絶望からの無感情


それから一週間が経った。

俺が飛び降りたことによって、警察などがきたらしく、一週間休校期間が設けられたらしい。

その一週間、眠くもなく、お腹も減らず、疲れもしない自分の体を感じて、もう一度、最は命を落としたんだということを実感した。

 しばらくすると、ざわざわと話し声が聞こえてきた。

『…でさ、そいつは貧乏で、母さんからいじめられてたって噂だぜ。』

『…だから最とか言う奴は飛び降りたのか?』

なんだ、その噂。

 他にも、いじめていたことがバレないようにしたとか、色々な噂が流れていた。

『…何だそれ、そんなことで命を捨てるかよ。』

そうこうしていると、休み時間になったらしく、たくさんの声が聞こえてきた。

『ああ…楽しかったな…運動会、どうなったんだろ…』

楽しそうな声をぼんやりと聴きながら、そんなことを思っていると、

 ザッ… ザッ…

こんなたくさんの音がする中で、はっきりと足音が聞こえた。

その足音は、ゆっくり大きくなっている。

来た。

最は、そう確信した。

『…まさか、あんなことになるなんて…』

『…もう、あいつはいないのか。』

そんな声が聞こえてくる。

 その声の持ち主が、草木をかき分けて入ってきた。

 俯いていた顔をあげると、目を丸くする。

『最…なんで?』

『お前…』

予想通りの反応に、少し吹き出したくなった。

『…久しぶり。夏、彰。』

『お前…なんで? 屋上から…』

そういいながら、夏がおぼつかない足取りで、体を触った。

 …もちろん、体などないのだが。

 行き場を失った手は、しばらく中を彷徨い、元のところに落ちていった。

『何で…?』

『俺は、屋上から飛び降りて、そのまま命を落とした。今お前らに見えているのは、ここが唯一、実体化できる場所だから。』

『はっ?』

『俺は生きていない。飛び降りて』

『もういいよ!』

淡々と話す最の話を遮った。

 夏も彰も、もうこんな最を見たくなかった。

『お前らがここにくる気は何となくしてた。でも、そんな落ち込んでいるふうにくるとは思わなかったよ。何もなかったかのように遊びにくるんじゃないかと思ってた。』

『そんなわけないだろ! なあ、最。ごめんな。ごめん。あんなことにするつもりじゃなかったんだ。許してくれなんて言わない。謝っても謝り切れないんだ。本当に、すまなかった! ごめん!』

『俺も』

彰も夏も、必死に謝ってきた。

『もういいよ。それより、お願いがあるんだ。聞いてくれるか。』

『何でも聞く!』

そう二人が言うので、少し安心して、言った。

『母さんを連れてきて欲しいんだ。こことは別のところにいると、声も聞こえなくなるし、姿も見えない。だから、ここで話したいんだ。』

『わかった!』

そう言って二人は駆け出していった。

 これなら大丈夫だろう。そう思っていた。

『本当に…拒絶されてるのかと思ってた…貧乏って…そんなに世間が気にすることなのかと思ってた…でも…夏も、彰も、わかってくれた…よかった…うっ…ひぐっ…』

二人がいなくなった後、ホッとした気持ちから、涙が溢れ出てきた。

 拒絶されていたと思っていたが、されていなかったこと。謝り、願いを聞いてくれたこと、母さんとまた話すことができること…

 きっと、今は生きてはいないけれど、幸せに暮らせるだろう。天国とやらに行く日が来ても、きっと悔いはないのだろう。

 憎しみの感情が消えたこともあってか、今、そう思っていた。

 だが、その考えは、すぐに捨て去られることになる。


 しばらく緊張した面持ちで待っていたが、何時間たっても来なかった。


 その後数日待ったが、くる気配はない。

 何度も学校に来ているはずなのに、秘密基地にも来ない。

 希望は、一日、一日が経つたびに、絶望へと変わっていった。

一週間がたったころ、最はもう、完全に放心状態だった。

『また…裏切られた…』

もう立ち上がる元気もない。お腹は減っていないのに、力が出ない。

『れ…今まで、寝られなかったのに…ねむ…』

そう思った瞬間、意識を手放した…



『ん…』

目が覚めると、最は見覚えのある草に、寝っ転がっていた。

『何…してたんだっけ…』

その瞬間、急に頭が痛くなり、まるで写真を見るかのように、少しずつ思い出していった。

『そうだ…普段…笑い物に…あいつらも…裏切って…何で…俺…』

だんだん思い出して行くに連れて、ふつふつと怒りが湧いてきた。

 一人で怒っていると、

 ぽん! コロコロコロコロ…

 ボールが飛んできた。

『あっ…』

それと同時に、四年生くらいの女の子が入ってきた。

ボールに夢中で、最のことに気がついていない。

 ボールをとって、起き上がった時に気が付いたらしく、あっ…と言うような顔をした。

『さっさと行けよ!』

こんなこと言ってたっけ? と思う気持ちもあったが、とにかく怒っていたので、そんなことを言ってしまった。

『ひっ…すみませ…』

あーあ、ビビらせちゃった。ま、いっか。

 それからも何度か転がってきたボールをとる人がきた。

 全員同じような方法で追い返していた。

 たまに先生もきたりした。

『こら、そんなところで何をやっているんだ。こっちにきなさい。みんながお前のせいで怖がっている。』

『ハァ? くるわけねえだろ。』

『何だその言い方は! こっちにこい!』

そう言って、先生は引っ張り出そうと、腕を掴んだ。

 だがそのうではするりと抜けた。

『はっ…? あ…おま…ひっ!』

その先生は驚いて最の顔をまじまじと見た後、何かに気が付いたらしく、面白いほどに顔の色を変えながら出ていった。

 なぜ触れられないのかには疑問を抱いたけれど、今の最は、まあいいか。自由だと言う気持ちの方が強かった。

 それからずっと、先生は来なかった。

 たまに子供は来た。

 好奇心で入ってくる子、いい場所だとかいいながら入ってくる子、ボールを転がして入ってくる子…全員追い返した。


 どのくらい時間が経ったのかがわからない。

 お腹も空かないし、眠くもない。

 一見不思議だが、最は何の疑問も抱かなくなった。

 ただ、先生も、馬鹿にする人もいない。それだけが本当に嬉しかった。

 最は決して全てを思い出していたわけではなかった。

 意識がなくなったあの日、忘れている記憶があることを、最は知らなかった。

 ここから出ようという意識もなくなった。

 ここが自分の場所だと。

 何の疑問も抱かずに、毎日楽しく過ごしていたのだ…

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