第4話 フクシマさん

 苛立いらだちながら、あてもなく歩く。このままでは栗脇さんや行方不明の生徒たちはおそらく、もう帰っては来られないだろう。あいつの狂気さはそれを物語るには十分だった。


「くそ、あんな化け物が誘拐犯の正体だったなんて」


 工事現場の前を通りがかると、置かれていた鉄パイプが目に入る。


「このまま黙ってたんじゃあ、この新見……男がすたるぜ」


 多少霊感があったところでどうにかなる相手だとは到底思えない。勝ち目のない戦だというのは分かり切っているが、何もせず見過ごすよりはマシだ。俺は鉄パイプを一本手に取る。 


「やるだけやってみるか」


 すると……。


「そんな鉄の棒一本で何をするつもりだ?」


 不自然に、少し先にいた行商人のようなローブ姿の女。今の声、耳元で声が聞こえた気がしたが……気のせいだろうか。気になり近づいていくと、簡易机の上には「うらない」という立札と水晶が置かれている。令和の時代に、まだこんな古臭い占い師がいるとは。


「あなたには関係のないことでしょう」


「ふん、そんな霊障を匂わせておいてよく言う。お前、会ったんだろ? 化け物に」


「な!?」


 この占い師、人の心が読めるのか。


「この水晶を通して、お前のことを見させてもらった。どうだ? 少し話をしていかないか? 茶くらいは出すぞ」


「あの……あなたは一体?」


「ついてこればわかる。さて今日はもう店じまいだ。絶好の人材が見つかったからな」


 俺は占い道具を片付け終わり、歩いていくローブの女性についていくことにした。


♢♢♢


 女性が誘導した場所は、町はずれにある薬屋の「福島屋」であった。店の奥が見えず、全体的に暗い雰囲気で、あまり好感は持っていない。だが、ここで販売されている薬はどれも効能だとよく耳にする。

 店内に入ると、女はローブを脱ぎ、スタンド立てかけた。俺の予想に反し、黒髪に艶のある若い女性の姿。年齢は20代の中後半といったところか。ミステリアスな雰囲気だが、かなりの美人だ。


「私はここの店主……とはいっても、最近なったばかりなんだがな。名は福島零子。詳しい事情は伏せるが、母からこの店を任されてる」


「に、錦見勇一です」


 奥の畳の部屋に案内されると、女性店主は約束通り沸いた急須からお茶を注ぎ、湯呑を差し出してくる。


「い、いただきます」


「さて、錦見。お前が遭遇した怪物の件だが……」


「ちょっと待ってください。どうしてわかったんです? まずはそこから教えてください」


「水晶で見たといったろう。こう見えても裏の顔があってね。表ではただの薬屋だが、裏では人を襲う化け物を専門にしている 」


「そ、そんな秘密が……」


 確かにこの部屋、あちこちに怪しい変な道具が置かれている。


「まさか私の他に、今回の怪異に遭遇している奴がいるとは……な」


「変なものは時々見かけますが、あんな化け物は初めてです。どうにかしてくださいよ」


「無理だ」


「え? だって、その筋の……化け物退治の専門なんでしょう?」


「化け物は専門だが、退治は専門と言ったつもりはない」


「そ、そんな……」


「お前も見ただろう。あれは除霊でどうこうできるレベルではない。もっと別次元の、妖怪と呼ばれる連中だ」


 頼みの綱も消えたか。肩を落とす俺とは裏腹に、福島さんは笑みを浮かべている。


「だが、協力者がいれば話は別だ。お前には強い霊感がある。どうだ? 私の代わりに退治してみないか?」


「ば、馬鹿言っちゃいけませんよ。こう見えてもけっこうビビりなんスよ……」


「さっき鉄パイプを持ったみせたろう。黙って見過ごすつもりはないんだろ?」


「そりゃ、さっきはどうだったか知らないですけど。妖怪退治だなんて、そんな大層なこと、やっぱり俺には……」


「実は行方不明者の親族からウチに救助依頼がきている。私としても、このまま放置はできん。そこで……だ」


 福島さんは自分の背後を親指で指し、俺の視線を誘導する。立派な掛け軸……そして、その下にはある「モノ」が厳かに、そして力強く存在感を示していたのであった。

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