第6話 指名-2

 コロシアムで個室の控室を用意されるのはトップランカーだけで、下位の剣闘士たちは鮨詰めの狭い控室しか用意されていない。


 それが嫌で試合開始時間ギリギリにコロシアムに来る者も多く、未来たちも人見知りなテアの為に控室は使わないようにしている。


 そんなトップランカー専用の控室の一室で拷問妃の二つ名を持つセリーナ・ドゥエスは優雅に紅茶を楽しんでいた。


 しかし彼女の顔は優雅な所作とは違い、熱に浮かされたように朱に染まり、瞳は潤んでいて息遣いが妙に色っぽい。


 彼女は戦いたいと思ってる相手との試合前には興奮し過ぎていつもこんな風になる。


「ああ、これからあの捨てられた子犬みたいな女の子と芸術品よりも美しい剣闘人形と戦えると思うと高まり過ぎてどうにかなっちゃいそう。貴女もそう思うでしょ」


「はい、女王様。本日も貴女様にご満足頂ける試合をお約束いたします」


 彼女が座るソファーの隣で控える剣闘人形、マッドネスメイデンが答える。


 トップランカーの剣闘人形なだけあって、かなり上位の疑似魂を搭載しているらしくマッドネスメイデンは流暢にセリーナの問いかけに答える。


 気分が高まり過ぎたセリーナが黒のレザースーツ越しに自分の体を撫で回して悶えていると、ドアがノックされた。


「失礼しますドゥエス選手。まもなく試合開始の時刻となりますので入場口の方にお願いします」


「あら、もうそんな時間なの。興奮しすぎて我を失う癖は直さないといけないと分かってるけど、どうしてもダメね」


 少し気分が落ち着いた彼女はマッドネスメイデンを従えて入場口へと向かうのだった。



 一方反対側の入場口ではテアとジェシカがフードを巡って争っていた。


「テア! 折角私がメイクしてあげたんだからいい加減に諦めなさい!」


 結局自発的にメイクをしなかったテアに業を煮やしたジェシカが強制的にテアにメイクを施したのだ。


 ジェシカからテアを守ると決めていた未来ではあったが、すっぴんでも可愛らしい彼女がメイクをしたらより可愛くなるとしたら是非ともみたいという欲望に負け、未来は服の裾を持って涙目で助けを求めるテアを助けずにメイクされる様子をただただじっと見ていた。


 おかげでテアはコロシアムまでの道中いつも以上にフードを目深に被ってしまい、未来とも一切口を聞いてくれかった。


「なあ、あんまり無理強いしない方がいいんじゃないか? 今日はメイクしただけでも前進ってことで勘弁してやれよ」


 フードを引っぺがそうとしていたジェシカを抱き上げて未来はテアから引き離す。


 そろそろテアの味方をしないと本気で嫌われかねないからだ。


「ちょっと離しなさいよ! 今日はもういいから。その代わり次こそはフードを取りなさいよ」


 ジタバタと抵抗していたジェシカは大きくため息ついてテアからフードを脱がすのを諦めた。


 人間の背骨など簡単にへし折ることが出来る未来に抱きかかえられたのだから仕方がないと思ったようだ。


「そもそもミライ! 貴女にも言いたいことがあるのよ! 何なのその下着みたいな服は! 裸とほとんど変わらないじゃない!」


 入場口に着いた時にメイド服を脱ぎ捨てた未来が着ていたのは、豊かな胸の谷間を強調するように胸部に穴が開いる中央で交差するように白いラインが入った自分の髪色と同じ金色のスポブラに、サイドにフリルをあしらった同じく金色のお尻が少しはみ出るくらい短いショートパンツだった。


 更に腕にも金色のアームカバーを付けており、今まで素足だった足も今回は白銀のロングブーツを履いている。


「えー、良いじゃねえか! 折角コロシアムで戦うんだから女子プロレスラーみたいなの来たかったんだよ。それにこれなら動きやすいしさ」


 表情が変わらないはずなのに自慢げな顔をしている未来に、またもジェシカはため息を吐かされる。


 この変わり者2人を自分の思い描くビジネスプラン通りに動かすのは土台無理な事だったのかもしれないと思い始めたからだ。


「はあ、もう何でもいいわ。とにかく勝って賞金稼いできなさい」


 怒りながら暴れたせいで乱れた髪を手で直しながら、色々と諦めが着いたジェシカはひらひらと適当に手を動かして入場口から二人を試合会場へと送り出す。


「さあ、観客の皆様お待たせ致しました! これよりランキングの垣根を越えた特別試合が開始されます! 最初にご紹介するのは、対戦相手の剣闘人形を拷問するという残虐なファイトスタイルで人形だけでなく剣闘士の心までも破壊し、数々の剣闘士達を引退に追い込んだ悪女! サウスゲートよりの入場、拷問妃セリーナと拷問官マッドネスメイデン!」


 女性からの声援が殆どない代わりに男性の観客達からの野太い声援と共にセリーナとマッドネスメイデンが入場する。


「相変わらず豚どもがうるさいわね。私は男になんか興味無いのに」


 煩わしそうにしながらも観客席にセリーナは手を振る。


 趣味はともかくとして人気商売なのだからファンサービスはしないといけないのがセルフプロデュースで稼いでいる剣闘士の辛いところなのだろう。


「続いては衝撃のデビューから5連勝中の今最も話題の彼女たちの入場です! 伝説の男の愛娘テアと金色の暴風ミライ!」


 いつもフード付きのローブで顔を隠しているうえに勝っても一言も喋らないせいで上手く二つ名を付けられない司会はとりあえず父親のことを引き合いに出している。


 司会として幸いだったのは未来の方は輝く黄金の髪を振り乱して荒々しく戦う姿から二つ名をつけやすかったことだ。


「ミライ、ようやく服を着ましたね。あまりに精巧に生身の人間そっくりに作られているせいで運営に裸で戦わせるのは公序良俗に反するのでは、とクレームが入っていたので助かりました。しかし着たとはいえ下着のような過激な衣装! これはテアの趣味なのか⁉︎」


 司会の言葉をテアは全力で首を振って否定する。


 そのやり取りに会場からは笑いが起こる。


「あらあら、初々しいわね。これは壊し甲斐がありそう」


 どう未来を料理してテアの顔を絶望に染めようかと考えながらセリーナは獲物を前に舌舐めずりする。


「さて、戦う前に聞きたいんだがなんで俺らを指名してきたんだよ。お局様みてえに新人虐めて遊ぼうってのか」


 中世の拷問器具、アイアンメイデンに手足を付けたような剣闘人形であるマッドネスメイデン越しに未来はセリーナに問いかける


 まさか人間のテアではなく剣闘人形の未来に話しかけられるとは思わなかったセリーナは少し驚きながらも直ぐに不敵な笑みを浮かべた。


「そうよ。私の趣味は少しずつ、少しずつ拷問されるように痛めつけられていく剣闘人形を見て絶望する剣闘士の顔を見ることなの。特に男より女の方が私の好みなんだけどこの世界には女が少ないのよ。だからわざわざ貴女達を指名したの」


 剣闘人形のデザインと本人の服装からなんとなく未来は察しは付いていたが、未来とテアが指名されたのは新人つぶしというよりは、セリーナの嗜虐心を満たす為のようだ。


 この試合、未来はますます負けられなくなってしまった。


 自分が悪趣味な剣闘人形に拷問されながら破壊されるなど痛覚が無いとはいえ御免だ。


 それに何よりもようやく深く傷ついたテアの心が少し言えてきたというのに、拷問される自分を見たらまた心のバランスを崩してしまうかもしれないからだ。


「はあ、こちとらアンタの変な趣味に付き合う気はねえ。その悪趣味な剣闘人形ごとお前の性根も叩き直してやる!」


 セリーナへの宣戦布告と共に未来は拳を構える。


「あらあら生意気な剣闘人形ね。でも貴女みたいな子の方がいたぶりがいがあるわ」


 別に剣闘人形が戦うのだから剣闘士が武器を持つ必要が無いのに、何故か持っている鞭を地面に叩きつけてセリーナは未来の宣戦布告に答える。


 両者の間に火花が迸り、ボルテージが最高潮に達した時、まるでタイミングを見計らかったかのように試合開始を告げる太鼓がコロシアムに鳴り響いた。

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