最強の天使

「ねえ、紫雲ちゃんって、どこに住んでるのかなあ。」

少し歩いたところで、雪菜ちゃんが聞いた。

「どこなんだろうねぇ。」

紫雲ちゃん、私たちの家より遠かったからなあ。

「紫雲ちゃん、もしかしたら、朝とっても早くに出ているんじゃないかなあ。」

私は言った。そもそも、どうしてこっちの小学校にしたんだろう。

 実は、私たちの小学校がある方向とは反対側に、もう一つ小学校があるんだ。そっち側の小学校の方が、私たちの家からは近いんだ。

 じゃあ、なんで私が今通っている学校にしたかって? それには、深いわけが…。

 …あるわけじゃなくて、単に制服が気に入ったからなんだ。向こう側の小学校は、制服じゃなくて、私服で行くんだ。私は、幼稚園のころから、制服にあこがれてたから。

 地域によって、制服で行くか私服で行くかは、違うみたいだね。

「だとしたら、すごいよね。」

雪菜ちゃんが言った。え? 何のこと?

 私は一瞬戸惑ったけど、すぐにさっき私が言ったことだと分かった。

 しばらく、紫雲ちゃん、すごいなあ。とか、この制服、改めて見たらかわいいなあ。とか思ってたけど、ふいに、あることを思いついた。

「ねえ、雪菜ちゃん。今度早めに出て、紫雲ちゃんが通るか見てみる?」

そしたら、紫雲ちゃんと一緒に行けるかもしれない。起きれるかが問題だけど。

「わあ、いいね! 面白そう!」

雪菜ちゃんは興味を持ったみたい…。冗談半分で言ったのに…。

 もう後悔しても遅いみたい…。

 雪菜ちゃんはもうやる気満々。

「ねえ、やろうよ! 月曜日あたりにさ!」

いつもは控えめだけど、面白そう! と思ったら、やりたくなる性格なんだ。雪菜ちゃんって。

「うん…そうだね…。」

「じゃあ、月曜日は五時に起きよう!」

もうここから先は雪菜ちゃんの言われるがままで、私は、うんとしか言えなかった。

「あ、ごめんね…。私、なんか、興味がわいたらとんでもないことになっちゃうんだ。」

あ、そうなんだ…。

「いいよ。月曜は五時集合ね。」

私も結構興味あるし。

「ごめんね…。」

雪菜ちゃんは、しばらくずっとあやまってた。

「あ、話は変わるけど、昨日の雨のことについてのニュース見た?」

もう少しでつくというところで、雪菜ちゃんが言った。

「今日の朝のは見てないけど、昨日の夜のは見たよ。」

私はごめんねコールが無くなったことに、内心喜びながら言った。

「そうなんだ…。今日の朝のニュースはね、発射させた人があやまっているっていうニュースだったよ。」

あ、同じだ。よかった。

「昨日の夜のと同じだね。」

私は言った。

 雪菜ちゃんは、私が言ったら、軽く上を向いて、

「一週間後にまた発射させるなんてね…。」

と言った。

「ほんとだよね。」

雨を降らすっていうのはいいことだと思うけど、なんで実験なのに風が強いときに中止しなかったんだろう…。

「今度は成功するといいね。」

雪菜ちゃんは、こっちを見て言った。

「そうだね…。」

まだ不安だな…。

 それから特に何も話さず、学校に着いた。

 教室について、ドアを開けると、


「わっ!」

横から大きな声がした。

「ひゃあっ!」

びっくりしたあ…

 私は演技じゃなくて、本当に驚いちゃうんだよなあ。

「……。」

あれ? 雪菜ちゃんは驚いていないみたい。

 私が雪菜ちゃんの方を見ていると、

「わあっ!」

また大きな声がした。

「ひゃああっ!」

私はまたびっくりした。これ、本当に演技じゃないんだよ…。

「おはよっ! 相変わらず脅かしがいがあるな。予告しといても驚くもんな。」

横から晴太君が出てきて、言った。

 すると、横から雨海ちゃんも出てきて、

「でも、雪菜ちゃんは驚かなかったみたいだね。」

と言った。私が雪菜ちゃんの方を見ると、雪菜ちゃんは申し訳なさそうに、

「ごめんなさい。私、こういう時、リアクションが取れなくて…。」

と言った。そうなんだ。いいなぁ。私なんて、五秒前に予告されても驚いちゃうのに…。

「いい良いよ良いよ。私たちは晴雨ちゃんを驚かせられればいいんだからさ。」

雨海ちゃんは慌てて言った。ん? 私を脅かせられればいいって…?

「そうだよ。晴雨さえ驚かせられればいいから。」

晴太君まで…。まあ、いいか。

「はい、席に着いて。」

私たちが話していると、先生が来た。

 私たちは席に着いて、朝の会をした。

「昨日は皆さん帰れたようですね。途中、少しトラブルがあったところもあるかもしれません。それでも、無事帰れたことに感謝しましょう。」

先生は、朝の会の終わりに言った。

「あんな目にあったのに…。」

晴太君がぼそっと言った。

「ねえ、晴太君のところも何かあったの?」

私は先生にばれないように、静かに晴太君に言った。

 晴太君は大げさに眉をひそめて、私の方を見て、

「そりゃあ、何かで表せねーよ。」

と言った。

 私たちのほうも結構すごかったけど、晴太君たちのところはもっと大変だったのかな?

「それがな、雨と一緒に雷まで降ってきてよぉ。」

晴太君は話し始めた。

「しばらくしたところでさ、雨が降ってきてさ、傘を出そうとしたら、傘がねーんだよ。」

え? あの豪雨の中、傘がないのは結構大変だよ?

「それでさ、その時はあまり降ってなかったから、雨海に折り畳み傘を貸してもらったんだ。」

雨海ちゃん、しっかりしてるなぁ。あとで俺いいっとこ。

「そのあとさ、公園に近づいたあたりかな。急に雨が強くなってさ、折り畳み傘が壊れたんだよ。」

ええ? それ結構大変じゃん。

「それでさ、それを見た二組の担任が、怒ったんだ。そんな使えない傘を持ってくるなって。」

ああ。雨海ちゃん、怒ったんだろうなぁ。

 私の予想通り、晴太君はおびえるような表情をしながら、

「雨海さ、普段怒らないだろ? だからさ、怒ると怖くって。笑顔で怒るからさ、もうその笑顔が恐怖でさぁ。」

と言った。なんか想像できないな。だからますます怖い。



『一回反省してね?  これはちょっとやりすぎだと思うなあ。風が強いから折れるまではいいよ。仕方ない。でも、私はそこに怒っているわけじゃないの…』



私は頑張って想像した。恐怖の笑顔を浮かべた雨海ちゃんの姿を。

 そしたら、ゾワゾワッと言う感覚とともに、鳥肌が立った。雨海ちゃんの方を見ながら想像したら、雨海ちゃんがにっこりこっちを向いたの。それがあの話をしていたせいで、雨海ちゃんの笑顔が恐怖の笑顔に見えたの…!

 雨海ちゃんとは結構長く一緒にいるけど、思い出してみれば、一度も怒ったとこ見てないな。

 雨海ちゃんはめったに怒らないと思うけど、怒らせないようにしよう…。

「雷雪、じゃあ、この子のセリフと文でわかることを言ってみろ。」

ふいに先生の声がして、私は黒板の方を向いた。黒板には、私を見る先生と、もぞうしに書かれた文があった。

「ええと、雨海ちゃんは怒らせない方がいいということです。」

私は思っていたことを言ってしまった。

「ふっ…なんだそれは! まじめにやれ。」

あ、先生、ちょっと吹いた。

 みんなは大笑いしている。雨海ちゃんは、恥ずかしそうにしている。やっちゃったなあ。

 改めてその文を読んでみると、こう書いてあった。

『おっかあ、ここどこ? こんな大きいところで暮らすの?』

『修造は、突然連れてこられた小さな村を見渡して言いました。』

まだ文はあったけど、もぞうしで隠されていた。

 私は、今度こそ真面目に、

「修造は、とても狭いところで暮らしていたということです。」

と言った。結構真面目でしょ? 私、国語が大好きなんだ。

「うん、よし。じゃあ、天野は?」

先生はさっきのことを忘れてくれたみたい。

 いや、忘れてないな。雨海ちゃんを指した。

「修造は、連れてこられた村を見て、驚いているということです。」

雨海ちゃんも、真面目に言った。

 実はね、私たち、国語コンビって言われてて、国語で大活躍してるんだ。

 私が、主人公とかの生い立ちを予想して、雨海ちゃんが、主人公の気持ちとかを予想するんだ。その予想を土台にして、みんなで読み解いていくの。

「よし。じゃあ…。」

それから授業は進んで、二時間目も進んで、休み時間。

「あの…。」

いつものメンバーで集まると、雪菜ちゃんが話した。

「水曜に、私が言ったところに、同い年くらいの男の子がいたけど、私がされたみたいなことをみんなにしたら、きっと嫌われると思うんだ。だから、あんなこと止めようって、言いたいの…。」

雪菜ちゃんは、最後は消え入るように言った。

 そういえば、そんなこと言ってたな、

 私たちの中で真っ先に反応したのは風香ちゃんだった。

「そんなのほっとけばいいのよ。っていうか、止めた方がいい。」

風香ちゃんは言った。雪菜ちゃんは、

「でも…。」

こんなに根性があるとは思わなかったな。雪菜ちゃん。

「でも、このままだったら、いろんな人が休み時間を楽しく過ごせないよ?」

雪菜ちゃんは反論する。それに、風香ちゃんは、

「他人のことなんてほっとけばいいじゃん!」

少し強めに言った。

「でもっ、それだったら、何もいいことないよ? あの人たちをほっとけっていうの?」

ウソ…雪菜ちゃん、すごい。私ですらあきらめるのに。

「そうだよ! そんなことに首を突っ込む筋合いはない! 正義のヒーロー気取りもたいがいにして!」

風香ちゃんも驚いていた。今までこれほど風香ちゃんに言わせたのは、雷君くらいしかいないから。

「なんで正義のヒーローがダメなの? 私は、たとえそうなろうとも、みんなにいい気持でいてほしい!」

ここまで言うと、雷君ですら超えた気がする。

「っ…きれいごともたいがいにしてよ!」

「きれいごとだとしても、本当にそう思ってるの!」

「ちょっ…ちょっと二人とも! おちついて!」

私が止めても、雪菜ちゃんはまだ言い返す。すごいことなんだよ。ただの喧嘩に見えるかもしれないけど。

風香ちゃんもここまで引き下がらない雪菜ちゃんを見て、きっとびっくりしてるだろうな。

「じゃあいいよ。勝手にしなよ! 私は良かれと思って言ってあげたのに! 何年もいる私たちのことなんて、転校生のあんたが分かることじゃない!」

「ち、ちょっと!」

「それは違うだろ?」

黙って聞いていた雨海ちゃんと晴太君が言う。

「あんたたちもこいつの味方なのね! いいよ! もう私が知ることじゃない!」

風香ちゃんは、最終的に、嵐のようになって、席に戻ってしまった。

「気にしなくていいからね。」

私は雪菜ちゃんに言った。でも、雪菜ちゃんは、

「私は転校生。そうだよね。私はまだ知らないことがいっぱいある。あとで風香ちゃんにあやまろう。」

と、ネガティブになっちゃった。

「風香ちゃんは風香ちゃんが面倒だと思うことが嫌いなだけだよ。」

雨海ちゃんも言う。

 すると、雪菜ちゃんは雨海ちゃんの方を見て、

「大丈夫。風香ちゃんにも何かわけがあったんだと思うの。」

と言って、力なく笑った。

「本当にいいの?」

私が聞くと、今度は私の方を向いて、

「いいの。」

と言った。

 雪菜ちゃんがいいのなら、私たちはいいんだけど、雪菜ちゃん、本当にいいのかな。

「はい、座って。」

あ…。

 私たちは、気まずい空気になりながら、三時間目の授業を始めた。

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