第9話 VSチャンピオンー2
チャンピオンとのまさかの出会いの翌日、テアからのおねだりに負けた未来がオーブンから焼き立てのアップルパイを取り出していると、玄関の扉がノックされた。
テアが扉を開けると、外に居たのはジェシカだった。
そのままテアが家の中へと招き入れると、ジェシカは勧めもされていないのに我が物顔で椅子に座ると、未来にお茶を要求した。
「あのなあ、茶が飲みたいなら喫茶店にでも行けよ」
そうは言いつつも未来はテアとボディガードの分も含めて律儀に紅茶を用意する。
「ほらよ。しかしアンタもようやくノックを覚えたんだな」
未来の言う通り、今日は初めてジェシカがノックして家人に招き入れられてから入ってきたのだ。
「そりゃノックくらいするわよ。前は冗談半分で貴女たちが何してようと知ったことじゃないって言ったけど、この前来た時ベッドでキスし合って本当に如何わしいこと昼間からおっぱじめてたんだから流石揶揄っての私でも驚いたんだから」
冗談で付き合っているのかと揶揄っていた二人がいつの間にか本当に付き合っているうえに、肉体関係にまで発展仕掛けた現場に出くわした時の気まずさはジェシカですら行動を改める破壊力があった。
奴隷時代にジェシカは男女問わずに娼婦のようなことをしていたので、女同士だろうと男同士だろうとその辺りは別に何も思わないのだが、流石に中身が完全に別人とはいえ母親そっくりの人形と付き合うのは、テアもマリオン同様におかしくなり始めているのではと思わざる得なかった。
しかし、未来と付き合いだしてから精神がかなり安定したテアに余計なことを言ってまた試合に出ないと言い出されては敵わないので、出来る女のジェシカは口出ししないと決めている。
「それはだな、ちょっと若い情熱が暴発してだな」
未来はしどろもどろになりながらいい訳をし、テアは剣闘試合に出る時より恥ずかしくなったらしく、顔を真っ赤にして俯く。
「ハア、まあ野暮なことは言わないし、貴女たちのプライベートなんてどうでもいいわ。それよりいい匂いがする割にお茶菓子は出ないのかしら?」
自分から話を振っておきながら、2人の反応が面倒くさくなってきたジェシカは話題を別なことへと変える。
本当に家中に充満する焼き立てのアップルパイの良い匂いに釣られて食べたくなったというのもあるのだが。
まだ動揺しているのか、ギュロスオイル切れ間近の動きが悪い自動人形のようなぎくしゃくとした動きで未来はキッチンに向かうと、人数分アップルパイを切り分けて皿に移すとテーブルへと運んで来た。
「それで今日はどうしたんですか? まさか本当にお茶を飲みに来ただけでなんですか?」
テアも先ほどの話題をうやむやにしようと必死にジェシカに話しかける。
「そんな訳ないでしょ。貴女たちのところに私が来るってことはコロシアムか借金関係のことに決まっているじゃない」
ジェシカが指を鳴らすと、アップルパイに夢中になっていたボディガードがワンテンポ遅れてから持っていた鞄から一枚の紙を取り出して未来とテアの前に差し出す。
紙にはチャンピオンウィーク日程表と書かれており、チャンピオンが連日戦う相手を記した対戦表のようなものだった。
そしてその最終日の対戦相手として、未来とテアの名が書かれていた。
「喜びなさい貴女たち。今年のチャンピオンウィークのルーキー枠への出場が決まったのよ。この試合は勝っても負けても利益がでるから儲けものよ」
「そいつはありがたいけどよ、チャンピオンウィークってなんだ? テア、知ってるか?」
日程表を見ながらもアップルパイを食べることを止めないテアも知らないらしく、口の中が一杯で喋れない代わりに首を振る。
「テアが知らないのも無理ないわ。チャンピオンウィークが出来たのはマリオンが引退してからだから」
チャンピオンウィークとは、マリオンが引退したことにより空席となったチャンピオンの椅子にタクスが座ったことで開かれるようになったイベントだ。
タクスがチャンピオンになった当時、タクスがチャンピオンに慣れたのはマリオンが引退したからであって、マリオンこそが真のチャンピオンだと言う声が、剣闘士や観客たちの間で多く上がっていた。
そんなことを言われてチャンピオンたるタクスが黙っている訳もなく、自らの力量を知らしめ、皆にチャンピオンが自分であることを認めさせるために自ら運営に提案したことでチャンピオンウィークは生まれ、今では年に一度のビックイベントとなっている。
イベントの内容はシンプルで、運営が選んだその年に目立った活躍を見せた剣闘士やランキング上位の剣闘士の中から1週間連戦出来るだけの人数を抜擢し、チャンピオンがその全員と戦うというものだ。
タクスはチャンピオンウィークで連日の試合にも関わらず一度も負けたことは無く、今では皆がタクスをチャンピオンと認め、コロシアムの絶対王者とまで言う者もいる程になっている。
鮮烈なデビュー以来、連勝中で他の新人など目に入らないくらいの活躍を見せている未来とテアが、今回のチャンピオンウィークに選ばれない筈もなく、新人にもチャンピオンとの対戦する機会を与える為、という名目のルーキー枠で出場することが決まったと言う訳だ。
「チャンピオンってこないだの嫁さんの尻に敷かれているおっちゃんだよな」
アップルパイの最後の一切れで口の中を一杯にしたテアが首を肯定するように縦に振る。
「あら、貴女たちチャンピオンに面識があったのね」
以外そうにしならがアップルパイを食べるジェシカに昨日の市場での出来事を話すと笑い出した。
コロシアム最強の剣闘士が家では一般家庭の夫と変わらない扱いを妻にされていると聞けば、そのギャップに誰もが笑ってしまうだろうからジェシカが笑うのも仕方がないことだ。
「とにかく今回の試合はいつもと違って出場が決まった時点でそれなりの報奨金がでるから派手に壊されない程度に頑張りなさいな」
最初からチャンピオンに勝てる訳が無いと思っているジェシカは、下手に壊されてその後の試合に出られなくよりも適度なところで棄権してもらう方がその後の利益と考え、それとなく限界まで戦わないように釘をさす。
「何言ってんだよ。今の俺たちは誰にも負ける気がしねえんだから勝つに決まってんだろ」
拳を突き合わせてやる気満々な未来に呆れつつジェシカがテアを見ると、口の周りにアップルパイの食べかすを付けながらもやる気に満ちた顔をしていた。
これは何を言っても聞きそうにないと思ったジェシカは、圧倒的な実力差で未来とテアがチャンピオンに一撃で敗れて最低限の負傷で済むことを祈るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます