第6話 指名−1

「テア、いい加減起きろよ。朝飯冷めちまうぞ」


 何度ドア越しに呼びかけても起きてこないテアに業を煮やした未来はテアの部屋へと突入した。


 部屋に入ると案の定、テアはカーテンを開けて部屋に光を入れるどころか、未来には分かりづらいが少し寒いらしく、頭まですっぽりと布団を被って眠っており、起きようとした形跡も無い。


 ベッドに腰掛けて未来が揺すってみると、ようやくうっすらとテアは目を開ける。


「もう、少しだけ寝かせて下さ……」


 言い切る前に力尽きて安らかな寝顔で寝息を立てた始めたテアに絆されそうになりながらも、未来は心を鬼にしてカーテンを開けて止めに布団を剥ぎ取る。


「ま、眩しい。お布団返してください」


 日光が寝起きの目に染みるのか目を開けないまま、呻きながら剝ぎ取られた布団を取り戻そうとテアの手足が宙を描く。


 その余りの可愛さに未来は思わず抱きしめたくなりそうになるが、テアに冷めた朝食を食べさせる訳にもいかないので、彼女が覚醒する一言を放つ。


「今日は蜂蜜たっぷりのフレンチトーストだぞ」


 この一言でテアの開いているのかいないのかよく分からなかった目が一気に開く。


「おはようございます! 何でそれを早く言ってくれないんですか!」


 飛び起きたテアは体が覚醒しきっていないせいで上手く動かないのか、おかしな動きをしながらリビングへと走っていった。


 未来とテアが同居を始めてから1ヶ月が経とうとしている。


 最初の内はテアの人見知りのせいで中々距離が縮まずに苦労したものの、最近では日常会話くらいなら問題なく出来るくらいにはテアとの心の距離が縮まったように未来は感じていた。


 その陰にはテアの好みを研究したりして少しずつ外堀を埋めていった未来の努力がある。


 そんな研究の一環で気づいたのがテアの好物が甘い物全般というもので、未来はオヤツにお菓子や食事にもパンケーキやフレンチトーストをよく作るようにしている。


 ただ、未来と出会うまでのテアは食べていたのかも怪しい適当な食生活をしていたらしく、痩せすぎているくらいだったのでまあ良いかと思っていたのだが、少々甘いものを食べさせ過ぎたのか、未来が先日こっそり着替えを覗いた時に少しお腹に肉が付き始めたことに気づいてしまった。


 だから未来は早急に食事メニューを改善しなければいけないと思い始めている。


 未来としては肉付きの良いムチムチな女の子も好みではあるのだが。


 まあそれはともかくとして、未来もリビングに行くとテアは頬袋をパンパンにしながらフレンチトーストをにこにこしながら食べていた。


 家の中には少しずつだが家具や衣類が増え、未来とテアが剣闘試合で勝利し、順調に借金を返済していることを証明していた。


 今のところ戦績は5戦5勝と連勝中であり、このまま勝ち続ければランキング下位から抜け出せそうなところまで来ていた。


「テア、そろそろ俺も飯欲しいんだけど頼めるか」


 食事を終えて満足そうにしているテアに未来は背中を向けると服をまくる。


「わかりました。今取ってきますね」


 部屋の片隅に置いてある木箱から細長い試験管に似た青い液体で満たされた容器を持ってきたテアは、未来の人間ならば背骨がある場所を指でなぞる。


 するとなぞった部分にソリットが現れ、そこから空になった容器が出てきた。


 テアは空の容器を抜き取り、代わりに液体が満タンに入っている容器を差し込むと自動的に容器は未来の背中に格納され、ソリットも閉じて消えてしまう。


 この容器に入っている青い液体の正体は自動人形のエネルギー源であるギュロスオイルという錬金術で作られた液体だ。


 車のガソリンと同じく、燃料であるギュロスオイルが切れると自動人形は糸が切れた操りた人形と化して動かなくなってしまうので、持ち主は定期的に人形内に格納されている容器を交換しなければならない。


 容器の搭載数と交換の頻度は自動人形によってまちまちで、未来の場合は3本内蔵されており大体一日一本消費するのだが、剣闘試合で激しい戦闘を繰り広げたりすると消耗も激しく、万が一満タンの物が一本しかなかったりすればガス欠を起こす危険性がある。


 だからいつでも万全の状態で試合に出られるように未来は毎朝交換するようにしている。


 後、こう理由づけておけば毎日テアに自然と触れてもらえるという下心もあったりするのだが。


「ご馳走さん。今日の朝飯はどうだった?」


「おいしかったです。いつもありがとうございます」


 出会ったばかりの頃の悲壮感溢れる顔しか見せなかったテアは最近少しずつだが笑顔を見せるようになり、今もおいしい朝食に満足したのか笑みを浮かべている。


 未来もこの変化には満足しているのだが、一つ気になっていることがある。


 それはテアが自分の顔を見てくれないことだ。


 最初の頃は、テアが自分と話す時いつも俯いているのは人見知りで他人と話すことに慣れていないのが原因だと考えた未来はゆっくりとでも慣れてくれればいいと思っていた。


 だが近頃は違う気がしている。


 かなり打ち解けてきて、たどたどしかった日常会話も普通に出来るようになったにも関わらず、それでもテアは顔を俯いているうえにわざと目線を合わせて顔が見えるように話しかけると直ぐに顔を背けて絶対に未来の顔を見ようとしないのだ。


 おまけに一緒に買い物に出かけて、行きつけの店の店員に話しかけらた時は普通に顔を見合わせて会話出来ている。


 つまり未来だけが意図的に顔を見ないようにされているしかと考えられないのだ


 一体何故なのかテアに聞いてはみたいのだが、苦労して築いた親密な関係が壊れてしまい、またテアが何をしでかすか分からない不安定な状態に戻ってしまうことを恐れた未来は聞けないままでいた。


 それでもいつかは聞かないといけないと思いながらもテアの為に食後のお茶を入れていると、玄関が突然勢いよく開いてド派手な赤いドレスの女が入ってきた


「おはよう。喜びなさい貴女たち、ご指名が入ったわよ」


「あのなあ、ノックぐらいしろよ。俺とテアが朝からいかがわしいことしてたらどうする気だったんだ」


 未来の嫌味を込めた冗談に、そういうことに興味がありながらもまだまだ恥ずかしい年頃のテアを顔が真っ赤にしながら口に含んだお茶を噴き出す。


「あら、それは失礼。でもこの家はまだ私の物なんだし別にいいでしょ。それよりも指名よ指名!」


「指名ってキャバクラかよ。そもそも試合カードはコロシアムの運営がランダムに決めるんじゃねえのかよ」



 剣闘士達は戦績で変動するランキングを元にピラミッド型にグループ分けされたおり、基本的には実力差が近しい同じグループ内でランダムに試合が組まれる仕組みになっている。


 ただ、ランダムと言っても同じ日に連戦になったり、極端に剣闘士間で試合数に差が出ないようになど、国営の運営団体が多少調整しており、完全にランダムというわけでも無い。


「普通はそうらしいんだけどトップランカーになるとその辺は口が出せるみたいなのよ」


 ジェシカが指を鳴らすと、ボディガードの大男が未来にポスターを渡す。


 ポスターには未来とテアの絵が描かれており、対になるように未来の知らない剣闘人形と女剣闘士が描かれていた。


「なんだこりゃ。今までもこんなのあったのか?」


「ランキング下位同士の試合だと無いですけど、上位の剣闘士が試合に出るときは作られるんですよ」


 濡れた口元を行儀悪く寝巻の裾で拭いながら未来の持つポスターをテアも覗き込む。


「この人って、拷問妃じゃないですか! パパ……あの人が以前戦ったのを見たことがあります」

 

「えらく物騒な二つ名だが有名なのか?」


「ええ、常にランキングの上位にいる有名人よ。つ、ま、り、勝てば賞金がたんまり入るってこと」


 ランキング下位同士の剣闘試合の賞金は普通の仕事よりは一度に稼げる額としては高額ではあるが一攫千金と言える程の額では無い。


 だがランキング上位同士の剣闘試合で出る賞金は桁が一つ違い、今回のように上位と下位の対戦でもいつもの下位同士の試合に比べれば数倍の賞金がでる。


 ジェシカが朝から上機嫌で尋ねてきたのはそれが理由だろう。


「試合は今日の明日の午後の部の第一試合。貴女たち、今連勝していて注目されてるからここでトップランカーに勝てば一気にランキング中位くらいには食い込めるかもしれないんだから絶対勝ちなさいよ。それとテアはフードを被って顔を隠すのは止めてちゃんとメイクしなさい。ミライ、貴女はいい加減裸で戦うのは止めて服を着なさい」


 剣闘試合の時、テアは観客からの視線に恥ずかしさのあまり耐えらずいつもフードを被って俯いている。


 その姿が小動物のようで可愛らしいと一部の界隈にはかなり人気が出ているのだが、どちらかというとテアよりも美しい姿とは対照的な苛烈なファイティングスタイルによるギャップで未来の方が人気が出ている。


 しかし一張羅のメイド服が破れては困ると素っ裸で剣闘試合に出るせいで女性や子供連れには評判があまりよろしくない。


 折角少女と女型剣闘人形という珍しいコンビで注目を集めているのだから、ジェシカとしては素材だけならそれなりに悪くないテアにきちんとした格好をさせ、未来にも服を着せることでより多くの観客に人気が出るようにして有名にしたいのだ。


「服の方なら昨日ようやく出来たから安心しな。テアの方は性格何だから諦めろよ」


「貴女って口はガサツなくせに家事全般出来るし裁縫も出来るなんて案外器用なのね」


「生前母親に仕込まれたんだよ」


 未来はたまに調子がいい時に一時帰宅していたのだが、地上最強の人間になりたいと言い出した娘に危機感を覚えた母親に一時帰宅する度に将来嫁の貰い手が無くならないようにと花嫁修業をさせられていた。


 生前は嫌でしかなかったのだが、今こうしてテアの世話を出来ているのは母の厳しい指導のおかげなので、生前一度もしなかった花嫁修業に対する感謝の念を遠い異世界から母に毎日飛ばしている。


「でも、何でトップランカーが私達をわざわざ示してきたんでしょうか?」


 テアの疑問はもっともで、連勝中とはいえまだランキングでは最下位から数えた方が早いテアと未来にトップランカーが指名してまでランキング下位の自分達と戦うメリットが無い。


「あら、そんなの新人つぶしに決まってるじゃない。どの業界でもあることよ。ただでさえ伝説の男マリオンの娘と遺作のコンビってだけでも目立ってる上に連勝してるんだから睨まれても仕方ないわね」


「出る杭は打たれるって奴か。まあ大人しく打たれてやるつもりはねえけどな」


 未来は拳通しを胸の前でぶつけ合ってやる気十分だが、テアはまた父のせいで余計な苦労を掛けられていると思うと少し憂鬱な気分になってしまう。


 その様子を見て未来は作り置きしておいたパウンドケーキをテアに出す。


「暗い顔してないでこれで元気出せって。どんな奴が相手だろう俺がぶっ飛ばしてやるからさ」


「ミライさん……」


 未来の気遣いが嬉しくてつい顔を上げてしまったテアはもろに未来の顔を見てしまい咄嗟に顔をそむけてしまう。


 自分にこれだけ良くしてくれる相手に失礼だとはずっと思っているのだが、どうしてもテアは未来の顔を見ることが出来ない。


 未来という人格は人として好きだが、その器である父が作った母そっくりの自動人形の体がどうしても受け入れられないからだ。


 未来に素直に言えばフェイスベールなり仮面なりで顔を隠すくらいしてくれるだろうが、テアは未来にそこまで気を使わせたくは無い。


 でもいつかは父と自動人形に対するトラウマを克服したいとは最近思うようになった。


 大好きな母の顔をもう一度見たいし、何よりも恩人である未来ときちんと顔を合わせて話す為に。

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