仲直り
食べ終わってからは、お父さんと外に出た。
外はまだ曇っていて、ちょっと雨が降りそう。
「どこに行く?」
お父さんが聞いた。さっきの厳しさは一ミリも感じさせない。
「あっ…。」
お父さんに雪菜ちゃんのこと、話してなかった。
私は雪菜ちゃんの家を指さして、お父さんに、
「あのね、ここの家の子が転校してきて、友達になったんだよ。名前は雪菜ちゃんっていうの。」
と言った。
お父さんは優しい笑顔で、
「それはよかったね。」
と言ってくれた。ほんっとに優しいなぁ。お父さん。雪菜ちゃんとかのお父さんは知らないけど、多分、私の友達のお父さんの中で、いや、ここら辺のお父さんの中で、一番優しいんじゃないかな。
「じゃあ、帰ってきたときにあいさつしようかな。どこ行く?」
お父さんは雪菜ちゃんのお家を見た後に言った。
あ、そうだ。どこ行くか決めなきゃ。
どこに行こうかなぁ。公園もいいけど、あそこは人がいっぱいいるからなぁ。
「うーん。」
私たちが悩んでいると、
「晴雨、メールが来て、雨海ちゃんのお母さんが渡したい物があるから、雨海ちゃんのおうちに来ないかだって。」
玄関からお母さんが出てきて言った。
渡したい物? 何だろう。気になるっ!
でも、お父さんとのきちょーな一日をお父さんと楽しみたい。でもなぁー。
「みんな来るって。」
「行く!」
私は気づいたら即答していた。
「あ…。」
あわててお父さんの方を見ると、少し悲しそうな顔をしていた。
お父さんは私の視線に気づいて、悲しげに微笑み、
「いいよ。また休みはとるから。行ってらっしゃい。」
と言った。なんか罪悪感がすごいな…。
私はこれから断ろうかとも思ったけど、やめた。
「じゃあ、行ってきます。」
しばらくして準備を終えて、出発した。
雨海ちゃんのお母さんが渡したい物って何だろう。全員来るって言ってたけど、風香ちゃんも来るのかなあ。お母さんに聞いてくればよかったな。
「あ…れ…?」
私がふと顔を上げると、細い道を歩いていた。
「ここ…どこ…?」
雨海ちゃんのお家は、最後の方に信号から三番目の通りにあるんだけど、一つ、小さいから数に入っていないところがあるんだ。多分、そこに入っちゃったんだろうな。
「とりあえず、来た道に戻るか。」
だけど、そこにはいくつも分かれ道があって、もうわからなかった。
どうしよう…。
携帯は持ってないし、公衆電話もない。あったとしても、お金を持ってないから使えない。どうしよう…。
私はとりあえず歩いてみた。でも、一向にたどり着く気配はない。道が分からないから当然といえば当然だけど。
時間は分からないけど、結構歩いた。もうたどり着けないのかな。
「晴雨…?」
突然私を呼ぶ声がした。声の方を振り返ると…
「風香ちゃん?」
風香ちゃんがいた。
風香ちゃんは結構びっくりしているみたいで、普段よりも少しだけ目が大きい。
「なんで晴雨がこの裏道を知ってるの?」
風香ちゃんが言った。ふぇ? 裏道? そんなの聞いたことないよ。
「私はただ、道に迷っただけで…。」
私は言ってる途中に恥ずかしくなってきて、最後は多分ほとんど聞こえてなかったと思う。
「ふっ…要は迷子ってことね。」
ううっ、はずかしいっ!
私は顔が真っ赤になるくらいの勢いで恥ずかしかった。
「なななんでふ風香ちゃんがここの道にいるの?」
私は話を変えることにした。
「だから、ここは雨海の家に行くための裏道なんだって。」
風香ちゃんは、私が話を変えたいと思ったってことに気づかなかったみたい。イライラしたように言った。
「そうなんだ…。」
よし、話を変えられた。
私は、まだ聞きたいことがあったし、そのまま話すことにした。
「ねえ、風香ちゃんも雨海ちゃんのお家に行くの?」
初めからストレートすぎたかな。でも、遠回しに聞くよりいいよね。
「そう。雪菜には…ちょっと言い過ぎたから。」
風香ちゃんはなんのためらいもなく言った。
風香ちゃん、そこ普通はためらったりするとこだよね? 恥ずかしさと気まずさでもじもじするところだよね!?
私は心の中で突っ込んだ。もちろん、そんなことは口に出さない。
「ただ、私の言ったことは間違ってないと思ってるから。」
私が突っ込んでいたら、風香ちゃんが言った。
「…そっか。」
私もそういうことが何度もあった。
始まりは幼稚園の年長さんになったばかりで、新しく入ってきた年少の子と遊んでいた時。
「ねえ、これ、ないほうがいいよ。」
ある子が言った。その子が指さしたのは、歴代卒業生たちが、少しづつ作り上げている幼稚園のマークだった。
「ちがうよ。これはそつぎょうしたひとたちがつくっているものなんだよ。」
私はこう返した。でも、その子は、
「こんながらくた、いらない!」
と言って、そのマークを蹴っ飛ばしたの。
それは打ちどころが悪かったらしくて、見事に崩れ落ちた。
「こらっ、ちゃんと小さな子のお世話をしなきゃいけないって言ったでしょ?」
ちょうど近くにいた先生が来て私に怒った。
「やめてっていったのに…」
「言い訳しないで。」
先生はまったくもって私の意見を聞いてくれなかった。その時は結構頭にきた。
結局私が何に怒っていたかと言うと、像を壊したその子にも怒ってるけど、何の事情も知らない人が出しゃばって仕切ったことなの。
…だから風香ちゃんの気持ちもよーくわかる。でもね、今までその子たちが何をしてきたのか、私たちだってわからないでしょ? 雪菜ちゃんは善意で言ってくれたわけだし、いい案だったし。だから私たちは雪菜ちゃんの案に賛成したってわけ。まあこんな恥ずかしいこと風香ちゃんに言うつもりはないけどね。」
「はぁ。私の気持ちなんてわかんなくていいよ。」
風香ちゃんはため息交じりで言った。
「えっ…。」
私が風香ちゃんの方を見ると、あきれたようにこっちを見ながら、
「ぜーんぶ、聞こえてたよ。」
と言った。
「えっ、えええええ! じゃあ、私のにがーい体験談も聞こえてたってこと?」
私は驚きながら風香ちゃんに聞いた。
「うん。」
風香ちゃんの性格のいい所は、嘘をついたらバレバレなこと。だから、風香ちゃんが嘘をついてないということが分かった。
「あのねえ、私はヒーローじみたことが嫌いなだけで、別に雪菜たちのことを否定するつもりはないから。」
風香ちゃんは続けて言った。
いや、思いっきり否定してたと思うけど…。
「うん。人それぞれ意見があるもんね。」
私は無理やり人の意見に合わせるように説得されるのが嫌い。だからあえて言わなかった。
「じゃあ、行こうか。」
風香ちゃんに連れられて、私は雨海ちゃんのお家へ向かった。
びっくりしたことに、(当たり前だけど)風香ちゃんは道をちゃんと覚えていて、すいすい進んでいった。
「よし、着いた。」
風香ちゃんが言った。でも、まだ裏道を抜けた気配はないしいつもの大通りも目に入らなかった。
「おろ? まだついてなさそうだけど。」
私が聞くと、風香ちゃんはあきれたようにこっちを向いて
「ここを何度も通ってる私が間違えるわけないでしょ? あの大通りには出ないのよ。裏道から雨海のおうちの近くまで行ける道があるの。」
と言って、進んだ。そうだよね。風香ちゃんが言うんだから、間違えるわけないよね。
私は風香ちゃんの後を追った。
「いや、おかしいよね?」
だから風香ちゃんについて行けば間違いないって? じゃあ、人の家の柵の上を渡る? 猫ですか?
そう、柵の上を落ちそうになりながら渡っているの。風香ちゃんとは十メートルくらい離れてる。
遅いって? じゃあ、十センチくらいしかないところを駆け足で渡ってる風香ちゃんに追いつける? あ、取り乱しちゃった。ごめんなさい。
「待ってうわっ! 風香ちゃーん!」
少しでも話したらバランスを崩すから話したくないけど、さすがに見えなくなってきた。
もう見えないと思ったら、風香ちゃんは顔だけ振り返って、
「遅い。」
と一言言って、また歩き出した。風香ちゃんが速いのに…。
でも、風香ちゃん、少しだけ足を遅くしてくれた。風香ちゃんは優しいな。でも、さっきついたって言ってたのに、まだ全然進むみたい。
「ほら、着いた。」
あれから柵を渡ったかと思ったら、屋根の上を渡って、一気に雨海ちゃんのおうちの二階のベランダに着いた。
「ついたって…。」
どう見ても人が通る道じゃなかった。風香ちゃんは猫なの? (二回目)
そんなことを思っている私を気にも留めず、雨海ちゃんの部屋の窓をコンコンと軽くたたいた。
すると、中からバタバタと音がして、雨海ちゃんたちが来た。
あ、ちなみに、どうして風香ちゃんがこういう方法で来ていたかっていうのを知らなかったかっていうと、今まで風香ちゃんが通っている道を知らなかったからだよ。前に風香ちゃんに聞いたこともあったけど、言ってくれなかった。ベランダから来ているから、人が通る道じゃないんだろうなとは思ってたけど…
やっぱ猫だったの?? (三回目。もういいよ!)
まさかこんな道を通っていたなんて。」
「晴雨ちゃん、何言ってるの?」
雨海ちゃんが言った。何って? 私何も言ってないけど…。
「まあいいや。おいで。」
私がきょとん、としていると、雨海ちゃんは手招きをした。
「あ…うん。」
私は訳が分からないまま、私は雨海ちゃんのお家に入っていった。
雨海ちゃんのお家はとてもきれいなお家なんだ。いつ行ってもきれいに片付いてる。
私は雨海ちゃんのお家を見ながら、一階のリビングへ向かった。
リビングに着くと、私と風香ちゃん用らしいジュースを出してくれた。私と風香ちゃん以外もう皆ついていたみたいで、もうすでにテーブルのお菓子は少しなくなっている。
「じゃあ、改めて、いただきまーす!」
「いただきまぁーす!」
雨海ちゃんの掛け声で、みんなおやつを食べ始める。
この掛け声は、みんなで決めたもので、誰かのお家でするときはその家に住んでる子が、秘密基地でこの掛け声をするときはじゃんけんで勝った人がやるんだ。
「あのさ。」
おやつが半分くらいなくなったころ、風香ちゃんが切り出した。みんなの視線が風香ちゃんに集まる。
「昨日はちょっと強く言っちゃってごめん。私は昨日あんなこと言ったけど、雪菜たちのことを否定するつもりはないから。ただ、ヒーローじみたことが嫌いなだけで。」
風香ちゃんは何のためらいもなく言い切った。風香ちゃんって、こういうところがすごいよなぁ。私だったら途中で詰まっちゃう。
「…そうか。よかったぁ。私、もしかしたら風香ちゃんに思いっきり嫌がられてたのかと思ってたから。」
雪菜ちゃんは、天使のようなふわっとした笑顔で言った。
その笑顔に、雷君も、風香ちゃんですら驚いた。
「おまっ…怒ってないのか?」
晴太君が言った。すると、雪菜ちゃんはきょとん? として、
「なんで? 怒る理由もないのに、怒る必要ないじゃん。なんで怒るの?」
と言った。
「だって…風香ちゃん、昨日、あんなこと言ったんだよ? 普通は怒るじゃん。」
雨海ちゃんが言っても、まだ不思議そうに小さく首をかしげてる。雪菜ちゃん、優しすぎじゃん!
そりゃあ、もちろん雪菜ちゃんみたいに許せるのが理想だよ? でも、普通はあんなに否定しといて! とかさ、そう言って、風香ちゃんをさらに反省させるのが普通じゃない? 多分、立場が逆だったら風香ちゃんは思いっきり怒ってただろうし、ほかの雪菜ちゃん以外のメンバーも同じだったんじゃないかな? 私だってそうだもん。
「雪菜ちゃん、恐るべし。」
私は小さな声で、つぶやいた。
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