を回収すること。以上」

 言い終わった同時に、参加者のタブレットに役割配分が映った。

「作戦開始時刻は本日ヒトマルサンマル。総員、確実かつ速やかに行動し、任務を無事に遂行できるよう努めてもらいたい。なお前線チーム全員には遺書の提出を要求する」

「お待ちください」

 その時だった。制帽をテーブルに置いた軍服姿の女性が立ち上がった。

「ご提案があります。まず情報については本部と現場で共有できることをお約束ください」

「あなたは?」

 女性は背筋を伸ばして天井を見つつ敬礼する。

「わたくしはドリストラ国軍、外征専門部隊フォークラウン所属。ヴィスタノッテ・ルカオリオン大尉です」

「なるほど。情報をどう扱うかはこちらが判断することだ。軍の人間が提案することではない」

 理事長の確固たる出様に対し、ヴィスタノッテが「ですが」と結んで切り返す。

「この任務はあらゆるデータが不足しており非常に危険を伴うものです。危険だというのは前線チームである我々に関してのみの話ではありません。人類全体に関わる重要なミッションのため、本部からのバックアップとサポートがどういったものなのか詳説をお聞かせください」

「先ほど伝えたとおりだ。あなた方はこちらの指示に従って臨機応変に行動してもらう。概要などはタブレットに記してあるのでブリーフィングの際に役立ててくれ」

 理事長の厳かな対応に、ヴィスタノッテが真摯な目で問いかけた。

「交戦が主目的ではないため増援は行わないということですが、窮地を脱するためにレスキューチームの手配をお願いできますか?」

 理事長は考える面持ちをみせた。

「いいだろう。地上を警備しているソルシオル軍から小隊を編成するよう要請しておく。万が一の場合にはこちらの指示で出動させよう」

「ありがとうございます。ただひとつ問題があります。作戦遂行中は運搬用の円盤型ハッチを防御用隔壁として第26層まで移動し、他の経路も物理的にすべて封鎖するとおっしゃっていましたが、前線チームの退避経路と同じ作業用エレベーターを使ってレスキューチームを降下させるのでしょうか?」

「そのとおりだ。退却時には28層で停止したボックスの仮設ロックボルトを解除したあと、昇降させて救助に向かわせる」

 ヴィスタノッテは少し安心した。なぜなら彼女が進言した目的はレスキューチームよりも退避経路の確保である。

 管理機関との係わりが深い先進国、ソルシオルの軍隊が来るなら、人為的に内部に閉じ込められるという事態は回避できるだろう。

 ただし本当にレスキューチームが来るならば、の話だが。

 理事長が水差しをかたむけ、グラスに水をそそいだ。それを目にしたヴィスタノッテの脳裏に嫌な予感がよぎったが、あえて口にせず質問を変える。

「目標の物体が自発的に爆発を起こす危険性はほぼあり得ないという話は、どの程度まで信憑性がありますか?」

「リミットは25メートル。作業中は極力振動を与えないよう特殊なドリルを備えた坑道掘削装置を使用すると先ほど説明したはずだ。それともう一つ重ねて言うが、有事の際には擲弾などの爆発物の使用は絶対に禁止である。これはいかなる形勢でも遵守してもらう」

 理事長が指でグラスのはしをつつく。

「要するにデータをもとにこちらが取り決めた規則に反した行動は、すべて厳禁というわけだ。もしも現場の独断で身勝手な行動をとった場合には、国際公法による裁判にかける可能性があるので留意しておくように」

 つづいて現場の調査員や作業者数名からも質問が投げかけられた。理事長は手際よく答えていたが、ほどなくしてさえぎった。

「とにかく、ミッションを達成して前線チーム全員が帰還できるよう最善を尽くす。もちろん現場への確たる情報伝達もなるべく行う。あなた方は本部の指示に従っている限り大丈夫だ。安心してくれ」

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