第8話 蘇るトラウマー3

 テアが布団から出てくる少し前、テアの部屋から出た未来は自分の試合用の衣装を作る為に買った布の端切れを利用してすっぽりと頭を覆うことが出来る袋を作った。


 何はともあれテアにちゃんと膝を突き合わせて伝えたいことが未来にはあるのだが、自分の顔をテアは見るのも辛いだろうと思い、間に合わせで袋を頭にかぶることで隠すことにしたのだ。


 その効果はあったようで、布団から出てきたテアは驚いた顔をしながらも真っすぐに未来のことを見てくれた。


「何、で、袋なんか頭に……私の為ですか……」


 自分の為に袋まで被ってくれた未来に、テアは申し訳ない気持ちでいっぱいになるが、今の状態ではまともに顔を見ることは出来なかったであろうから、未来の気遣いがありがたかった。


 一方、目を真っ赤に腫らし、眠れていないせいで隈まで作っているテア見た未来は、無駄な能書きは無しでストレートに自分の言葉を伝えてテアに安心して欲しいと思い、テア促して一緒にベッドに座り、優しい声で話し始める。


「あのさ、お前の親父さんを悪く言うつもりはねえんだけど親父さんは確かに狂ってた。傷心の娘ほっぽり出して自分の嫁さんそっくりな剣闘人形を作ってたんだからな。でもさ、親父さんが狂っちまったのってさ、大事にしてた人が死んでその後誰にも支えて貰えなかったからじゃないかなって俺は思うんだ」


 未来の表裏の無い言葉身テアはハッとする。


 幼かったとはいえ、自分は父を責めるばかりで、父だって愛していた母を失って辛いに決まっていたのに、何もしてあげていなかったことに。


 父が狂い始めた時だって、逆恨みをして無視するのではなく、自分が止めればよかったんだ、父が最初の内はしてくれたように支えればよかったのだ。

 

 それに気づいた途端、激しい後悔の念がテアを襲い、また涙がでてきてしまう。


「う、う、う、う、ご、めんパパ。ご、ご、ごめんなさい」


 最早どれだけ謝ったところでテアの言葉がもう父に届くことは無い。


 それが分かっていながら、テアは心からあふれ出る後悔を吐き出すかのように謝り続ける。


 想定外にテアを泣かせてしまった未来は焦りながら彼女を抱きしめ、自分の胸で気が済むまで泣かせてやろうと思った。


 今の状態では話どころではないからだ。


 しばらく泣き続けたテアも、心の膿を吐き出したおかげか少し落ち着きを取り戻して未来の胸から離れる。


「落ち着いたみたいだな。なんか責めるようなこと言っちまって悪かったよ」


「いえ、言いんです。言って貰えて寧ろ良かったです。私、ずっとパパのことを恨んでたけど、父は本当は何も悪くなかったんだって気づけましたから。ママが死んだのは父が剣闘試合に出てたせいじゃなくて病気で仕方の無かったことだし、死に目に会えなかったのだって私が不安に耐え切れなくなって病院を飛び出したせいだったんだし。なのにそれを全部パパのせいにしてたなんて、本当に酷い娘ですよね」


 幼かったんだから仕方ないことだと未来は言おうとしたが、喉まで出かかったところで言うのを止めた。


 言ってしまえば過去の自分の過ちを認めて受け入れたテアを侮辱してしまうことになるからだ。


 だが未来は、これだけはどうしても言いたい、そう思っていたことだけは言うのを止めなかった。


「……親父さんは支えて貰えなくて狂っちまったんだとしたらさ、テア、お前が狂うことは無いと思うぜ俺は。だってさ、俺がいる。どれだけ嫌われようと、嫌がられようと絶対側にいて支えてやる。だからもう何も怖がらなくていいんだ」


 未来はこの先一生、人形としてだが、生ある限りテアを支え続ける覚悟を決めていた。


 始めはただ可愛いから、可愛い彼女に良いところ見せたいから、それだけの理由で借金の肩代わりを願い出て、一緒に住んで世話も焼いた。


 でも今は、テアのことを、マッドネスメイデン破壊されかけたところを救ってもらい、互いの胸の内を打ち明け合ったあの日以来、未来はテアのことを見た目が可愛いから好き、という邪な感情でではなく、一人の人間として心から愛するようになっていた。


 だからこそ、例えこの先袋を被り続けることになったとしても未来はテアと共にいたいのだ。


 そんな半ば愛の告白を受けたテアも、色々と吐き出したおかげで少しスッキリした心から湧き出る思いに素直に従うことにした。


「ありがとうございます、ミライさん。でも何で私の為にそこまでしてくれるんですか……」


 別に聞かなくても、恋愛経験の無いテアでも答えは分かっていたが、どうしても未来の口から聞きたかった。


「それはそのだな。……お前のことが可愛いから好きとかじゃなくて人として愛してるからだよ。ああもう! 口に出すとこっぱずかし過ぎて顔から火がでそうだぜ!」


 照れ隠しに冗談を言う未来の顔から袋を取ったテアは、真っすぐに未来の顔を見ながら自分の顔を近づけると、そのまま唇を重ねる。


 突然のテアからのキスに初心な男子中学生のように頭が沸騰してどうしていいか分からなくなった未来は固まって動かなくなってしまう。


 それでも必死にテアの思いだけは受けめ、何とかテアを抱きしめることでそのお思いに答えようとする。


「私もミライさんのこと、愛してます。だからこの先もずっと、一緒に居て下さい」


 自分の思いを打ち明けたテアは、トラウマも乗り越えたこともあり、清々しい気分になるが、段々と落ち着いてきたことで、今度は気持ちに偽りが無いとはいえ、自分がしてしまったことが急に恥ずかしくなり、未来の顔をトラウトは関係なしにまともに見れなくなってしまう。


 そのままパニックになってしまったテアは取った袋を未来に被せ直すと、また布団の中へと逃げ込んで饅頭状態になってしまった。


「おいテア! 何するんだよ! キスまでしといてこれはないぜ。ほら、布団に隠れてないで出て来いって! 今日まだ飯も食ってないんだからな。あともう一回キスしてくれよ」


 気持ちが通じ合ったうえにテアの大胆な行動が重なって有頂天になった未来は、先ほどまでの優しさはどこへやら、無理やりテアの布団を剥ぎ取りにかかる。


「イーヤーでーすー! 恥ずかしすぎて死んじゃいそうなんですから少し放っておいてくーだーさーいー!」


 必死の抵抗空しくテアの布団は剥ぎ取られ、今度は未来からのキスの嵐に晒され、一時の感情で動いた自分をテアは猛烈に責めるのであった。


 この日、色々とあったが、改めて互いの思いを打ち明けた2人は、相棒ではなく恋人へと関係を発展させたのだった。

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