イヤリング
「話し終わった?」
私たちが静かになるのを待っていたらしい雨海ちゃんのお母さんが、別の部屋から出てきた。
「うん。」
雨海ちゃんが言った、なんか終わったって感じしないけど。
「じゃあ、これを渡そうかな。このために集まってもらったようなものだからね。」
雨海ちゃんのお母さんは笑顔で言った。
そういえば、何か渡したい物があるから来てって言ってたな。渡したい物って何だろう。
雨海ちゃんのお母さんは、かすかにふくらんでいたポケットの中から、一つの袋を取り出し、中をあさった。
「じゃあ、名前を呼ばれたら、取りに来てくださーい。」
雨海ちゃんのお母さんは袋の中を見ながら言った。
「じゃあ、晴雨ちゃん。」
誰からかなぁと思っていたら、いきなり私の名前が挙がった。
「はいっ!」
反射的に返事をしたら、少し上ずった声が出た。
みんなは気にしていないみたいだけど、私は、結構恥ずかしいんだよ?
私はもう何がもらえるのかななんて忘れて、恥ずかしさに顔を伏せながら、雨海ちゃんのお母さんのところに行った。
「はい。」
袋から出てきたのは、また小さな袋だった。
それも透明じゃなくて、小銭入れより小さい、紙の袋。
雨海ちゃんのお母さんは、それを手のひらに乗せるように渡した。
私が開けようとすると、
「ちょっと待って。まだ開けないで。」
雨海ちゃんのお母さんが慌てて言った。
「これは全員に一気に開けてもらいたいの。」
それなら一気に配ればいいのにと思ったのは、私だけの秘密。
私は開けかけた袋のふたを閉じて、外から触ってみた。
「晴太くん。」
私が袋を閉じたのを確認して、また名前を呼び始めた。
何が入っているんだろう。かたいなぁ。結構小さい。でも結構ぎっしり入ってる。キーホルダーかな。
「じゃあ、開けてください!」
いつの間にかみんなに配り終わってたみたいで、雨海ちゃんのお母さんが元気よく言った。
私たちはいっせいに開けた。中から出てきたのは…
「これ…天気の天?」
そう。天気の天みたいな形をした、小さなイヤリングだった。
「そう! 晴雨ちゃんのは、天気の天の形にしたの。可愛いでしょ。」
雨海ちゃんのお母さんが言った。確かに、オレンジ色で、親指の爪くらいのそれは、とてもかわいかった。
みんなの方を見ると、それぞれのイヤリングを見ていた。あれ?
「みんな同じじゃないんだ。」
てっきり、みんな同じだと思っていたけど、違うんだ。
近くにいた晴太君のを見ると、太陽の形だった。
ほかの子のを見ていくと、雨海ちゃんがしずく、雷君がいなずま(なぜか黒かった)風香ちゃんのは風? だった。どれもかわいい色で、雨海ちゃんのお母さんがどれだけ頑張って作ったかがわかるものだった。
「どう? つけてみて!」
雨海ちゃんのお母さんは、みんながイヤリングを見たのを確認すると、わくわくしながら言った。
「え…はい。」
ちなみに、雷君はこういうアクセサリーが大嫌い。だけど、雨海ちゃんのお母さんはそれを知らないんだ。でも、今からいうわけにもいかないんだろうな、雷君。
私はイヤリングをつけた。
みんなを見ると、もうみんなつけていて、とってもよく似合っていた。晴太君や雷君も、とても。
「ねえ、私、似合ってる?」
私は自分が似合ってるか知りたくて言った。多分、いや、絶対に会ってるはず! 雨海ちゃんのお母さんはこういう物のセンスがすごいから。(決して私が可愛いからとかじゃないよ!)
「似合ってるよ。鏡で見に行こうか。」
雨海ちゃんが言った。よかったぁ。似合ってるみたい。
「うん! みんなも行こう!」
みんなに会ってるけど、自分で見たいだろうし。
「そうだね。行こうか。」
みんなで洗面所に向かった。
「…ねえ、全員で洗面所行くの無理じゃない?」
歩いてる途中に、風香ちゃんが言った。
確かに…広いとは言えない洗面所に小学五年生が六人も行ったら、ぎゅうぎゅうになるよね。
「じゃあ三人ずつ行こうか。一番に行きたい人!」
私はみんなに言った。こういう時は大体私が仕切るんだ。
「私、行きたい。」
「私も。」
雪菜ちゃんと雨海ちゃんが言った。一番行くのを遠慮しそうな二人で意外だった? あの二人はね、まず手を上げて、ほかに行きたい人がいたら手を下げるっていうタイプなんだ。希望をキチンと言うけど人の意見を優先する。あ、話し合いでは別だよ。
「じゃあ私たちで行こうか。風香ちゃん、いい?」
私は念のため風香ちゃんに聞いた。私たちは五年生。私たちみたいなグループは、はかなり遅れてるから大丈夫だと思うけど、世間(?)だとそういうことに気にする年齢になってくるらしい。思春期って言うんだって。
「うん。ていうかいまさらなんで?」
風香ちゃんは当然。とでも言うように言った。
そうだよね。よかったぁ。よりによって風香ちゃんが先に思春期になったら、どうしようかと。」
「…晴雨ちゃん、今、すっごい失礼なこと言ったよ。」
雨海ちゃんが唐突に言った。え? また言ってた?」
「うん。」
また言ってたみたい。
「この癖直さないとね。」
私は今度こそ意識して口に出した。
「ほんとだよ。まあ、晴雨の本音が聞けるっていう面では、いいけどね。」
晴太君が思いっきりいやそうな言い方で言った。まあ、自分が悪いんだけどね。」
「ほら、言ったそばから。今、無意識に言ったでしょう。」
風香ちゃんが言った。
「あああああ! 無限ループ!」
もう私は半分あきらめた。もうやめたい…。
そんなこんなで、何とか洗面所に着いた私たち。鏡をのぞいてみると…
「うわぁ、可愛い!」
自分で言うのもなんだけど、私に似合ってる、可愛いイヤリングが、私の動きに合わせて踊っていた。
「すごいね、雨海ちゃんのお母さん。」
雪菜ちゃんが言った。ほんとに。私もそう思う。
「そんなことないよ。って言うとあれだけど、そんなに私のお母さんをほめられても、私が困る…。」
雨海ちゃんは苦笑いしながら言った。
「じゃあ、後半組に交代しようか。」
私たちはある程度見ると、リビングに行って、後半組と交代した。
しばらくすると、後半組が戻ってきて、それから時間を忘れて遊んだ。
「はい、終わりでーす。」
私たちが雨海ちゃんの部屋で遊んでいると、雨海ちゃんのお母さんが入ってきて言った。
「えー! はやっ!」
私が窓を見ると、もうこがね色に染まっていた。
「あっ…。」
お父さんがいるから、少し早めに帰ろうと思っていたのに…
「まあいっか。」
私は小さな声で呟きながら、片付け始めた。
「ねえ、今日雨海ちゃんのお父さん、いなかったね。」
お父さんと言えば…今日雨海ちゃんのお父さんいなかったなぁと思って、聞いてみた。
「ああ、お父さんは金曜から出張でいないよ。お母さんが壊れないうちに帰って来てって言ってるんだけど、お父さん聞く耳持たないから。娘の気持ちにもなってほしいのに…。」
そうだったんだ…。雨海ちゃん、大変なんだろうなぁ。雨海ちゃんのお母さんは少し謎なところがあって、週に一回くらいの頻度で、不定期に変になる(らしい)んだけど、そのなだめ役が、雨海ちゃんのお父さんってわけ。だから雨海ちゃんのお父さんは絶対一週間に一回帰ってこなきゃいけないの。雨海ちゃん、大丈夫なのかな。もし雨海ちゃんのお父さんが週に一回帰らない日があったら…。
まあ、ほかの家庭のことに口出しするのはよくないよって言われてるから、あまり考えないようにしてるけど。
それから、心なしかゆっくりと片付け終わった私たちは、玄関でそれぞれの道に分かれて、歩き始めた。
ダッシュで帰って、家に着いた。
「ただいま!」
息を切らしながら靴を脱いで、急いでリビングに入った。
そこには、お母さんしかいなかった。
「あら、おかえり。」
「お父さんは?」
私は突っかかる勢いで言った。
「お父さんはもう帰ったわよ。ついさっき。」
おかあさんは、当たり前じゃない。とでもいうように言った。
「そっか…そうだよね。」
私は何となくわかってたけど、それでもやっぱりがっかりした。
「それはそうとして…今日の夜ご飯何がいい?」
「うーん…オムライス。」
「おっけ。」
そのあとも、少し雨海ちゃんのお家でのことを話したりして、二階に行った。
お母さん、イヤリング可愛いって言ってた。やっぱり雨海ちゃんのお母さんすごいよなぁ。
私はそれからピアスを丁寧にとって、大事に箱に入れた。お風呂に入って、ご飯を食べて、寝る準備をして、寝た。
後から気づくことだけど、この時目覚まし、かけ忘れてたみたい。
『ねえ…このままじゃ…壊れちゃう…せめて…雨だけでも…』
「んっ…眠いー。」
「眠いじゃないわよ! まったく、晴雨のお父さんボケは困ったものね。」
明かりが入ってきて、お母さんが言う。
そうだ。今日学校だ。お父さんがいた日の次の日は、なんとなく寝坊しちゃうんだよね。お母さんはこれをお父さんボケって呼んでるんだ。
なんか夢見てた気がするけど、忘れたからいっか。
私は時計を見た。すると、六時半だった。
「なっ…大変! 雪菜ちゃん待たせちゃった!」
「雪菜ちゃんは先に行かせたわよ。さ、早くしなさい。」
「はぁい。」
晴雨は急いで準備をする。
「今日は昨日のオムレツの残りを使ってチャーハン作っといたから。早く食べちゃいなさい。」
「はーい。」
お母さんのつくったオムレツチャーハンを食べながら、ニュースをつける。
あれ…? 何か忘れているような…。
…まあいっか。
『今日は一日を通して晴れるでしょう。』
お、やった!
「…そういえば、雪菜ちゃん、すごく早くにうちに来たけど、どうしたの?」
すごく早く…?
…………………………………あっ!
「約束! 忘れてた!」
「約束?」
「今日雪菜ちゃんと一緒に紫雲ちゃんが来るか待ってみてみようって言ってたのに!」
「はぁ…。早く行って、あやまってきたら?」
「うん! 行ってきます!」
私は猛スピードでご飯を食べ、うちを出た。
大急ぎで教室に入り、真っ先に雪菜ちゃんのところに行った。
「雪菜ちゃんっ! ごめん!」
「ああ…いいよ。」
「へっ?」
私があやまると、雪菜ちゃんは驚きもせずに許してくれた。ちなみに今の「へっ?」は、私が出したものじゃなくて、晴太君たちが言ったものだよ。
「何だよいきなり…。」
晴太君が言う。まあ、そうなるよね…
「昨日、紫雲ちゃんに会ってみようって話になって、朝五時に起きるはずだったのに、私がすっかりわすれてたってはなし。」
「…紫雲…?」
「紫雲ちゃんって、あの中井紫雲ちゃん⁉」
「? そうだけど。」
それがどうかしたのかな? ていうか、なんで紫雲ちゃん知ってるの?
「晴雨ちゃん、紫雲ちゃんのこと知らないの? 今大人気の俳優、中井草花の娘で、超お金持ちなうえ、超美人なタレントの紫雲ちゃんだよ!」
「へ…へえ…。」
「この学校にとある有名人がいるって話は聞いたことあるけど、紫雲ちゃんだったなんて!」
そんなに有名人だったんだ…。
だからかな。明るい人が苦手って言ってたの。いつも明るい人に囲まれてるのかもしれない。
「晴太。恋が実るかもよ。」
「ふぇ?」
恋って…? 紫雲ちゃんに?
「おい! いうなよっ…」
晴太君がほおを染めて慌てて風香ちゃんに突っかかってる。これはホンモノだ。
「へぇ…紫雲ちゃんに恋してたなんて。超有名人への恋ってなかなか実らないけど、晴太なら実るカモよ~。」
私が言うと、さらに頬を真っ赤にした。ふんっ。いつものお返しだっ!
「席に着いて。」
あ、先生だ。座らなきゃ。
ズキン
ん? 今一瞬胸が痛んだような…
気のせいか。
「雷雪。早く。」
あ、座らなきゃ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます