第8.5話 孤児院

 未来とテアはジェシカに連れられて、街の外れにある孤児院を兼ねた教会へと来ていた。


「それで何で俺たちはここに連れてこられたんだ?」


 前日、理由も言われずに大量に配れるお菓子を作れと言われた未来は、大慌てで閉まりかけの市場を巡って材料をかき集めて、言われた通りにクッキーを大量に焼いてわざわざ個包装までして徹夜で用意した。


 そして次の日行き先も告げられぬままテアと一緒にここへ連れてこられたのだ。


 テアに至っては何故か工具箱を持ってこさされている。


「ここは私が支援している孤児院なんだけど、子供たちが本物の剣闘士と剣闘人形に会いたいっていうから貴女たちに白羽の矢が立ったってワケ」


 それならそうと早く言えと未来が文句を言おうと思った矢先、ジェシカたちの姿を見つけた子供たちが建物の中から飛び出してきた。


 テアと未来は子供たちの波に飲まれてどうしていいか分からなくなっていると、ジェシカは扱いに慣れているのか、手を叩いて子供たちを落ち着かせるとテアと未来の紹介を始めた。


「この皆より少し大きい女の子が剣闘士のテア。そしてこっちのお人形さんが剣闘人形のミライよ。今日は皆の為にテアはおもちゃの修理を、ミライはお菓子を作ってきてくれたそうだからちゃんとお礼を言いましょうね」


 いつもと全く違う口調に驚きながらもジェシカに促された未来は子供たちにクッキーを配る。


 クッキーが皆に行き渡り、子供たちは揃って礼を言うと今度はやれ遊んで欲しいだ、壊れたおもちゃを直して欲しいだと口々に言い出し、そのまま未来とテアは子供たちの数時間にわたって相手をする羽目になるのだった。


 ようやく昼寝の時間になって解放された未来は、外で建物を眺めるジェシカの元へと向かった。


 別に子供が嫌いな訳では無いし、大変だったが今日は楽しかったと未来は思っているが、ただそれはそれとして何も言わずに急に大量のお菓子を作らされて行き先も告げずに連れてきたジェシカに怒ってはいるので、未来は少し嫌味を言ってやろうと思ったからだ。


「俺たちにガキンチョ共の相手させておいて自分は高み見物かよ」


「そろそろ建物が古くなってきてるから状態を見ていただけよ。それよりテアはどうしたのよ?」


「中で女の子に頼まれたクマの人形とおもちゃのピアノの修理をやってるよ。もうすぐ終わるみたいだけどな」


「あらそうなの」


 自分で聞いておきながら興味なさげに返事をするジェシカに怒りを覚えながらも、未来はふと疑問に思ったことを未来はジェシカに尋ねる。


「何で金の亡者のアンタが孤児院の支援何かやってんだ?」


 普段からことある毎に金、金、金と五月蠅いジェシカが慈善事業をやっているのが未来には信じられらなかったからだ。


「別にいいでしょ。よく外道だ鬼畜だ金の亡者だなんて言われるけど私だってただの人間よ。恵まれない子供たちの為に何かしてあげたいって思って何が悪いのよ」


 確かにジェシカの言う通り、ジェシカとて人間なのだからそんな風なこと思うこをもあるだろうとは思うが、未来にはどうしてもそれだけが理由とは思えずにジェシカをずっと見つめていると、ため息を吐きながら追加の理由を白状し始めた。


「孤児院みたいな慈善活動をしている施設や団体に寄付や支援をしておけば税金対策になるのよ。これが私の本音よ。満足したかしら?」


「成る程そういうことね。まあ理由はどうあれ人の為になることってんなら別にいいんだけどさ、今度からは事前に行ってくれよな。テアさえよければ俺もこういうの嫌いじゃないんだから」


「私だっていつでも大丈夫ですよ。少し慣れませんけどね」


 ジェシカと話している内にいつの間にかクマの人形とおもちゃのピアノ修理を終えたテアが合流してきた。


「テア、お疲れ様。色々と助かったわ。また頼むことがあると思うからその時はよろしくね」


「おいちょっと待て、俺の時と何か対応違くないか?」


「口を開いて早々に嫌味を言うような人形にはあれで十分よ。さて、私も仕事があるしそろそろ帰るとしましょうか。昼寝が終わった後だとあの子たちが返してくれなくなるしね」


 そう言って歩き出すジェシカをの後を未来とテアも慌てて付いていくのだった。


 歩きながらジェシカは思い出していた。


 奴隷から解放されても行き場所が無く彷徨っていた自分に手を差し伸べて商人としての生き方を教えてくれた恩人のことを。


 この孤児院も今は亡き恩人に頼まれているから支援しているのだ。


 でなければいくら税金対策になるとはいえ孤児院の支援などジェシカがする筈がない。


「本当に人の縁と恩ほど厄介な契約は無いわね」


 嚙み締めるようにそう言ったジェシカの顔は哀愁に満ちていた。


 正直返す相手がいないのだから恩返しなどもうしなくても良いとジェシカはずっと思っている。


 それでも、恩返しとしての孤児院の支援を止めることが出来ないのだ。


 もしかしたら、一生かけても返し切れない大きな恩を受けておきながらそれを踏み倒す程、ジェシカの心は冷たくなってはいないのかもしれない。

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