第20話 墓所

 あれほど厳重に閉じられていた扉は、今は大きく開け放たれている。

 清浄な空気が濃く溜まっているのは変わりないが、それでも、呪いを放ってまで中和するほどではない。

「失礼しま~す」

 緊張する高校生陰陽師たちを茶化すように、蒼月が間延びした声でそう言ってから中に入る。

 小馬鹿にしたような態度は、蒼鬼という呪を掛けられてから身についたもののはずなのに、完全に習慣になってしまっているらしい。

「真面目にやれよ」

 時雨は小さく注意しつつ、蒼月に従って中に入った。

「ここは」

 ひんやりと冷たい洞窟の中。染み込んだお香の香り。その中心にあるのは仰々しいまでの祭壇だった。

 人がいた気配はない。

 それでも掃除が行き届き、お香が絶えていないのは、本庁が定めた世話係がずっとここの清浄さを保っているおかげだ。

「これが、姫の正体」

 何だか腑抜けた声が出てしまったのは、時雨もどこかで姫という人間がいるものだと考えていたからだ。

の正体さ。俺も鬼という呪が無ければ、ここに眠っていたはずだからな」

 蒼月は遠慮なく祭壇に近づき、その下の部分、大きな台のようになった場所を撫でる。

「ここに眠る。まさか」

「そう。清浄すぎる存在は毒だ。陰陽のどちらを持つ俺ですら、森に隔離してもどうにもならなかったように、彼女たちは決して存在してはいけないモノなんだよ。だから、神の捧げものになる」

 蒼月に下された結論は、別に珍しいものではなかったのだ。何度も繰り返されてきたこと。そしてその捧げものたちを総称して、清浄の姫と名付けていた。

「とはいえ、術でああいう姿形を作っていたように、姫として本庁はしっかり祀っていたわけだ。だから誰もが人格のあるものとして認識していた」

「なるほどね」

 呪によって、言霊によって、それが強固になっていく。蒼鬼が鬼の性質を濃く持っていたのと同じだ。

 時雨たちが見たあの唐風の衣装を纏う姫は、確かにこの場にいた。実体がなくても、清らかな魂の集合体でも、彼女は存在したのだ。

「極端な力が行き着くのは、死しかないんだな」

 蒼月が、取り残されたとばかりに呟く。

 それに、どう声を掛けるのが正しいのだろう。

 慰めも、同情も、今の彼の心情に寄り添えるものでない。

「お前は生きている」

 それでも、言わなければいけないことがあった。

 本心から殺せと乞われただけに、時雨には、蒼月に対して生きろと言い続ける義務がある。

「ホント、馬鹿だな」

 それに蒼月は困ったように呟く。そして

「お前の手で殺す最後のチャンスだぞ」

 これからのことを思ってか、嫌そうに付け足した。

 今、姫を取り込んで元に戻った蒼月。彼はまた、半端な存在として、本庁から監視されることになる。生ける呪具として、利用されることになる。

 ただ、力が強いというだけで。

「お前を殺したって、何の解決にもならないし、俺が後悔するだけだ」

 素っ気なく返しつつ、時雨は蒼月のことを改めて考える。

 時雨が蒼月と清浄の姫が同じだと感じたのは当然だったのだ。思わず、清浄の神子と言ったのも、ずっと引っ掛かっていたものが繋がってのことだったのだ。

 蒼月もまた、同じなのだから。

「存在を拒絶された者たちの墓所」

 それがこの封じの洞窟か。

 時雨は再びぐるりと洞窟を見渡す。

 薄暗い部屋だ。扉が閉じられれば、暗闇に近いだろう。まさにあの封印の間と同じ。ただ、ここはどこまでも清らかであるということだけが違う。

 蒼鬼の封印の間は、この封じを陰の気に転化したものだった。

「ああ」

 なるほど、ここに来るのに、蒼鬼が必要だったわけだ。

 ここにいた魂たちと同質であり、同時に異質である存在。そんな彼を前にすれば、姫たちが反応する。何があったのかと目覚める。

 思えば姫は蒼鬼だけには、普通に語りかけていた。つまり、墓所を移す交渉に、蒼鬼は絶対に必要な存在だったわけだ。

「蒼鬼は、蒼月は唯一大人になった仲間だったってことか」

 じゃあ、ここに蒼鬼を行かせた本庁の目的は?

 御霊にするつもりだったのではという推測だったが、ひょっとして実は――

 そこから導かれる答えは、あえて考えないようにした。

 今は蒼月を生き残らせるために、ただ呪具として利用させないために、その本庁と交渉しなければならない。

「魂も残っていないみたいだな」

 彼を犠牲にしなくて良かった。それを確かなものにするために。

「――そうだな」

 時雨の決意が伝わったのか、蒼月は祭壇から少し離れると、静かに手を合せていたのだった。



 姫の消失と蒼鬼との融合。

 その結末は本庁にとって喜ばしいものであったようで、拍子抜けするほど簡単に交渉は進んだ。

 何より蒼月が従順な態度を貫いたのが良かったのだろう。特殊能力課のビルにちゃんと戻ったし、処置が決まるまでの一時拘束に対しても反抗しなかった。

 だからこそ、蒼月の過去についてつぶさに知ることとなった時雨の交渉を、大河内もすんなりと聞くことにしてくれた。

 とはいえ、蒼月に自由が許されたわけじゃない。

 鬼の呪の解除。封印の終了。死刑の無期延期。

 それらが決まったところで、蒼月が自由に外に出られるわけじゃない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る