第7話 修理と特訓‐1

「それで貴女たちこれからどうする気なの」


 テアが入れた紅茶を受けとりながらジェシカは呆れた顔をする。


 昨日の試合の後、どうしても外せない仕事があった為に仕方なくコロシアムを後にしたジェシカであったが、二人のことが気になっていた彼女は仕事の空き時間にテアの家を訪れた。


 すると昨日までと打って変わって少しギクシャクした関係だった未来とテアが仲の良い姉妹か恋人同士のようになっていたのだ。


 ボロボロになってどう見ても剣闘試合に出ることの出来ないにも関わらず、未来とテアはそのことを気にもしていないかのように明るい顔をしている。


「どうするもこうするも何とかこの穴だらけの体を直すしかねえだろ。この手じゃ流石に試合に出ても勝て無さそうだしな」


 椅子で偉そうにふんぞり返りながらそう言う未来にジェシカは頭が痛くなってきた。


 確かに未来の言っていることは正論ではあるのだが、未来の体を修理するには二つの大きな問題がある。


 それは人形師の手配と修理代だ。


 稀代の人形師と呼ばれたマリオンが心血どころか命まで注いで作った剣闘人形である未来を元通りに直すことの出来る職人などいるかどうかも怪しく、いたとしても超が付くほどの一流人形師に依頼するしかない。


 つまり修理の依頼料だけでも相当な金額になるのは確実だ。


 更には制作の為にと私財をほとんど注ぎ込んでも足りずにジェシカからかなりの額をマリオンは借りているので、修理の為に必要な材料費もとんでもない額になるのには明白だ。


「とりあえず修理費の方は借金に上乗せってことで出してあげるけど、人形師の方はどうしたものかしらね。何人かは知ってるけどミライを直せそうな程の一流職人ってわけでもないし」


 唇に指を当てながら唸るジェシカに、遠慮がちにテアが手を上げながら提案する。


「あの、そのことなんですけど私、何とか出来るかもしれません。しかもタダで」


 タダと聞いた途端に金銭問題にはうるさいジェシカの眼光が鋭くなり、驚いたテアは未来の座る椅子の後ろに慌てて隠れてしまう。


「オイ! テアを脅かすんじゃねえ!」


 眉間にしわを寄せるどころかまばたきすら出来ない未来がジェシカを睨みつけるのだが、表情が変わらないせいで全く迫力が出ない。


 寧ろジェシカは未来の顔を見てテアの母親が今も生きていたら色々とプロデュースして一儲け出来たんだろうなと思うくらいで未来が睨んだ効果は一切なかった。


「悪かったわよ。それでテア、どうする気?」


 椅子の陰から恐る恐る顔を出したテアは、未来に励まされながら話し始めた。


 テアによると、マリオンは剣闘人形を作るときは動作不良や剣闘試合での破損に備えて必ずもう一体同じものが作れるだけの予備パーツを作成していたらしい。


「だから2階の父の工房を探せばミライさんの予備パーツがあると思うんです。完全に一からパーツを作るとなると私には無理ですけど、パーツの交換くらいだったら父に仕込まれてますから出来ると思います」


 ジェシカとしては色々な手間が省けるうえにパーツの交換だけで済むのならすぐにでも試合に出ることが出来る。


 もしそうならかなり魅力的な話だと思った。


 昨日の試合でトップランカーに勝利するというジャイアントキリングをなしとげたうえに、一応は服を着たおかげで未来の評判が上がり、更には素顔を劇的なタイミングでテアが晒したことで二人の人気がうなぎ登りになっており、今が正に儲け時なのだ。


 現に試合終了後にジェシカのモンテーロ商会がコロシアムの外に出していた未来とテアのグッズを売る露店には長蛇の列ができ、列が無くなる前に商品が無くなってしまう事態に陥ってしまう程の人気ぶりなのだ。


 しかし未来としてはこの提案を承諾していい物かと悩む。


 別にテアに体のことを任せられないという訳ではない。


 ただ、昨日打ち解けたどころか打ち解けすぎて長年の友人のようになったしまった二人は、未来の提案でお互いに人生で初めてパジャマパーティーを決行した。


 だが、ずっと入退院繰り返していた未来と引っ込み思案で彼氏どころかまともに友達すらいたことが無いテアに、そういった時の定番の話、恋バナなど出来る訳もなく、結局2人は互いの身の上話をした。


 その際に未来はテアのトラウマについても聞いており、自殺未遂をしたうえにある意味トラウマの塊と言える場所にテアが入って大丈夫なのかと心配になったのだ。


 そんな未来に、表情が変わらずともある程度未来の感情を読み取ることが出来るようになったテアがそっと未来の手を握りながら真っすぐ彼女の顔を見て、自分は大丈夫だと言う風に頷く。


「テアがそれで良いなら俺も文句はない。善は急げって言うし早速2階に行くとするか」


 テアが腹を括ってるのなら自分に出来るのは彼女を支えるだけと考えた未来は、テアの手を握り返しながらワザと明るい口調で話す。


 2人のやり取り見ながら紅茶を啜っていたジェシカは、疑問に思う。


 急に2人の仲が縮まり過ぎではと。


 しかし何があったにせよ、悪い事では無いし、わざわざ突っ込む程の事ではないと考え敢えてジェシカはそのことについては何も言わずにテアの提案に賛同することだけを二人に伝える。


「私もテアの言う通りに予備パーツがあるかだけは確認したいから付き合あうわ。なかったら人形師を探さないといけないし」

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