第5話 霊刀・光牙

 あまりの提案に開いた口がふさがらない。


「ちょ、馬鹿なこと言わないでくださいよ。俺が化け物退治だなんて……」


「まぁ、そう言うと思った。お前根性なさそうだもんな」


「ほっとけ!」


「まぁ、そうイキりなさんな。こっちは良いものを貸してやろうってんだ」


「良いもの?」


 不敵な笑みを浮かべると、女主人は一旦店の奥へ引っ込み、なにやら引っ張り出してくる。


「……日本刀?」


 女主人が持ってきたものは見事なまでに立派な日本刀であった。そのままそいつを手渡され、俺はついついさやから抜き、刀身を眺める。


「すげ~、これって真剣ですよね?」


「そいつは霊刀・光牙。妖魔への斬れ味については一級品の折り紙付きだ」


 女主人によると、昔、人間と妖魔との戦いが珍しくない時代……その頃に稀代の霊刀鍛冶かじの男がいた。この刀はその男が生涯かけてようやく完成させた傑作を、のちの職人が模造した刀らしい。


「本物は刀自体の力がすごすぎるからな。こいつはお前みたいな霊力だけ強い素人でも取り扱えるよう、デチューンしたものになる」


「へぇ~」


「言っとくが模造品だからって雑に扱うなよ。長い歴史でも、数々の匠が挑んで、作れた数はせいぜい4~5本といったところか。市場で取引すれば、億はくだらんぞ」


「は!? 億? やっぱいいです、返します」


 俺は慌てて鞘に納めると、女主人につき返す。


「怖気づいたか? やっぱり根性なしだな。はははは」


「なんとでもいえ。俺のモットーは『君子危うきに近寄らず』だ。化け物にしても、金にしても!」


 俺は話を打ち切り、店を出ようとする。


「本当にそれでいいのか? 言っとくが、このままじゃそいつら死ぬぞ」


 女主人の冷酷な言葉に、俺の足が止まる。


「どういう経緯で力をつけたか知らんが、あいつらにとって生きてる人間はえさだ。下手すりゃ、今夜にでも一人か二人は喰われる」


 女主人を見ると、先ほどとは打って変るほどの真剣な顔つき。どうやら嘘を言っているわけではないらしい。

 目の前で惨劇が起ころうとしているのに、俺はこのまま黙って見過ごすのか。誰にも知られず、命が消えることを仕方ないとあきらめるのか。言葉では表せられない感情に、体がわなわなと震える。


「お前の選択は二つ。やるか、やらないかだ」


「一言だけいいですか?」


「なんだ?」


「何かあっても、億は弁償できませんよ?」


「上等」


 女主人は満足気に高らかに笑う。そして、俺は再び差し出される刀を受け取った。


♢♢♢


 行動を開始する前に、まず作戦を立てる必要がある。俺の頭では、未知数の相手にどう立ち回ればいいのか、皆目見当もつかない。

 そこで、脳裏に浮かんだのは頭の切れる友人と、剣術に詳しい友人を頼ること。そして、運がいいことに両方とも当てがあるのだ。


 傘女の狂気を目撃した以上、もはや一刻の猶予もない。俺は携帯でそいつらに連絡を入れたのであった。

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