第2話 魔法強すぎワロタ
──というか今なんて言った!?俺のこと、豚って呼んだ奴、もう一回呼んでみ?
ぶん殴ってやるからよおおおぉお!
豚豚うるせんだよ!分かってんだよ!
チクショー!なんで豚なんだ!
「ブブゥ……」
俺は思わずポロポロと涙をこぼしてしまった。
「ぶ、豚が、な、泣いただとお!?」
「そんなことはいい!
それよりも早く始末しなければ!」
「姫を、早く安全なところへお連れしろ!」
「逃すか豚め!大人しく死んでいろ!」
……酷くない?……グスッ……。
なんで豚なのか。世界を救う為に転生したんじゃなかったのか?
「ブウゥッ……。(ひどぃぃいっ……)」
そういえばこの体になって初めて泣いてしまったような気がする。
なんで豚になっただけでこんな目に会わないとならないんだろう。
そもそも俺が何をしたって言うんだ。
「ブウゥッ……。」
俺の泣き声を聞いた兵士達が慌てて駆け寄り武器を構え始めた時、俺はあることに気づいた。それは足元にゆっくりと広がる赤い水溜りだった。そして鼻につく匂い。鉄錆に似たツンとした臭いに混じる何かの腐臭。
「ブヒィ?(血?)」
どう見ても大量の血液にしか見えない液体に、俺は呆然と呟き固まるしかなかった。だって、普通じゃ考えられない量の血が流れていて、それが自分から出たものだと思ってしまったらそりゃあ驚くよね?しかも体ちょっと痛いしさ。
けど、そうじゃなかった。サイクロプスの体から流れ出た血。それが俺の足元にヒタヒタに広がった時。
「ふぎゃぁぁぁあ!?
ブギャアァァアッ!!」
……突然の断末魔にも似た絶叫。
サイクロプスの死体から漏れ出した魔力が大気を満たし始め、周囲の鳥や動物達が逃げ出す程の禍々しい力が溢れ出す。
そして溢れた真っ黒い魔力が、徐々に形を変えてひとかたまりになっていく。
「なんだ、あれ?」
誰かの漏らした一言は全員の心境を表していたと思う。
サイクロプスの巨体が一瞬にして消え失せたかと思うと、代わりに現れたのは黒い巨大な影のようなかたまりだった。そしてソレは生き物のように、ゆっくりと動き出し、更に徐々に大きくなっていく
「おい……まさか、ドラゴンだと言うのか?バカを言うな!」
一人が否定の声を上げたけど、他の誰もが確信めいた恐怖を感じていた。
アレは何だ?アレに見つかったら確実に死ぬと、全員の本能が叫んでいる。しかし逃げることなど叶わぬ絶望的な状況。
サイクロプスから流れ出た魔力から生まれた黒龍の狙いはアデリール姫のようだった。
「アデリール姫様ぁ!」
アデリール姫は地面にしゃがみこんで、怯える兵士の鎧に手を触れながら、ガタガタと震えながら涙を流しているだけだった。
「グオオォオッ!ウゥゥガガガァアッッ!!!!!」
まるで獣の様な雄叫びを上げながら、巨大な黒龍はこちらに向かって、くるりと向きを変えて飛び込んできた。………….えっ?
何?俺を食い殺すつもりなの!?可愛い女の子よりも先に食欲ですか!?
うわあああ!来るな来るな来るな来るな!
俺は地面を蹴って高く飛び上がった。近くの木の枝に飛び乗って、その枝を蹴って別の枝へと移動し、ピョンピョンと移動しながら黒龍の攻撃をかわしていく。
へっへーん!当たらなければ、どうということはない!
だが次の光景はさらに信じられないものとなった。目の前まで迫ってきた黒龍の姿が一瞬ブレたかと思えば、突如姿が消えたのだ。
俺の目の前から消えた黒龍は、離れた場所に姿を現したかと思うと、アデリール姫たちのほうに向き直った。
「逃げろおおぉっ!」
誰かが叫んだ。当然の反応ではある。だけど、君たち姫様の護衛だよね?姫様放置して逃げるつもりか?
そう思った奴らが残り、そうでない奴らが散り散りに逃げてゆく。
うわあ……ほんとに逃げたよ……。
呆けてしまう俺を余所に、次々と響く悲鳴と絶叫。
「助けてくれぇ!」
「食われる!」
「死にたくない!」
「バケモノぉ、バケモノおおぉ!」
兵士達が次々と喰われていく中、姫は腰を抜かし動けないようだった。
「グルルル、ウガァッ!」
黒龍が襲いかかってくる。姫が食べられそうなところを庇うため、兵士の一人が立ち塞がるが、黒龍はあっさりと尻尾を振り払う。そのまま地面へ叩きつけられ、痛みに耐えながら顔を上げるがもう遅かった
「ひいっ!?くっくるなぁ!」
必死の形相で剣を構え、突っ込んで来る兵士を睨みつけたかと思うと、黒龍は再び姿を消した。
「グボェッ」
と聞こえてくる不快な声に思わず振り返ると、別の兵士が地面に倒れており、黒龍がその上に、口にくわえていた、さっき剣を構えていた筈の奴を、ぽとりと落とした。
「なんじゃこりゃああああぁぁあ!?なんなんだよこれええぇえ!やめてくれえぇ!嫌だぁあぁ!」
一番いい甲冑をつけた奴が、発狂したように叫ぶ。どうでもいいがお前の顔の方がよっぽど化け物のみたいだぞ?
「ガアアァ!」
また尻尾で振り払われた。
「ギャッ」
と声がしてそちらを見ると、後ろにいたのだろう、同じ様に地面にはたき落とされた奴らが数人いた。
黒龍はゆっくりと移動していた。が。
「ガウッ!?
グアァアッ!」
いきなり黒龍の背中に矢が当たり、黒龍が暴れ出した。後ろを見ると鎧に身を包んだ兵士が弓を構えているようだったがあれじゃ駄目だろうなあ、と本能的にわかった。
黒龍の鱗が堅いのか、確かに刺さってるんだけど、全然浅くて血ィすら流してなくて、黒龍がちょっと動いただけで、何本かがぽろりと地面に落ちてしまった。
痛くて悲鳴を上げたっていうより、ムカついて叫んだって感じの声なんだもん。
俺が豚だから分かるんだろうか。黒龍だっておんなじ動物?だろうしね!
「あっちにいけこの野郎!」
槍を持った男たち数人がそう言って黒龍に群がって行ったけど、すぐに吹き飛ばされてしまった。
「うわああああ!」
「逃げろ!化け物がくるぞぉ!」
「うわっ」
「馬鹿!よせ!」
兵士の数人が逃げようとして、ふっと姿の消えた黒龍が再び姿を現した瞬間、黒龍の前に出てしまう。黒龍は鋭い爪の付いた手でそいつらを掴むと、力一杯天空に放り投げた。
──そして気がつくと、辺りには俺とアデリール姫様しか残っていなかった。
いかん!これは、俺がアデリール姫を守らなくては!
俺は木の上から飛び降りて、アデリール姫の前にスタッと着地した。
「ブフウウウウ!」
俺は黒龍を睨みつけた。
「豚……ちゃん?私を守ろうとしてくれているの?」
涙に濡れた目で、俺を至近距離で見てくるアデリール姫。近くで見るとまた、くっそかわいいな!中学生くらいかな?既にちょっとオッパイおっきい。
「──お前はこの豚のあるじか。」
突如として人間の声がする。俺は正面に向き直ると、黒龍の肩に、人みたいな生き物が立っているのが見えた。
人?なんかメタリックな灰色の肌をした、尖った耳と尖った赤い目。禿げた頭。どう見ても人間じゃあないな。
「ザ、ザカルナンド……!
なぜ、あなたはこんなことを……。」
「もう、お前の味方はその豚だけだ。
お祈りの時間だ、哀れな雌豚よ。お前は我々に従うしかないのだ。お前の体、存分に使わせて貰う。」
なん……だと?
俺はヒヅメで、ゲシッ!と地面を強く踏みつけ、ザカルナンドを睨みつけて叫んだ。
「ブィブィブッブッブウ、ブギャブギャブィッブウ、ブギャラブゥブフェブブィブヒィ。ブブゥブフィフィブヴェヴェブフィブキュルルブィ。ブビブキュキュブブビィブーッキィ!
(はじめまして、ザカルナンド、そしてさようならだ。貴様は俺のあるじ(になる予定の美少女)を雌豚と呼んだ。お前生きてここから帰れると思うなよ。ぶち殺すぞデミヒューマン!)」
「やかましい豚だな。」
ぜんぶブヒブヒだから決まらねええええ!
俺の渾身の中二病全開のキメ台詞は、ザカルナンドに伝わらずガン無視をされた。
「まあいい、ほんの少し動ける豚のようではあるが、豚になにが出来るわけでなし。
大人しく我々の子を産んで貰おう。
お前の産んだ我々の子が、この国の王となるのだ。この先お前は、子どもを生む道具としてのみ生きるのだ。」
今、我々、って言ったか?
まさか、こんな美少女を大勢でよってたかって、孕みマシーンにするつもりだとでも?種という種を注がれて、人格なんて無視で。そんな生活をおくらせるっていうのか?そんなの許せるか!!
くそっ!なにか魔法!魔法魔法!
俺はステータス画面の魔法の部分をヒヅメで押しまくる。
すると、魔法レベルの脇の▼が、プルダウンになっていて、押すとぺろんと下に使える魔法の一覧が出てくる。これだ!ステータスが触れる!触れば魔法が出せるんだ!
なんか一瞬ヤベーのが見えた……。
スクロールで上の方に行き、もう少しおとなし目の魔法を探す。
あっ、これよさそう!これにしよう!
「ブフィフィブッブウ!(
ステータス画面をヒヅメで押すと、目の前に魔法が飛び出した。やった!俺、魔法使えてる!
「ぐわああああああ!」
「ピギイイイイイイイイィ!!!」
え……?
一番消費魔力の低い、
俺、ぽっかーん。
あ、そ、そうか!他のステータスもフルカンストだから、低いレベルの魔法でも、その分威力が高いんだ!
だが俺は、さも当然ですよ、という態度でザカルナンドを睨みつけて威圧した。
「ブヒブヒブイブッブウ!ブビビブウ!ブヒィ!ブヒィブヒィ!!
(さあどうした?
まだ足が2本千切れただけだぞ。
かかってこい。
ハリー!!ハリーハリー!!)」
「何を言っているのかはわからないが……、お前が俺を見下しているのだけは、よくわかるよ。
お前の力を見誤った俺の負けだ。
ここはひくしかないようだな。」
そう言うと、ザカルナンドは何がしかの魔法陣を出したかと思うと、体が緑色の光に包まれ、スッと姿を消した。
「……助かった……の?
ありがとう、あなたのおかげよ。」
「プキュ!」
アデリール姫が、泥だらけの俺を抱き上げて抱きしめてくれる。
お、オッパイきもっちええ〜……。
「ブヒ。ブィイイィ。ブゴ。」
隠れていた豚たちが、そろそろと表に出てきたかと思うと、怯えながらもお互いの顔を見て、1匹が前に出て来て何か言った。
多分、
「倒してくれてありがとうございます。どうか私たちの命だけはお許しください。」
とでも言いたかったんだろう。
「プギー!(いいってことよ!)」
と鳴いて返してやったが通じないらしく。
俺の言葉は人間だけじゃなく、豚にも通じないことが分かったのだった。
そこに、
「姫様〜!ご無事ですか!」
という声とともに、遠くから馬車と騎馬隊が近付いてくる。
そのうちの一人は、さっき逃げた兵士だ。逃げただけじゃなく、一応仲間を呼んできたようだった。
「そ、そいつは!さっきの魔物の豚!
姫様!お離し下さい!
そいつは危険です!」
「──でも、この子は私を助けてくれたのです!危険ではありません!」
「そんなわけがありますまい!
魔物は人を救ったりなどしません!」
だから、魔物じゃねえって言ってんだろおおお!?かわいい豚ちゃんだから!
兵士たちが俺に、一斉に剣と槍と弓矢を向けてくる。
「あっ!」
「ブキュ!?」
恐る恐る近付いて来た兵士の1人が、俺の体を掴んで持ち上げる。
ていうか今、ついでにアデリール姫のオッパイ触ったろ!俺気付いてたんだからな!
俺は身を捩って兵士の手から逃れて地面に着地する。
「姫から離れたぞ!今がチャンスだ!
弓部隊、てーっ!!」
うわわわわわ!
一斉に矢の雨が飛んでくる。
俺は地面を蹴って矢を避けながら、どんどんと後ろに下がっていく。
「プギッ!?」
足元に刺さった矢が、地面を崩す。そこは川のふちで、俺はそのままドボンと川に落ちて流されてしまったのだった。
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