青の秘密 六

 列車は三十分ほどで次の停車駅に到着した。

 モリエラ駅。

 ホームにはすでに市警の警官らが待機していた。停車と同時に列車に乗り込み、見事なチームワークで男らに素早く手錠をかけ、順番に引っ立てていく。


「リオン伯爵」


 セイラムが男たちから取り上げた杖を警官に渡していると、スマートな体格の、口髭の立派な紳士が話しかけてきた。


「私はモリエラ市警のブルワー警部です。あの男たちは魔術師とのことですが、何か襲われる理由に心当たりは……?」


 セイラムは腕を組み考える。


「心当たりと言われてもな……正直ありすぎてわからないな。あの男たちは魔術師で、僕は魔術師や精霊がらみの事件の専任捜査官だ。彼らが、僕が過去に関わった何らかの事件の関係者で、僕に恨みを持っているということも考えられるし……」

「ふむ。他には?」


 問われて、セイラムは顎に指をあてた。

「僕の連れの女性たち、もしくは子供が目当てだった、という可能性もある。あるいは、連れのうち、一人は精霊だ。精霊を捕らえて何かしようと考えていたのかもしれない」

「精霊……?」

「ほら、あの」


 言いながらセイラムは振り返り、ディアーヌらと共に離れたところに待機しているアエスを指し示す。


「片眼鏡を着けている男だ。従僕の恰好をした」


 そう言うと、ブルワー警部は驚きの表情を見せた。


「何と、人にしか見えませんな。見事な化け具合です」


 ブルワー警部は否定派ではなさそうだ。顔に現れているのは純粋な驚きで、嫌悪の表情は見られない。


「しかし、ふむ……。襲われる理由についてはやはりわかりませんか」

「ああ、生憎だが。申し訳ない、ブルワー警部」

「いえいえ、謝罪には及びません。理由はあの男たちに訊きますよ。何かわかりましたら、うちの専属魔術師に知らせを送らせます。では失礼」


 別れを告げると、ブルワー警部は部下を従えて去って行った。


「セイラム様」


 控えていたウォルクがセイラムに声をかける。


「どうなさいますか?」

「どうもしない」


 セイラムは難しい顔をしながら答えた。


「相手の正体も目的も分からない。おそらくアエスをどうにかするのが目的なのだろうが、万が一にも他に目的がある可能性もある。貴族である僕やディアーヌ嬢を攫って身代金を手に入れる、子供や若い女性を攫って売り飛ばす、ピエールとミシェルに関わりのある謎の男の手先である……とか。だが、はっきり言って何もわからない。アエスが目的なら、あんなレベルの低い魔術師では歯が立たないのはわかりきったことだしな。ここで敵を警戒して引き下がるのは良いが、アエスとの取引の都合がある。あまり彼の機嫌を損ねたくはない」


 セイラムは口の端をわずかに上げた。


「なので、このままセント・ルースを目指す。何かあったらその時はその時だ。警戒は怠るな」

「かしこまりました」


 ウォルクは一礼して応えた。ウォルクはちゃんとわかっている。自分の主人が偉そうに命令するだけではなく、自ら動く人だということを。今もそうだ。コルレクス駅で男たちを見かけて以来、ずっと神経を尖らせている。


「あの、ウォルクさん、大丈夫なんですか? あいつら一体何なんですか? まさか、俺とミシェルを……」

「あの男たちは誰かの命令で動いているようだ。だが、お前の家族に付きまとっていた男に関係があるのかどうかは分からない。今わかっているのは男たちの後ろに誰かがいる、それだけだ」

「えぇっ、そんなのいつ分かったんですか?」

「ついさっきだ。駅に着くまでの間にセイラム様が男たちにいくつか質問しただろう? 彼らはずっとだんまりだったが、セイラム様が『誰かの命令か?』と訊いた時、男の一人が目を泳がせたんだ」

「はぁ……、それだけで。すっげぇ」

「ピエール」

「はい、すごい、です」


 ウォルクに睨まれ、ピエールは慌てて言葉遣いを正す。

 そのやり取りを微笑みながら見ていたセイラムは、会話がひと段落したのを見て声をかけた。


「戻ろう」


      ***


 離れたところで待機していたディアーヌらの元に行くと、ディアーヌとミシェルが真っ先に駆け寄ってきた。


『ご無事で何よりです。あの男たちは何者なんですか?』

「セイラム様、ウォルクさん、お兄ちゃん、本当に怪我してない? 大丈夫?」

「大丈夫だ。二人とも、心配してくれてありがとう」

「ミシェル、大丈夫だから、心配するな」


 ピエールが言いながら、ミシェルの頭を強めに撫でた。セイラムは全員を促し、客室に戻った。

 全員が客室の椅子に腰を降ろしたところで、セイラムは口を開く。


「あの男たちが何者なのか、またその目的は今のところ分からない。分かっているのは男たちの後ろに何者かがいるらしい、ということだけだ。分からないことだらけである以上、連中を警戒して引き下がってもあまり意味はないだろう。って、このままセント・ルースに向かうことにする」

「き、危険ではありませんか? また襲われたら……」


 緊張した面持ちのアンジェリカにセイラムは微笑みかけた。


「百パーセント大丈夫だという保証はないが、僕も魔術師の端くれだ、できる限りのことはする。とりあえず、組合ギルドに連絡を取ろう」


 そう言って、セイラムはウォルクに筆記具を用意するよう指示した。

 ウォルクは客室の片隅にある文机に紙、ペン、インク、文鎮などを手早く用意する。

 文机の上が整うと、セイラムは早速ペンを取り、紙に何ごとかを書き付け始めた。しばらく、紙の上をペンが走る静かな音が部屋に響く。

 ゴトン、と重い音がして、列車が再び走り始めた。モリエラ駅に停車してからおよそ一時間が経っている。元々長めに停車する予定の駅だったが、さすがに予定を大幅に超えている。その遅れを取り戻すかのように、列車はぐんぐんスピードを上げて行った。


「できた」


 セイラムは紙から顔を上げ、満足げに口の端を上げた。


組合ギルドの五賢者が一人、黒の長老宛に手紙を書いた。何かしら動いてくれるだろう」


 言いながら、セイラムは書いたばかりの紙を折り始めた。縦に横に山に谷に、複雑に折り進めていくと、紙は鳥の形になった。

 セイラムは紙の鳥を両の手のひらの上に乗せ、呪文を唱えた。


「ゲオルギウスの術式第二十二番、応用附則百七番、『舞い上がる鳥の羽搏はばたき、風を起こし雲を突き抜けよ。風が向かうは魔術蔓延る古の都、玄界の魔導師の元へ』!」


 唱え終わると同時に、手のひらの上の紙の鳥にふぅっと息を吹きかけた。

 すると、紙の鳥がぱたぱたと動いた。目をみはるディアーヌらの前で、それはむくむくと大きくなり、あっという間に生きた本物の鳥のようになった。

 セイラムの手の上で、バサバサと翼を動かす隼のような形の紙の鳥。セイラムはその鳥を連れたまま、窓に近寄った。

 そばで控えていたウォルクが窓を開けると、鳥はセイラムの手から飛び立ち、彼方へと飛び去って行った。

 飛び去る鳥を見送ったセイラムは、窓を閉めて振り返った。


「これでよし。僕の師匠は気まぐれで組合ギルドにはあまり寄り付かないからな……こういう時は他の五賢者を頼るに限る」


 席に戻ると杖を取り出し、まだ不安そうな顔をしているディアーヌとアンジェリカに向けて一振りした。


「ケストナーの術式第六十七番、『かしこみ畏み汝ら夢の王の子らよ、御祖みおやの手は汝らを優しく包み迎え入れるだろう』!」


 唱えると同時に杖の先端から仄青い光の粒子がきらきらと舞い上がり、ディアーヌとアンジェリカの頭上に舞い降りた。

 セイラムは同じことをピエールとミシェルにも施す。


「守護の術式だ。数日は効果が続く。魔術による攻撃も物理攻撃も、すべてを無効にする術式だ」


 セイラムの説明を聞いて、ディアーヌとアンジェリカはほっとした顔になった。


『素晴らしいですわ、伯爵。ありがとうございます』

「ひと安心ですわ、伯爵閣下。心からお礼を申し上げます」

「セイラム様、ありがとうございます!」

「ありがとうございます」


 ディアーヌとアンジェリカに続いてピエールは元気よく、ミシェルは可愛らしくお辞儀をしながらお礼を述べた。

 その後は穏やかな時間が丸二日も続いた。それぞれ汽車を探索したりと自由に過ごしていたが、二日目ともなるともうやることがない。

 暇つぶしにカードゲームに興じ、ピエールとセイラムが二回ずつ負けたところで列車はセント・ルース駅に到着した。

 余談だが、ディアーヌはゲームに一度も負けなかった。カードゲームは大得意なのだそうだ。金品がかけられている場合は特に。

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