能力者

三組には、一人女の子がいた。これまで二回クラス替えをしたけど、この子とは一緒になったことない。髪を高めに一つにして、青いリボンで結っている。結構美人。静かに本を読んでいる。

実は、私のお家のある方向から来てる人は、ほとんどいないんだ。同じ方向って言っても、一つ一つの範囲は広いけど。

「こんにちは。」

私が声をかけると、こっちの方をちらっと向いた後、ふいっと目をそむけた。

 ええ…。まあ、いいか。

 私と雪菜ちゃんは、少し離れた机に座った。

「よし、これで全員ですね。じゃあ、行きましょう。」

先生が入ってきた。私たちは、席を立ち、先生について行った。

 外はまだ明るかった。これから豪雨が来るなんて、考えられない…。

「じゃあ、先生のそばを離れないで。雨が来たら、途中にある公民館で休ませてもらいます。」

あ、そうなんだ。降らないことを祈るしかないな。

 私たちは、そう祈りながら、速足で歩きだした。

 しばらく歩いて、半分くらいしたら見えてくる信号で、青信号を待っていた時、


 ポツッ 


 頬に何か雨粒が落ちた。上を見ると、さっきまで真っ青だった空が、どんどん黒くなる。そして、たくさんの雨粒が、バケツをひっくり返したように降ってきた。

「大変だ。三人とも、傘持ってますか?」

「はい。」

私は、いつもかなり大きくて丈夫な折り畳み傘を持っている。ああ、でももう濡れちゃったよ!

 私はいらいらしながらも、傘をさす。

「よし、みんなさせましたね。これから公民館に行きます。この雨なので、雨が止むまでは、公民館にいます。じゃあ、しっかりついてきてくださいね。」

そんなことわかってるよ。はぐれたらいやだし。

 そして、私たちは、公民館にむかって歩き出した。

 しばらく歩くと、公民館らしき建物が見えてきた。

「よし、着いた。どうぞ。入ってください。」

公民館について、靴を脱いで、中に入った。

「きれいなところ。」

雪菜ちゃんが言った。え? 普通の公民館だけど。

「じゃあ、ここに泊めてもらうので、ご挨拶を。」

先生が言った。すると、奥の方から人が出てきた。

「よろしくお願いします。」

私たちは、その人に言うと、女の人は、

「今日は災難でしたね。まさか、失敗するなんて。」

と言って、にっこり笑った。ふんっ、ここから出てないのに、ここの大変さがわかるもんか。

 私は、心の中で悪態をついていた。

 なんか広いところに案内されて、そこで待っているように伝えられた。

「ありがとうございます。」

先生はそう言ってたけど、私はありがとうなんて思わなかった。

 ここ、誰も人がいなければいいのに。

 私の頭の中は、そのことでいっぱいだった。

「晴雨ちゃん、気分はどう?」

雪菜ちゃんが話しかけた。私は、できる限り怒鳴りたい気持ちを抑えながら、

「最悪。むかむかする。」

と言った。雪菜ちゃんは、しばらく考えた後、

「ねえ、晴雨ちゃんの能力、使わないことできないかな。」

と、突拍子もないことを言い出した。

 へ? そんなのできるの? 無理に決まってる。お医者さんも分からなかったんだから。

 私の気持ちも理解しないで、雪菜ちゃんは続けて言う。

「私の能力は、目を閉じて、そのあと開けると、未来が見えるものだったの。だから、瞬きしたときは、いつも未来が見えちゃって大変だった。でも、何とか訓練して、特殊な方法じゃないと、見えないようになったの。だから、晴雨ちゃんも、そんな感じで…。」

「いい加減にしてよっ!」

私は耐えきれなくて、雪菜ちゃんの話を遮った。

「そんなのっ…できるわけないじゃない! 私だって、考えたことあるよ! でも…どんなにやっても、無理だったの。瞬きするとか…そういう条件がないのっ! 天気に左右されちゃうんだから!」

私は続けて言った。本当に、やったことある。図工でやった作品コンクールに受かったのは、雨の日だった。全国の全校生徒が参加する、大規模なコンクールで受かったのに、喜べなかった。

 そういえば、幼稚園の頃、飼っていたウサギをよその家に預けるってなった時も、何も悲しまなかった。もしかして、それも、その日が晴れだったからかもしれない。

 そんなに大事なことでも、悲しんだり、喜んだりできなかった。それなのに、ここで、簡単に…。

「できるよ。」

雪菜ちゃんは、小さな声で言った。できるなんてこと…。

「できる。晴雨ちゃんならできる!」

何よ…。なんでそんなアニメの主人公みたいなことを言うのよ…。この世界はアニメじゃないんだから。雪菜ちゃんの能力とはわけが違うし…。

「できる!」

だから…。

「できるわけないじゃない! 雪菜ちゃんの能力とはわけが違うんだよ⁉」

できるわけない…。できないんだよ…。

「ねえ。あんたの能力、生まれつき?」

ふいに、あの青いリボンをつけていた女の子が話した。

 そんなの聞いて、どうするつもりよ。

「生まれつきよ! それがどうしたの?」

私が言うと、その子は、

「生まれつきなら治るわよ。」

と言ってきた。

「なんでそんなことが言えるのよ! 何の能力も持ってないくせに! 私の気持ちなんてわからないくせに!」

私が言うと、その子はため息をついて、青いリボンをほどいた。

 すると、髪の毛がふわあっと浮いた。まるで、髪の毛だけが宇宙空間にいるようだった。

「なっ、何よ…それ…。」

私と雪菜ちゃんは、目を丸くした。だって、そのあと、その子の体まで浮いたのだもの。

「この髪の毛は、常に水の中にいるような感じになっていて、ふわふわ浮いているの。浮いているだけならまだましなんだけど、体まで浮いてきちゃって。一定の長さ以上になると、体も浮いちゃうらしくて。それで、どうにかできないかって考えたの。」

ふわふわ浮きながら、言い続ける。

「はじめは、髪を切っていたのだけど、どうしても髪を伸ばしたかった。それで、何か方法はないかって、ずっと探していた。そしたら、一人の人が、一つのリボンをくれたの。そのリボンをつけたら…。」

そう言って、足が下を向くと、リボンをつけて、

「降りるようになったの。」

すうっと下りながら、言った。

 す、すごい…。

 でも、それは道具のおかげであって、この能力を直すこととは関係ない。

 私がそう言おうとすると、

「その人に会わせてあげる。」

と、女の子が言った。

 そこに行けば、私の能力も、解決するかもしれない。

 そんな考えが、私の頭をよぎった。

 本当に? と私が聞こうとすると、その子はホワイトボードを取り出して、何かを書くと、こっちに見せてきた。

「なかい…むらさきぐも? 何それ。」

「しぐも。中井紫雲よ。私の名前。」

名前だったんだ…。紫雲…。

「私の名前は晴雨。雷雪晴雨よ。」

私が自己紹介をすると、

「私は中村雪菜です。よろしくね。」

雪菜ちゃんも自己紹介をした。

「よろしく。さっきはごめん。私、明るい人が苦手で。」

明るい人が苦手…。だいぶはっきり言うじゃない。ふんっ、いいもん。

 私は、もうあきらめた。すると、雪菜ちゃんに向かって、

「それ、自分で克服したのすごいよ。私もできなかったのに。すごいことだよ。」

紫雲ちゃんは言った。

 なんか、悔しい。私なんて、雪菜ちゃんの足元にも及ばないはずなのに、なんかライバル視してしまう。このまま悔しい気持ち背負うのはいや!

「じゃあ、一週間後に紹介してくれる?」

私は言った。紫雲ちゃんはいたずらっ子ぽく笑って、

「そうか、雪菜ちゃんに負けたくないんだね。」

と言った。

「そ…そんなわけじゃないから。ただ、こ、心の準備が必要なだけで…。」

「ふっ、わかったよ。一週間後にね。あ、良かったら雪菜ちゃんもおいで。」

「あ、はい。」

ううー、からかって。ふんっ、紫雲ちゃんの思うようにはいかないから!

「みなさん、嵐が過ぎましたよ。少し曇っていますが、これならおうちまで帰れます。公民館の人に、お礼を言って、靴を履いて、出てきてください。トイレは目印に沿って行ってください。」

 私たちが話し終えたと同時に、先生が来て、言った。

「はーい。」

私たちは返事をして、かばんを持った。

「ねえ、紫雲ちゃんのお家はどこなの?」

下駄箱まで行く途中、私が聞いた。

「…帰る途中でわかるでしょ?」

呆れたように紫雲ちゃんは言った。

 しまった! やってしまったぁ。

「ででででもさささきに、き、聞いておいてもいいじゃん?」

あわてて言いう。それを聞いて紫雲ちゃんはますますあきれている顔になる。

「はあ…。雪菜ちゃんは中学生みたいだね。」

紫雲ちゃんはため息をついたかと思うと、いきなり話を変え、雪菜ちゃんをほめた。

「ちょ、ちょっと。反応してくれてもいいじゃん!」

私が恥ずかしくなって言うと、急にこっちを向いて、

「あなたは四年生みたい。」

と、失礼なことを言った。

「なにぃー!」

私はもう怒った。失礼にもほどがある。

「…ちなみに、このどんよりした曇りの時は、いつもこういう性格なの?」

紫雲ちゃんは、さっきまでのいたずらっ子のような表情を一ミリも見せず、真剣な表情で言った。

「え? そういえば…。」

そういえば、今までこういう天気の日は、ちょっと内気な性格だったような…。

 私がそう思った瞬間、さっきまでいやな奴としか思っていなかった紫雲ちゃんが、やけに怖く感じる。紫雲ちゃんは怖いオーラを出したわけじゃないのに…。

「私は転校してきたからわからないけど、曇りの日は、もうちょっと内気って感じだったよ。」

雪菜ちゃんがはっとしたように言う。うん。そうだった。太陽さえ隠れていれば、私は内気になる。

「言われてみれば…。」

私も言った。紫雲ちゃんは、

「何だ、できてんじゃん。いい? 能力に勝つためには、能力にも負けない勢いが必要。天気が変わるときに練習するといいよ。」

にっこり微笑んで言った。

 まさか初対面の人にこんなに…。

「ちなみに、これはリボンをくれた人が言ってくれた方法。」

「天気が変わるごとに性格が変わる人用のことを? そんなに正確に細かく教えてもらったの?」

私は驚いた。だって、そんなに的を射抜いて私の能力についての対処法があることもすごいけど、それを紫雲ちゃんが覚えているってことが…。

「違う違う! 私が教えてもらったのは、性格がかわる能力を持った人におすすめな対処法だよ。そんなに詳しくない。」

なんだ…。びっくりした。でも、それでもすごいか。

「今回私がやったのは、性格が内気なのにムキにさせて、ある程度したらネタバラシをするっていう方法で、結構使えるよ。単純な人ほどひっかりやすいんだってさぁー。」

私を軽くからかいながら、紫雲ちゃんは言った。

 今の私は何も感じないけど、雷の時だったら、すっごく怒ってただろうな…。それも克服すれば、雷とか関係なくなるのかな。

「まあ、頑張ってよ。一週間ね。」

「うん…。」

紫雲ちゃん、いい人だな。私、なんで一週間なんて言っちゃったんだろう。ああ、さっきまでの自分が恥ずかしい…。

「…それにしても、この変にこんなに不思議な力を持った人が集まるなんてね。すごいよね。」

能力を持った人なんて、この世に少ししかいないはずなのに。

「そうだね。すごいよね。」

雪菜ちゃんも同じことを思っててくれたみたい。」

「早くしてください。」

あ、先生が呼んでる。行かなきゃ。

「はーい。」

私たちは、靴を履いて、外に出た。


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