第6話 指名-3
試合開始と共に、先に仕掛けたのは未来だった。
素早くマッドネスメイデンの懐に潜り込むと、ドラム缶に似た寸胴型の胴体に得意の右ストレートを決める。
マッドネスメイデンは避けようともせずにもろに未来の拳を食らうが、お寺の鐘をついた時に似た音と共に少し凹みが出来ただけで大してダメージを受けた様子が無い。
アイアンメイデンに似ているだけあってか、未来が今まで戦ってきた剣闘人形とは違い、マッドネスメイデンの体が鋼鉄で出来ているのが原因なのだろう。
普通、
だから並みの剣闘人形では厚いレンガの壁にさえ穴を空ける威力を持つ未来の拳をまともに食らってしまえば、一撃で戦闘不能に陥ってしまう。
多少は金属で作ったパーツを用いたり、剣闘人形ならば後から鎧を着せたりする場合もあるにはあるのだが、マッドネスメイデンのように全身のほとんどが鋼鉄で出来ている剣闘人形はかなり珍しい部類に入ると言える。
しかしマッドネスメイデンは機動性を犠牲にしてでも鋼鉄でボディを作ることで一般的な素材で作られた剣闘人形では逆に攻撃した手足を破壊される程の防御力を得ることに成功している。
その上、セリーナがマスターリングの青の宝石に魔力を流すことで更に防御力を上げていたせいでレンガで出来た壁くらいなら容易く砕く未来の拳でも砕くことが出来なかったのだ。
そんな相手に凹みを付けただけでも未来はよくやった方だと言えるだろう。
1撃で駄目なら2撃、3撃叩き込めばいいとばかりに未来はマッドネスメイデンに次々と両手で代わる代わる拳のラッシュを叩きこんでいく。
だが、10発以上は拳を叩き込んだにも関わらず叩き込んだ拳の数だけ凹みを作っただけでどれも決定打には至らない。
それでも凹みは出来ているのだから少しはダメージがある筈、ならばもっとボコボコにすればいいだけと作戦と呼んでいいのかどうか怪しい作戦を決行する為未来は先ほどまでよりもより強力な一撃を放つ為、溜めを作る。
「あら、私の拷問官の前で動きを止めるなんてお馬鹿さんね」
溜めを作る為に絶えず動きながらの連撃を止めた瞬間、さっきまで微動だにせずに未来に殴られ続けサンドバック状態だったマッドネスメイデンの胴体が開いた。
殴った音で薄々中が空洞ではないかと思っていた未来の勘は当たっていたが、ただの空洞ではなく本物のアイアンメイデンと同じく見た者の背筋に冷たいものを走らせる程の大量の金属の棘が何本、いや、何十本も生えている。
更にマッドネスメイデンメイデンの開いた胴体から飛び出してきた太い鞭が未来の首を絡めとってきた。
鞭が飛び出した瞬間に反射的に避けようと後ろに飛んだ未来だったが一歩遅く、多少距離が開けられたものの、よくない状況に陥ってしまう。
「しまった! クソ、解けねえ!」
絡めとられた首からを鞭を取ろうと未来は両手で鞭を引っ張るが、鞭は解けるどころか生きているかのようにより未来の首を絡めとりながら強力に締め付けてくる。
その上、鞭は徐々にマッドネスメイデンの胴体の中に戻っていこうとするので必然的に未来は針だらけの胴体内部へと引き寄せられていく。
「フフフ、必死に抵抗するする姿、最高。疑似魂が上位なものほどいいリアクションしてくれるけど貴女は今まで一番いいわあ。さあ、もっと踏ん張らないと穴だらけになってしまうわよ」
人間の体で前から何かに引っ張られるのに抵抗しようとする時、綱引きをイメージすれば分かりやすいのだが、腰を落として重心を後ろに傾けるのが一番抵抗するのに適している姿勢と言えるだろう。
当然未来もその姿勢を取ろうとするのだが、鞭が首に巻き付いているせいでどうやっても前傾姿勢になってしまい、上手く踏ん張ることが出来ない。
「この野郎! 狡いて使いやがって! 正々堂々戦いやがれ!」
無いはずの歯を食いしばりながら未来は挑発を兼ねて悪態をつくが、無様に抗おうとする様子を見るのがこの世で一番の娯楽だと思っている彼女にとっては苦し紛れの挑発は、挑発になるどころか彼女を楽しませるだけであった。
「アアーン! 貴女本当に最高ね! ここまで私を楽しませてくれる剣闘人形は初めてよ!」
瞳を潤ませたセリーナは体をくねらせて全身で楽しんでいることを表現しながら喘ぎ声まで出し始めた。
「真性の変態野郎かよ!」
初めて生で見た変態に引きながらも未来はこの状況を打破できるアイデアを考えるが、引き寄せられまいと抵抗するだけで手一杯で考えが纏まらず、そうこうしている内にジリジリとマッドネスメイデンとの距離が縮まっていく。
「さて、いい加減綱引きも飽きてきたしそろそろフィナーレといきましょうか!」
セリーナが緑の宝石に更に魔力を追加で流したことで鞭を巻き取るギミックの出力が一段階上がり、予想外の力で急に引っ張られたせいで未来は前のめりに体勢を崩してしまう。
そのまま地面へと倒れこんでしまった未来は最早踏ん張ることなど出来ず、一気にマッドネスメイデンへと砂煙を立てながら引き寄せられる。
あっという間に足元にまで引き寄せた未来を胴体には不釣り合いな細く長い6本の腕の内の4本で抵抗できない様に手足をそれぞれ掴み、残る2本の腕で未来のお腹を掴んで抱き上げたマッドネスメイデンは、観客に、テアに、何よりも主人であるセリーナに見せつけながら針だらけの自分の中へと未来を投げ込むように入れる。
急いで未来は脱出しようとするが、それよりも早くマッドネスメイデンの腹部が閉まり始め、脱出できそうな隙間が無くなってしまう。
それでも諦めの悪い未来は自身に迫る極太の針を掴んで押し返そうとするが、押し込められた体勢のせいで上手く力が入れられず、押し負けてしまって少しずつ未来の体に刺さり始める。
「クッソ! テアーーーーー!」
普通の剣闘人形とは違う自分が破壊されてしまえばどうなるか分からない。
だからこそ未来は、再度訪れるかもしれない死への恐怖と、啖呵を切っておきながら借金を返すことも守ってやることも出来なくなることへの罪悪感から思わずテアの名を叫ぶ。
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