七不思議の過去

 ある秋の日、運動会が行われることになった。

『がんばろうなっ!』

『………』

張り切っている最と違って、夏と彰はなんか元気がない。

『どうしたんだよ。元気ねえじゃねえか。』

夏の顔を見ようとしたら、

『…ほっといて。』

『は?』

『…ほっといてって言ってるの!』

いきなり夏が怒鳴り出した。

『へ…なんで…?』

『きこえなかったの? 邪魔だからほっといてって言ったの。もう俺たちにかかわらないで。』

『な…で…?』

いきなり怒った夏に戸惑って、彰に助けを求めようと、彰の顔を見たら、

『…はぁ…』

呆れ顔の彰がいた。

『なあ…どういうことだよ…』

『俺たち、ずうっと言おうと思っていたんだ。お前とはもう一緒にいたくない。お前といるとずっと貧乏貧乏言われる。いじめられる! そんなのやだ。俺たち貧乏じゃないし。たまたま近所に居ただけで。お前の母親はお節介でよ。お金がかからないようにって、オンボロの制服を渡してくるしヨォ。こちとら、お前とは違うんだよ!』

最は、なんで? っていう気持ちでいっぱいだった。だって、いきなりほっといて、関わらないでって言われて、親を侮辱されて。なんでって気持ちしかないだろう。

『じゃあ、そういうわけだから。もう俺たちに近づくなよ。』

最は、去って行く彰と夏の背中を呆然と見ることしかできなかった…

 なんで? 今までのは全部演技だったの? 今までいやいやいたの? ねえ、なんでなんで?

 いくら考えてもわからない。

『見ろよ。あいつ、裏切られたぜ。』

裏切られた…? なんで…

 最は、遠くでチャイムが鳴るのをぼうっと聞いていた。


『おい! 何してる?』

通りかかった先生に声をかけられて、ハッと我に帰った

『あ…ごめん…なさい…。』

最はそれだけ言って、走り出した。

 待て! という声を無視して、

 走って走って、誰の声も聞こえなくなり、ただ、走り続けた。

 走ってついた先は、いつも行ってた秘密基地。

『またあいつらか。』

『ねえ! お菓子持ってきたんだ!』

『あははっ!』


『うっ…ううっ…うううっ……ひぐっ…』

ほぼ誰も入ることのない基地で、ただ1人の泣き声がこだました。


 ここに入ってからどのくらい経っただろうか。いつのチャイムかわからないチャイムがなった。

 まだ明るいから、いっと昼休みが終わった頃だろう。

『…誰も来ない…』

おれは…本当に…

 最はまた涙が溢れそうだったが、必死で抑え、基地から出た。

『おい! 今までどこにいた! 早く教室に戻りなさい!』

たまたま通りかかった先生が、最の顔を見るなり、そう怒鳴りつけてきた。

『…すみません。』

『みんな心配してるぞ。』

…そんなわけない。

『探してたのだからな。』

…うそつけ。たまたま通りかかって見ただけだろ。

『みんなが待って』

『そんなわけないだろ!』

思わず怒鳴った。

『…おい、勘違いするなよ。お前のことなんて誰も思ってはいない。金も払えないお前に用はない。だが、一応義務教育だからな。仕方なく通わせてあげているだけだからな。』

『勘違い…?』

『早く教室にこいよ。』

そう言って、去ってしまった。

 やっぱり、おれは…

『母さんにも迷惑かけてばかりだし、おれ、いない方が、いいのかなぁ…?』

おれは、いない方が…

…でも、あいつら…ひどい…そもそも必要されてないのはおれのせいじゃないしっ! 母さんが悪いわけでもないっ! なのに、なのに! 許せない! あいつらっ! 呪ってやる!!!!! でもまずは母さんに謝らなければ。こんなおれでごめんなさい。せっかく産んでくれたのに絶望させてごめんなさい。って…

最の心はぐちゃぐちゃになり、何も考えられなくなった。

そして、まるでゾンビのように、泣き腫らしてげっそりとした表情で、誰の言葉も耳に入らず、学校の屋上まで来た。

本当は屋上は立ち入り禁止なのだが、幸い通る途中、誰もいなかった。

屋上はフェンスがない。

屋上の端まで来た。

腰まである壁に手をつく。

身を前に乗り出す。

『母さん、こんな僕で、ごめんね…』


 今まで聞いたこともないような音がした。


 さっきまで綺麗な緑で生えていた草が、紅く染まる。


 校庭に、全ての児童が集まった。


『おい! 誰か! 救急車!』


そんな声も、最の耳にはもう、届かなかった…
















『…れ? 何…してたんだっけ…』

気がつくと、最は校庭に倒れていた。

『どのくらい…経ったんだろう…』

日が沈んでおり、薄暗い。

『やっぱり俺のことなんて必要ないのか…?』

普通は児童が倒れていたら、助けるモノではないのか? と、最は思う。

『貧乏だから何だって言うんだ…母さんはきっと辛いんだ。父さんが母さんを見捨ててから、母さんは寝る間も惜しんで俺のために働いてくれていたんだ! 俺が何をしたって言うんだ! 母さんが何をしたって言うんだっ! 金があるかないかで決めて! くそっ! うああああああああ!』

子供が倒れていたら助けるのが普通だと言う気持ちを声にしてみたら、最は止まらなくなってしまった。

 今まで言えなかった言葉が、雨のように降ってくる。

 その言葉を、全て出した。

 出して、出して、全てを言い終わった頃には、もう自分の手も見えなかった。

『帰ろう。母さんは、俺のことを心配してくれているのかな…』

最は、ゆっくりと立ち上がった。

 いつもと違う雰囲気の学校も、なぜか今はしっくりくる。

『…早く、帰らないと…』

学校を出て、走り出した。

 いつもは少し遠いと感じる坂道を駆け抜ける。

 帰り道にある公園を曲がる時、小さな男の子三人が遊んでいるのが見えた気がして、思わず止まった。

 もう一度公園の方を見ると、それは小さい頃の最たちだった。

 笑顔で、楽しく遊んでいる。


『何だよ…これは夢なのか…? だとしたらとんでもない悪夢だ。どこからが夢だ?』

屋上から落ちた時? 

『いや、違うな。』

本音を言った時、眠ってしまった?

『それはもっと違う。』

それじゃあ…ほっといてって言われたとき?

『…それを願うばかりだ。』

どれも違うよ。

『じゃあ、いつなんだよ。』

初めから現実。どれも現実なんだよ。

『っていうか、お前誰だ。』

「僕は憎しみの塊。」

『はぁ?』


振り返ると、さっきまで公園の中にいた自分と同じくらいの年齢の最が、最の真後ろにいた。

 だが、だんだん大きくなっていき、今の最と同じくらいの大きさになった。

「初めから現実。僕を見ているのは、例外ね。」

『はぁ? 意味がわからねえよ。夢じゃないなら何で俺は生きているんだ。』

「…それは、家に着いたらわかるよ…」

そういうと、小さな最は、すうっと消えてしまった…

『何だよ。』

夢なのか現実なのかもはっきりしないまま、最は家へと向かった。


『ただいま。』

そう言って、玄関のドアを開ける。

 だが、返事が来ない。

 いつもおかえりと返事が来るはずなのに…

『母さん? ごめんなさい。学校にいたら日がくれちゃって…』

と言っても、返事はない。

 もしかして、具合が悪いのでは…?

『母さん!』

慌てて走って居間に行くと、号泣している母さんがいた。

『母さんっ! どうしたの? 具合悪いの?』

『あああああああっ!』

最が声をかけても聞こえないのか、反応しない。

『母さんっ! …え?』

最が母さんを揺さぶろうとすると、スルッと手が抜けた。

『なんだ…これ…』

いくら母さんに触ろうとしても抜けてしまう…

『何で? 何でっ?』

「だから言ったでしょ? 家に着いたらわかるって…」

さっきの最がいつのまにかいて、ニコニコしながら言ってきた。

『何だよこれ…意味がわからねえよ…』

「君はもう、飛び降りた時に命を落としたの。それが魂だけの存在となっている。それが君。」

『じゃあ…俺は…もう…』

「そう。」

『じゃあ、お前は誰なんだ…?』

「憎しみの塊って、言ったでしょ?」

『もっと詳しく説明しろよ。』

「はぁ…」

もう一人の最はため息をついて、話し出した。

「人間、誰にでも恨みや憎しみはあるもんなの。その憎しみが大きくなるほど、僕らは大きくなるの。生きていた頃の君達を本体、僕たちを霊体とした時、本体の年齢より、霊体の大きさ、つまり、憎しみが大きくなってしまうと、霊体は消えてしまい、何らかの原因で本体も命を落とす。世界の人間の5パーセントは、これで命を落とすよ。」

『じゃあ、俺は憎しみの方が強くなったから、命を落としたって…ことか?』

「そゆこと。」

『そんな…母さんは?』

「憎しみが強くなったり、君の後を追ったりしたら、そのうち…」

『それだけは止めなくちゃ!』

「でも、何か案あるの?」

『っ…』

何とかして、母さんだけは守らなくちゃっ!

『どっ…どうすれば、母さんを助けられる?』

「知らない。僕はそれしか知らない。」

『じゃあ…』

「あ。」

『何?』

「きみが霊体として姿を表すってことは基本できないんだけど、唯一、よほど思い出深く、感情が強いところだけ、例外的に実体になれるの。」

『じゃあそこまで母さんを連れて行ければ…』

「そうだね。でもそれまでに母さん、きみのところへ来ちゃうかもよ。」

『ぐっ…でも、平気だ。母さんはそこまで弱くない。今まで頑張ってきたんだ。お前も俺ならわかるだろ。』

「僕はきみの姿をした別のものだからわからないけど、まあ、きみがそう言うならそうなんじゃない? 僕には関係ないよ。」

最はそんなふうに挑発してくる憎しみを無視し、作戦を考えた。

『思い出深い場所は絶対にあそこだ。一番はあそこだ。だから、あそこにあいつらがきたら…』

そうして、しばらく経ち、作戦を考え終えた最は、いまだに泣き叫んでいる母さんをすり抜ける手でさすり、

『待ってて、母さん。絶対に、死なせないから。』

といい、家を出た。

「ねえ、そんなんでいけるの? あの子達が素直じゃなかったら、きっと失敗するよ。そしたらきみのお母さんもいずれ…」

『うるせえ。俺じゃねえお前にはわからねえよ。』

「あーあ、拒絶されちゃった。もうすぐ僕消えるのに。」

『そういえばそんなこと言ってたな。』

「きみの命がなくなってから半日したら消えるから、もう少しかな? 今が2時半で、きみが飛び降りたのが午後の3時だから、もう少しだね。」

『いつまでも付き纏ってんなよ。』

「あ、ちなみに、僕が消えたら魂のきみからは憎しみの感情がなくなるからね。」

『別に構わねえ。』

「あいつらに恨みの感情がなくなっちゃうよ。」

『ぐっ…』

そうだった、忘れてた。

『お前が残る手段はないのか。』

「ない。」

『じゃあ何もできないだろう。』

憎しみの感情がなくなり、何もできなくなるのは悔しいが、何もできないなら仕方ない。

そんなことを話しているうちに、最にとって一番思い出深い場所、秘密基地についた。

今までここで夏と彰と遊んだ思い出が蘇ってくる。

夏と彰に対する恨みももちろん出てきたが、憎しみの塊が消えかかっているからか、あまり大きくなかった。

「あ、もう消えちゃうみたい。憎しみの感情は無くなるけど、思い出すこともあるからね。」

『はっ⁉︎』

「じゃーね!」

何だよ…一番大事なことを最後の最後まで言わないで…ま、いっか。

『よし、作戦実行だ。』


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