その3

 

 けれども事はうまく運ばない。

「ちくしょう! バカ野郎。なんてこった。今日はとことん運がないぜ! こいつは星の巡りがおかしくなってんじゃねえのか」

「ちょっとロキストール! あんま暴れるとバイクごと木から落っこちちゃうわ! お願いだからおとなしくして!」

「これが暴れられずにいられるか。まったく今宵は踏んだり蹴ったりだぜ!」

 おれは魔獣の遠吠えのする真っ暗な森の中、樹木の途中に引っかかっていた。CPUのバグったバイクがいきなり暴走運転をはじめ、空をジグザグ飛行した挙句、広い森めがけて急降下してしまったのだ。

 バイクは逆さま状態でエンジンから白煙をくゆらせていた。丸目二灯のヘッドライトが×マークになっていてバタンきゅーの有様だった。

 おれは拳骨を固め、自身の不運から起こった憤りを悪罵に変換し、宇宙から見下ろしてくる上弦の月に怒りをぶっつけていた。

 すると闖入者に気づいた鬼面カラスの群れが襲ってきて、あちこちからツノやくちばしで攻撃してきた。カラスと格闘した末、結局おれたちは地面に落下するハメとなる。

 ……その後、痛む身で起こしたバイクから焚火の道具と寝袋を出した。

「しかたねえ。今日はここで野宿するしかなさそうだ」

 先ほど端末でウベスティーニに連絡したが、自宅で酒を味わっている最中なので、また明日にしてくれと断られてしまったのだ。おれは二言三言、文句を言って電話を荒っぽく切った。

 そして小枝を折って火を焚く準備をしていると、端末にウベスティーニから着信が入った。

「なんか用か?」

『おい、朗報だぞ。おまえは運がいいな』

「ああそうだな。こんな誰もいない森のなかで今から魔獣の大群に襲われてエサになっちまう危険に警戒しながら、サバの味噌煮缶詰をあけて食べるところだ」

『あったかいメシだって食えるかもしれないぞ。そこから北西に500m進め。座標で記した位置にうちの息子がいる。じゃあな』

 通信が切れたあとメールが届いた。おれは目標の位置を確認して腰を上げた。

 パピーを端末に転送し、愛機を草木で隠して目的地を目指すことにした。

 しかし案の定、奇襲してきた魔獣サイヒグマどもと激しい戦闘を繰り広げることになった。人肉に飢えた生臭い腹太の集団を相手に、おれは拳銃を早撃ちして圧縮零灮弾を命中させていき、鋭利な爪やツノで攻撃してくる奴らをどんどん撃退していった。

 そして鬱蒼とした森の奥に、ほんのりとした灯りの野営地を発見する。黄色いテントが立ち並び、周囲に罠の赤いレーザーが張り巡らされていた。

 敷地の外から眺めていると、テントの幕が上がり、中から二十代半ばの知らない女が姿を見せた。

 女はけっこう胸が大きかった。張り出したTシャツの袖を肩まくりしていて、ホットパンツから伸びた肉付きの良い白い脚がおれの目を惹く。

「やあいらっしゃい。こんな場所だけど歓迎するよ」

 まるで慣れ親しんだ友人に話すような口調だった。言ったあとスニーカーで地を蹴って腰に手を当てた。

 彼女は長いブロンドをトレンディ女優みたくかきあげ、自身を民生委員の『ヴィスタノッテ』と名乗った。周囲の赤いレーザーが『ビュオン』という音をたてて消失する。

 おれは股間がうずくのを悟られないよう平然とした顔つきで口を切った。

「ヴィスタノッテか。……はん。聞いたことあるぜ。魔獣討伐軍ギガダオラの中隊長さんだな」

「おっ」

「長剣とライフル銃が一級クラスのかなりの腕利きらしいが、民生委員ってのはつまり別の顔ってわけか」

 遠慮なくそう言ったが、彼女は穏やかな表情を変えなかった。首に巻いた黄色いペイズリーのバンダナを解くと、衣服が変化し、鋼の軽装備が身を包む。

「まあそうだね。わたしもきみのことは知っているわ。去年の零灮祭りでベスト4まで行った、えーっと名前は」

 頬に指を添えて空を見ていたので、おれはファーストネームを告げた。すると彼女は「そうだった」と腕を組んで合点がいったようにうなずく。

「勝てそうだったのに残念だったわね。でもきみなかなかいい線いってるよ。ただ零灮娘には敵わないだろうけど、今年も大会には出場するの?」

 おれは余計なことを言われて胸がざわついた。よって話を遮ることにした。

「そんな事は今どうでもいい。……ところであんた、『ヤトタカ(ウベスティーニの息子)』とはどういう関係だ?」

「今日は実地における訓練のためにここで野営をしているのよ。護身術教室の子ども達とね。あっ、ちなみにこれは民生委員としての仕事」

 ふり返ったテントの一張りから探検家みたいな少年が出てきた。まだ半ズボンの似合う12才ながらもバイク修理が得意なヤトタカだ。

「父ちゃんから連絡はもらっているよ。コンピューター関係の故障だってお手の物さ。ちゃんと直してあげるからこのボクに任せてよ!」

 自信ありげに胸をドンと叩き、満面の笑みを咲かせた。 

 

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