その6


 ──そして雨がやんだのち、おれたちはバイクのそばに立って会話をしていた。

「その秘密をわたしが答えなかったら、どーする?」

「もちろんこうやるまでだ。さっき装填した圧縮エクスプロウド零灮弾はまだ残っているぜ」

「それで脅そうってわけね」

「早く説明の続きを教えろ。おれは気の長いタチじゃねえんだ」

 会話というよりも、揉め事の最中である。

 おれはヴィスタノッテのあご下に拳銃を押し当てた。帰り支度の終わった子ども達が遠巻きから心配そうに眺めている。

「へえ。ぴちぴちの可愛い女のコに銃を突きつけるんだ?」

「いい加減にしろ。あんたはただの女じゃない。そうだろう?」

 言ってから親指でハンマーを起こした。彼女は脱いだヘルメットを脇に抱えた格好で、やれやれというふうに目をつむる。

「ずいぶんと絡むね」

「おれはいつもこんな調子だ。どうも育ちと環境が悪くてな」

 そう返すと、彼女はまぶたを上げてジト目で見据えてきた。おれは不敵な笑みを刻んで眉間にしわを集めてやった。

 ふいに横合いからパピーに耳たぶをグイと引っ張られる。

「ねえロキストール。バイクは直ったんだしもういいじゃない。それよりもさ、この服買って。この服」

 パピーは自分で端末のダウンロードページをひらき、持ち主に課金するよう勧めてくる。ちなみにハノビはバイクのシートに身をあずけて、何事もなかったように元の姿で眠っていた。

「たまには別のこういう素敵な服を着てみたい。たとえば、このシルクのドレスとかどう?」

「だめだ。どれも値が高すぎる。それにおれは今おまえが来ている服がいちばん似合ってると思う」

 対峙したヴィスタノッテと見合ったままぶっきらぼうに答えた。すると視界のはしでパピーが肩を怒らせたのが分かった。

「毎日毎日デフォルトの同じ『布のふく』ばかり。着たきりスズメはもう嫌!」

「うるさい。邪魔だ。すっこんでろ」

 端末をひったくり電源を切った。パピーは吸い込まれるようにして消えた。

「とにかくだ。詳しい説明をしてもらわないと納得がいかねえ」

「……」

「おれは命を賭して軍人のお偉いさんのやることに協力したんだぜ。その代価として話を聞く資格はある」

「……」

 どうやらヴィスタノッテは口をへの字に曲げて無言を貫こうとしているらしい。

 よって、そうはさせじと拳銃をさらに押しつけて食い下がった。

「このハノビとかいう奇体な奴は何者なんだ。皮膚に触れると温かみがあって、一見すると人間と変わらねえじゃねえか」

「だから言ったでしょ。この子はわたしに架せられた『償い』だって」

「その程度じゃあきたりないぜ。いったいあんたの償いってのはなんなんだ。それにこういう正体不明の危なっかしい奴が他にも」

 突然、腹に強い衝撃を受けた。思わず目を見張った。

 ゆっくりと見下ろすと、ガントレットを填めたヴィスタノッテの拳がみぞおちにめり込んでいた。

 おれは苦痛に耐えきれず、意識が遠のいていくのを感じた──。



 目をあけると、白い天井が映った。

 身体にかかったシーツにやわらかい陽射しがあたり、窓からゆるく風が入ってカーテンをよそがせている。

 場所は不明だが、ここはどこか田舎の診療所のようだ。おそらくおれは運ばれてしばらくベッドで眠っていたのだろう。

 経緯を思い出してシーツをよけると、腹部に鈍痛が走った。

「ちっ。あんにゃろう。よくもやりやがったな……」

 ゆらりと起き上がってベッドから降りた。ブーツを履き、ハンガーにかけてあったバトルジャケットをとった。

 木のドアがひらいて、医者らしき老年の男が姿をみせた。

「目が覚めたようだね。ゆうべ失神して一晩眠ってたんだ」

 医者は白い髭をさすりながら歩を進めてきた。

「もう午後になるところだが、お腹はだいじょうぶかね?」

「問題ない。それよりもあの軍籍の女はどこだ。もうすでに基地に帰ったのか?」

「軍の女? いや、きみは討伐軍の兵士たちに車両で運ばれてきたんだぞ」

 おれは森に放置されなかっただけマシかと思いつつ、黙ってジャケットを身につけた。医者が話をつづけた。

「ところで、きみに見舞いが来とるぞ。小柄のかわいい女の子が待合室に座って待っとる」

 出口を見ながらそう言った。おれは記憶を一巡して口をひらいた。

「さして心当たりはないが、おれにどんな用があるんだ?」

「何の用件かは知らんが、ずいぶん物静かな子じゃの。ご家族かと思って、妹さんかとたずねたら『違う』と言うとった」

「……」

 おれは家族がいない天涯孤独の身だ。物心のついた頃からこの歳までひとりで生きてきた。

 よって見舞いなど必要ないので、長椅子にちんまりと座っていた少女を無視して外に出た。だがバイクにまたがると声がかかった。

「……どこへ行く?」

「これから新しい住処を探しに不動産屋へ行くところだ。つまりおれはいそがしい身なんだ。子どもの相手をしている暇はない」

「そうなのか……」

 見たことがない奴だった。年齢は十代半ばだろう。

 小背で牧師風の法衣に身を包み、野暮ったい大きな黒ぶちめがねをかけたマッシュルーム頭の女だ。ふたつ結びの毛先は短く、いつも睡眠不足みたいなテンションである。

 おれの拒絶に場を離れず、じっと見ていたので少し気になった。

「おまえは誰だ。安くて住みやすい物件を紹介できる取引業者じゃねえなら消えな」

「わたしはただの通りすがり。風の便りを運んできた」

「なら用無しだ。あばよ」

 視線をハンドルに戻してエンジンを掛けた。モーターの始動音が高まっていく最中、モニターが光ってパピーが姿をみせる。

「物件ならあたしが良さそうなのをピックアップしておくわ」

 エンジンが切られ、アイドリングの回転音がしぼんでいった。パピーが少女にウインクして、おれはため息をこぼす。

「二分だけ時間をやる。なるべく手短に話せ」

 ポケットから煙草を出して口にくわえた。ジッポライターの金属音をたてて先端に火をつける。

 少女は感情の読めない顔でおれを見詰めていた。

「わかった。でもここじゃ語れない。場所を変えよう」

「なんだと」

 そんなに御大層な話かと思い、煙を吹いて主旨をたずねた。すると少女は聞き捨てならない言葉を発した。

 結局、見知らぬ自称『通りすがり』をリアシートに乗せて移動することになる。

 

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