第6話 指名-5
テアが目覚めるとそこは自分の部屋のベッドだった。
自分はさっきまでコロシアムで行われている剣闘試合に出ていた筈なのに何故自分の部屋のベッドで寝ていたのだろうかとぼんやりする頭で考えながら、一先ず喉の渇きを癒す為キッチンに行こうと部屋を出る。
「お、目が覚めたか。振り返ったら倒れてるんだから焦ったんだぞ全く」
部屋を出てリビングのテーブルセットの椅子に座っていつもの様に話しかけてくる傷だらけの未来を見て、徐々にテアは思い出す。
確か自分は剣闘試合に出て、負けそうになった未来を助ける為にマスターリングの魔法式を使い、ギリギリながらも勝利を収めたことを。
「私たち、試合に勝って、それから私ってどうなったんですか?」
「医務室の先生によると魔力切れだってさ。マスターリングに魔力を流し過ぎたのが原因だと」
未来がいた世界とは違い、科学技術は中世のレベルで止まっている代わりに誰もが魔力を持っているこの世界では魔法技術が発達している。
魔力を流すことで起動する
だから現代社会と同じとまではいかないが、未来がテアと2人暮らしを始めた頃に抱いた感想は合っており、それなりに生活に不便を感じない程度にまでには便利な道具が作られている。
道具を使う為に魔力を
もう一つは
ほんの一瞬火が使えればいいライターなどは人間からの魔力で、調理中ずっと火が必要な調理台には結晶体を加工したものをセットしておく、という風に使い分けられている。
未来が飯と読んでいるギュロスオイルも魔力の結晶体を加工した物の一種であり、使用する道具によって結晶体は液体や個体、気体などに加工されておりそれぞれ名称が違う。
剣闘人形ようのマスターリングにももちろんこの技術が使われており、使用者の魔力を使って起動するタイプの代物だ。
ただ、人間の魔力で魔法式を起動させる場合は魔力を使い過ぎ、あまつさえ使いきってしまえば体力の限界を迎えるのと同じように魔法式の起動者は意識を失ってしまうという問題がある。
テアが試合後に気を失ったのもそれが原因であり、初めてマスターリングの宝石に仕込まれている魔法式を起動したうえに、必死だったせいで加減が分からず魔力を流し過ぎたせいで魔力切れを起こしてしまったのだ。
「魔力切れなんてのがあるなんて知らなかったから何事かと焦ったぜ。血まで流してたし」
言われてみれば鼻が痛いと思ったテアが鼻の頭を触ってみると、ガーゼが張られていた。
どうやら魔力切れで気を失い倒れた拍子に鼻を強打したらしく、未来が言うには折れてはいないが少し擦りむいており、倒れた直後は鼻血を流していたそうだ。
「ご心配をお掛けしてすいませんでした。でも私なんかよりミライさんの方が大怪我なんじゃ......」
「大したことない、って言いたいとこだが人間だった頃みたく自然になおる訳じゃないし、誰かに直してもらわないと不味いな」
未来の体には痛覚がないので平気な顔をしているが、両方の手のひらには大穴が空き、表面だけで内部の機構にまでは達していないとはいえ身体中に穴が空いている状態で人間で言えばかなりの重症だ。
とりあえずは傷口に包帯を巻いて内部に埃や砂が入らないように応急処置をしてはいるが、いつまでもこのままミイラ状態でいる訳にもいかない。
何よりこの有り様では剣闘試合に出ることはおろかテアの食事を作ることすら覚束ず、未来としては一刻も早く大穴が空いた手のひらだけでも直したかった。
「しっかし実際戦った訳でもないテアが怪我してるのって変な感じだな。鼻の頭にガーゼなんて付けてさ」
クスクス笑いながら未来はテアの鼻の頭に付いてるガーゼをちょんと突く。
「痛いんだからやめてください。私だってまさか倒れるとは思ってなかったんだからしょうがないじゃないですか。それに怪我で笑うんだったらミライさんだって包帯ぐるぐる巻きでミライじゃなくてミイラになってますよ」
頬を膨らませながら反論してくるテアの可愛さに思わず抱きしめたくなったが、嫌がられると思い腕を広げたところで未来は思いとどまる。
だが、未来をマッドネスメイデンの鞭に捕まった時以上の衝撃を襲った。
なんとテアから未来に抱き着いてきたのだ。
「テ! テア! 急にどうしたんだ! もしかしてこれって噂のモテ期⁉ それともデレ期⁉」
驚きのあまりどうして良いか分からない未来を更なる衝撃が襲う。
テアが自ら未来の顔を真っすぐ見てきたのだ。
「あの、ミライさん。いつもミライさんから顔を背けてばかりですみませんでした。でも、もう大丈夫です。今さらですけど、私が死のうとした日、助けてくれてありがとうございました。それとこれからも一杯迷惑かけるかもですけど、よろしくお願いします」
顔を真っ赤にして恥ずかしそうにそう言ったテアに、嬉しさのあまり未来は頭がパンクしてしまい、手をわたわたと動かすことしか出来ない。
「ミライさん、大丈夫ですか? どこか駆動系にダメージがあったんじゃ!」
「だ、大丈夫! そうじゃなくてテアから抱き着いてきてくれたうえに礼まで言われて嬉し過ぎてどうしたら良いか分かんなくなっちまったんだよ」
心配そうに見てくるテアに慌てて未来が言い訳すると、テアは笑い出した。
テアに釣られて未来も笑いながらテアを抱き返す。
テアの中で、まだ父のことや剣闘人形へのトラウマを完全に振り切れた訳ではない。
それでも今日、テアは自分の心を雁字搦めに縛っていたトラウマという鎖が少しだけ解けた気がし、久しぶりに心の底から笑うことが出来た。
そして何よりもようやく母の顔をした恩人の顔を真っ直ぐに見ながら礼を言えたのがとても嬉しかった。
未来も嬉しそうに笑うテアを見て、この先何が待ち受けていようとも、もう彼女が絶望する日はこないだろうと確信出来た。
この日、初めて剣闘試合で苦戦した二人は、ようやく共に戦う本当の剣闘人形と剣闘士となったのだった。
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