スカッとしたい

どうしようどうしよう! そうだ!

「じゃあ、少し上に上って、話しながら降りていくふうにしよう! それなら自然だ。急げっ!」

「うん!」

やばい、足音が聞こえてくる。急がなきゃ。

 私たちは急いで階段を上り、真ん中の踊り場まで来た。そしてすぐに振り向き、階段を降り始めた。

 降り始めたのと先生が階段の上が見える位置まで来るのは、ほとんど同じだった。

「ネエ、キョウ、マンガヲミテタラサ、」

「ウン、」

「シュジンコウガタイヘンナメニアッチャッタンダヨォ。」

私たちは、階段を下りながら、その場で思いついた会話をした。

「エー! ドンナメニ?」

「ソレハヒミツ」

「セイウハマンガヨミコンデイルカラナァ。」

「アハハハハ。」

適当に会話をしているうちに。先生が通り過ぎて、見えない位置まで来た。

「ふう。よかった。」

私たちはついでに、風香ちゃんのところまで行くことにした。

「風香ちゃん、どうしようか。間弓ちゃんたち、絶対嘘つくよね。」

「どうしよう。こうしている間にも、先生が戻ってきちゃう。」

私たちが悩んでいると、

「あの、私にいい方法があります。」

雪菜ちゃんが言った。

「それって何?」

全員が雪菜ちゃんの方を見る。

「それは…。」

雪菜ちゃんが言おうとしたところで、

 コツコツ コツコツ

階段を降りる音が聞こえてきた。しかも、たくさん。

「ああ、もういいや。雪菜ちゃん、その方法を使って。」

私はそれで話を終わらせ、

「じゃあ、健闘を祈る。」

と言って、私たちは、風香ちゃんたちと別れた。と言っても、すぐ近くで聞いているつもりだけど。

「おい、三人は、そんなことしていないと言っているぞ。中村を誘ったらいいよと言って、帰ろうとしたら田村に止められたと言っている。これは一体どういうことだね。」

予想通りのことを言いながら、先生たちが下りてきた。私たちは、職員室の向かい側にある廊下で聞いていた。

「間弓たちは嘘をついているんです!」

「何だと! この三人が嘘をついているというのか! でたらめ言うんじゃない!」

風香ちゃんが言っても、先生は間弓ちゃんたちのことばかり信じて、聞く耳を持たない。いつも生徒にはわけへだてなくとか言ってるくせに。

「先生、私たちは嘘をついてなんかいませんよぉ。」

間弓ちゃんたちが言う。先生は、絶対に間弓ちゃんたちの見方だ。このまま言い合っていても、有利なのは間弓ちゃんたち。どうする? 結構真面目に授業を受けている雨海ちゃんが行けば、信じてもらえるかな。いや、無理だ。どうしよう。

 私は雪菜ちゃんが言っていた方法なんて忘れて、一人で考え込んでいた。すると、

「先生。田村さんの言っていることは本当だという証拠があります。」

雪菜ちゃんの声がした。あ、そういえば、何か方法があるって言ってた。

 見つからないように、こっそり見ていると、雪菜ちゃんが一枚の手帳と、携帯電話を持っていた。

「この紙には、私のスケジュールが書いてあります。私は引っ越したばかりだけど、習い事はあらかじめ、お母さんが入れていてくれてました。見てください。」

雪菜ちゃんはそう言って、先生の方に、一つのページを見せた。

 先生はその紙を見て、少し驚いた顔をした。

「本当だ。」

先生は、小さな声で言った。だけど、すぐにはっとした顔になり、

「いや、これは昨日作ったものだろう。そこまで嘘つく必要はないんだぞ。三人も、あやまれば許してくれると言ってるぞ。被害者なのかもしれないが、田村と一緒にあやまりなさい。」

と言った。強情だなぁ。でも、大変なんじゃない?

 それでも雪菜ちゃんは落ち着いていて、今度は携帯を握りしめ、

「では、ピアノの先生に聞きましょうか? ピアノの先生の電話登録もしてあります。さすがにこんなことしてまで、嘘をつく必要はないでしょう。本当なら、携帯は使ってはいけない決まりですが、先生がこのまま誤解だったと気づかないのであれば、私は電話を、先生の前でかけます。」

と言った。その雪菜ちゃんから放たれるオーラは、気迫に近かった。

 雪菜ちゃん、すごい。これなら先生も反論できない。

 先生は、あわてた様子で、

「そ、そんな理由で決まりを破っちゃいけませんよ。ここの規則は厳しいんですから。」

と言った。ここまで来たら、もう素直に謝ればいいのに…。

 でも、雪菜ちゃん、ちょっと大変なんじゃない? だって、規則だからって言われたら、なかなか反論できないよ。

 私はそんな不安を抱えていたけれど、雪菜ちゃんはそれをモノともせずに、

「私だって、間弓さんたちと仲良くしたいですよ。でも、用事があったところを、無理やり誘ってくる人とは、これからいい関係を築き上げることもできません。」

「それとこれとは…。」

「先生も、それを誤解したまま私たちに一方的に叱るようでしたら、先生を騙した間弓さんたちを恨む形になります。私は間違ったことを間違ったままにしておくのは嫌なんです。」

「それは自分で…。」

「自分で? 私は自分でこうして先生に誤解を解きに来ているのですが、それを受け入れていただけないのは先生ですよね?」

「そうですけど…。」

「先生がわかっていただけないので、こういうことをしているのです。」

「いや、それは…。」

「自分勝手ですが、規則を破ってでも、ここで先生の誤解を解くべきだと言っているんです。これから間弓さんたちと仲良くするためにも。」

先生に言わせるスキを与えずに、一気に言った。

 雪菜ちゃん、すごいけどなんか怖い…。何か怖いオーラを感じる。

 私は、背筋がゾクッとしたのが分かった。ふと腕を見てみれば、鳥肌が立っている。

「…わかりました。昨日は、田村が正しかったのですね。私が誤解してたと言うことですね。」

「そうです。」

雪菜ちゃんは、そうですと言った瞬間、私がさっきまで感じていたオーラが無くなった。

「田村。止めようとしてくれてたんだな。じゃあ、三人がいけなかったということか。それなら、あやまるんだ。」

先生、さっきまで強情に踏ん張ってたのに。手のひらを返したようにコロッと変わっちゃった。

「いまさら私たちに謝れって?」

「ていうか、お母さんは雪菜ちゃんの味方するに決まってるでしょ?」

聖里ちゃんとまあやちゃんは言うけど、

「とにかくあやまるんだ!」

「くっ…。雪菜ちゃん、ごめんなさい。」

「ごめんなさい。」

先生に強めに言われて、間弓ちゃんたちはあやまった。すると、雪菜ちゃんが、

「あやまるなら風香ちゃんにしてください。」

と言った。間弓ちゃんたちは、一瞬悔しそうな顔をして、

「ごめん。風香ちゃん。」

と言った。それと同時に、

 キーンコーンカーンコーン

 チャイムが鳴った。あ、いけない。行かなきゃ。

「雨海ちゃん、晴太君。行こう。急がなきゃ。」

私は二人に声をかけ、職員室前の階段とは別の階段で、教室に帰っていった。

 教室に戻ってから少ししたら、風香ちゃんと間弓ちゃんたちが戻ってきた。でも、雪菜ちゃんは戻ってこなかった。

 全然戻ってこなくて、先生も戻ってこなくて、そろそろ見に行った方がいいかなと思い始めたとき、

 ガラガラガラッ

 雪菜ちゃんが戻ってきた。

「雪菜ちゃん!」

私が何があったのか聞こうと思ったら、

「はい、席に着いて。社会を始める。」

先生が前の扉から出てきて、私は雪菜ちゃんに何があったのか聞くことができないまま、社会の授業を受けることになった。



 間弓たちが戻った後、雪菜は先生と何を話していたのか、風香の時のように、時をさかのぼり、見てみよう…。

 雪菜目線

 「…わかりました。昨日は、田村が正しかったのですね。私が誤解してたと言うことですね。」

私が先生を徹底的に追い詰めた後、先生はようやく折れた。

 あっ、いけない。私、先生になんてことを…。

 でも、私は言うだけ言った。事実しか言ってない。ここは、私があやまるところじゃない。

「そうです。」

私は、一言だけ言った。

「田村、止めようとしてくれたんだな。じゃあ、三人がいけなかったということか。それなら、あやまるんだ。」

先生が折れたぁ! よかったぁ! 風香ちゃんの誤解も解けた!

 私は、表では普通にしているつもりだったけど、心の中では歓声を上げて、お祭りが開かれていた。

「いまさら私たちに謝れって?」

「ていうか、お母さんは雪菜ちゃんの味方するに決まってるでしょ?」

聖里ちゃんとまあやちゃんが必死に反抗する。

「とにかくあやまるんだ!」

先生が強めに言った。

先生だって、さっきまで私たちの言うことも聞かなかったのに…すっかり棚に上げてる…

「くっ、雪菜ちゃん、ごめんなさい。」

「ごめんなさい。」

あやまられて、いいよと答えようとも思ったけど、考えてみれば、私はただ自分の意見が言えなかっただけ。頑張ったのは風香ちゃんだよ。

「あやまるなら風香ちゃんにしてください。」

私がそういうと、聖子ちゃんたちは悔しそうな顔をした。

「ごめん。風香ちゃん。」

それでもあやまった。そこは本当にすごいと思うな。だって、そこで正直に謝ることなんて、できないもの。

 私がそう思っていると、

 キーンコーンカーンコーン

 チャイムが鳴った。晴雨ちゃんたちは、もう戻ったかな。

「あ、チャイムが鳴った。三人はもう戻っていいぞ。これからはこんなことしないように。反省するんだぞ。」

先生が言った。三人は、

「はぁい。」

と返事をして、教室に戻っていった。

 三人が見えなくなると、先生は風香ちゃんの方に向き直り、

「田村も戻っていいぞ。」

と言った。謝らないんだ…先生にも悪いところがあったから、謝って欲しかったな。

 風香ちゃんは、悔しさをかみしめたような顔をしながら、何も言わずに、階段を上っていった。

 風香ちゃんも見えなくなると、今度は私に向き直った。

 あやまってくれるのかな。と思ったら、

「中村、なぜ、そこまで本気になったんだ?」

と、質問してきた。 

 え? それは…。なんで? 風香ちゃんが言うから、協力しただけ…。

 でも、ここまで本気になる必要もあった? 私も、正直、たった一つ、先生が誤解してたからって、ここまで言う必要、あった?

 もしかして、先生に見放されるのがいやだったから? 先生が私の言い分を聞いてくれなかったことがあったから?

 きっとそうだ。最悪、風香ちゃんが転校になることがあってほしくなかったから…。

「どうした? 中村。何か聞いちゃいけないことを聞いたか?」

私があまりにも話さなかったので、先生が心配そうに言った。

「あ、いえ。そういえばなんでなのかなぁって思っただけです。」

私が言うと、先生は安心して、

「そうか。それで、何かわかったか?」

と言った。

 私の気のせいかもしれないけど、ここって余計な詮索しちゃいけないようなところな気がするんだけど…。

 それでも、私は、

「はい。きっと、前の学校で、先生にも見放されたから。本当のことを言っているのに、嘘を言っているかのように言われるのがいやだったからだと思ったのです。」

と、正直に言った。私が言うと、先生は少し気まずいような顔をして、

「そうか…。」

これまた気まずそうに言った。なんか、気まずい空気になると、思ってもいないこと、言っちゃうときって、あるよね。

「私は、ただ、風香ちゃんがそういう状況に…私と同じ状況に置かれてしまうのが、よくないなと思っただけです。」

私は、何も言わないようにしようとしたつもりなのに、この空気を壊そうと、つい言ってしまった。

「とっ、とにかく、もう戻っていいぞ、先生もすぐ行く。」

先生は、私の口が作った、かなり気まずい空気を、いったん終わらせた。

「はい。」

私にとっても好都合だったので、教室に戻ることにした。

 晴雨ちゃん、私があんなひどいことしたのに、私のことを探して、友達になろうと言ってくれた。

 しっかり意見を言えない私に代わって、体を張って私を守ってくれた。

 優しい子だと思わせるために使っている…と言われ続けたこの性格を、何の裏も持たずに、優しいと言ってくれた。

 あんなに優しい子、初めて見た。世界って広いんだな。


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