その5


 ヴィスタノッテを見れば、すでに先ほどとは違う装備の厚い銀の鎧に変装していた。

 宝石を鍔に填めた長剣を持ち、指でブレイドを一撫でする。フェイスガードの上がったヘルメットから見える表情は凛々しく、まるでこれから起こる戦いを待ち望んでいるみたいだ。

 対しておれは彼女のように武器防具を空間転移する能力は持ち合わせていない。

 よって皮革のバトルジャケットのファスナーを上げ、ワークパンツのベルトをしっかりと締めた。編み上げブーツの履き具合に緩みはなく、カウボーイハットを脱いで近くに放り捨てる。次いで弾の交換をしようとした矢先、

「あっ!」

 いきなり少女が上空にまっすぐ飛翔した。

 少女は小雨のなか、曇った空を背景に大剣を握ったまま両手を翼のようにひろげた。

 何が起こるのか見守っていると、十字となった姿勢でくるりと回った。刹那、でかい天使の輪っかのごとく赤い円の軌跡があらわれ、地面から陽炎が昇ってきて空気の熱量が高まってくる。

「そこから離れて!」

 ヴィスタノッテが叫んでこちらに手を張った。おれは彼女の手から放たれた気体の圧に飛ばされた。

 景色が遠ざかっていく。まばゆい光におおわれた瞬間、あたりが地響きとともに大きく爆ぜた。

 おれは草地に身体をぶっつけ、爆風を両腕で防いだ。耳鳴りを感じつつ腕をよけてみれば、野営地だった場所が焦土と化し、周囲の木々がめらめらと燃えていた。

 ふいに視界の外から『ガキン!』と重い金属音が耳朶を打つ。

 目をやると、少女とヴィスタノッテの剣戟が始まっていた。それは自分とはレベルが桁違いの激しい戦闘だった。

「なんという速さだ。それに、互いが相手の先の先を取り合っている!」

 おれは腹ばいの姿勢で、思わず驚愕の言葉をこぼしてしまう。

「打ち込みも無駄なく強力で、これが剣技一級クラスの戦いなのか……」

 余談だが零灮祭りは国家機関に属する者や、剣技や銃について二級以上の資格保持者の参加は不可となっている。つまり剣や銃を扱う上級職業には就いていないセミプロやアマチュアが集まる大会なのだ。

 もしも軍部や警察組織や近衛師団などの本職が出場すれば、例の娘を除き、おれ程度のレベルの者はほとんど予選落ちに終わるだろう。

 それに──

「あの少女はいったい何者なんだ。軍の中隊長と同じ動きで渡り合えるとは。……もしかするとヒトではないのか?」

 その時、ヴィスタノッテが相手の大振りを防ぎきれず、身を投げ出した格好ではじき飛ばされた。

「ぐっ!」

 途中で一回転し、どうにか着地したものの、頭上に大剣を振り上げた少女の追撃が迫る。ヴィスタノッテはそれを片膝立ちで受け止めた。そして険しい顔を向けて鍔迫り合いがはじまった。

 おれは隙あらば加勢しようと身構え、拳銃の装填をゴム弾に入れ替えるために革のベルトに手をやった。しかしヴィスタノッテの声が飛んできた。

「構わないから実弾を撃ち込んで! この子は通常攻撃では絶対に死なないから」

 彼女は顔に汗をにじませつつ、固く握った剣をかたむけて、相手の重圧をいなして一足飛びに後ろへ下がった。

 おれは説明はあとでしっかり聞けることに期待して、一発日給半日分の圧縮エクスプロウド零灮弾をシリンダーへと順繰りに詰めていった。

 ヴィスタノッテが剣を腰の鞘におさめた。反動で滑らせた手からライフル銃を出し、やにわに銃口を向けて引き金をひく。

 援護射撃としておれも発砲体勢に入った。トリガーを指で押したまま、ハンマーを手の平であおぐようにして素早く何度もはじく。炸裂音を一続きに響かせて連射する『ファニングショット』だ。

 しかし各所から放たれた攻撃を、少女は身軽なバク宙で回避していった。機先を制して中空に撃ったヴィスタノッテの弾丸の雨は、盾となった大剣が回転して次々と防がれてしまう。 

 弾丸が金属に衝突する乾いた音が響いたあと、少女は衣服に空気をふわりと含んでスマートに着地した。吊り上がった両眼が空洞のように真っ黒に変わっており、それが辺り一帯の動く物体すべてを標的として捕らえているみたいだった。

 次いでニマリと奇怪な笑みを浮かべ、濡れた舌を見せて、赤く染まった唇をねろりと舐め上げる。

 そして大剣を腰だめにしてヴィスタノッテに掛かっていった。

 髪をおどろに振り乱し、重量のある大剣を猛り狂ったように地面にどんどん叩きつけて、土を草ごとエグっていく。

 土煙の降った向こうでふたたび激しい打ち合いがはじまった。押され気味のヴィスタノッテが言葉を発する。

「以前よりもまた段違いに強くなってる。今回はちょっとヤバイかも……」

 少女は知った事かという具合で容赦なく攻めつづけ、どさくさに四方八方から飛び掛かってきた脂肪の厚いサイヒグマどもには目もくれず、ただハエをはたくように易々と斬り払う。

 獣の断末魔と舞い散る数多の肉片と血液。もしもこの状況が舞台演劇の1シーンならば、それは少女の狂気じみた容貌に似合うなかなかの演出となる。

 ともあれ野戦でここまで強い奴を見たことがない。もちろん武器を交えたこともない。強いというよりもこれは人外の化け物クラスだ。

 そんな震えあがりそうな事態だが、おれは新たな弾丸をシリンダーに早詰めした。装填が終わったほぼ同時に、一対一の剣戟が互いに距離を置いてやんだ。

 手負いで剣を支えにしてあえぐヴィスタノッテの厳しい表情とは裏腹に、少女は涼しげな顔で髪を梳いており息ひとつ乱していない。

 おれは『隙あり』とばかりにレールガンを狙撃よろしくそろりと担いだ。その矢先、少女の意識が焦点を絞るみたいになって、こちらに向いたのがわかった。

 どうやらおれ程度の者が虚を付くことは不可能らしい。

「おい、ヴィスタノッテさんよ。今夜は楽しい夜になってきたな。ちょっとしたサプライズパーティーの開催ってところか」

「まろうどをこんなことに巻き込んでわるいと思ってる。本来なら民間人であるあなたは避難させるべきなのに」 

「さっき『歓迎する』と言ってたが、まさかこんなかたちで」

 セリフの途中に少女が初速からものすごいスピードで接近してきた。サイトを睨んだ時にはもう刃を降ろす体勢に入った悪鬼の姿が間近にあった。

「ぐわあっ!」

 おれは脳天からあっさりと両断されたと肝を冷やした。同時に聞き慣れた声が聞こえた。少女の動きが止まった。やにわに後方から不意打ちに入ったヴィスタノッテの剣が少女の胴を通過する。

 高速で振られた剣がおれの鼻先に走ったらしく、太い重音が鼓膜を圧迫して、あびた風圧に前髪が上がった。

 斬られた少女の肉体は上下に分断すると思ったが、胴に横走りの赤い跡を残すだけだった。大剣を落としたあと、その場にくず折れて、夜露に濡れた草地に身をうずめる。

 ヴィスタノッテが長剣を手に見下ろし、気色をやわらげてゆっくりと息を漏らした。

「まだ年少だけに情緒が不安定のようね。一瞬の差だったわ。ほんのゼロコンマ数秒の差が命を分けた」

「てっきり太刀が入って身を左右に切り離されたと思ったぜ。……しかし、なぜおれを斬らなかったんだろう」

「どうやらハノビは、あなたのサポートフェアリーに反応したみたいよ?」

 彼女は、おれの胸ポケットを見ながら言った。

 目を移せば、端末を通してパピーがカンガルーの子どものように上体を見せていた。パピーは歯の根が合わない顔でブルブル震え、正面に出した指を空に向けており──。

「ああ、そうか。なるほど」 

 どうも先ほどの『あっち向いてほい』が功を奏したようだ。

 パピーは糸が切れたみたく手を下ろして、ふつりと意識を失った。両目が鳥の足跡になって、波打った口から魂がこんにちわしていた。

「お陰で助かったぜ。まさしく九死に一生を得たな」

 以前、駅で拾った新聞の広告欄に掲載していたキャンペーンセールの告知。

 たまたま気まぐれで購入した月額2000ルーニ(円換算すると800円くらい)のエレクトロニック妖精が、まさかこんなところで役に立つとは思わなかった。

 

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