第21話 三か月後

 蒼月が生ける呪具である事実をひっくり返すことも、出来なかった。

 あれだけ強い力を持ち、さらには清浄の姫を取り込んだのだ。むしろ、生ける呪具としての役割は大きくなってしまった。

 それでも――

「生き残ったんだ。蒼月は」

 時雨はそう自分に言い聞かせるしかなかった。




 三か月後。

 総ての処理が終わったとの連絡を受け、特殊能力課のビルへとやって来た時雨は緊張していた。

 あれから蒼月とは一度も会えていない。どうなったかは知っているが、本庁との対立は根深い。何より蒼月は陰陽師を殺し過ぎた。ここにいる人たちの多くが蒼月を恨んでいる。どうしても心配が大きくなる。

(蒼月が五体満足で無事だと、どうして断言できる?)

 知らず、ぎゅっと拳を握り締める。

「ちょっと、ガチガチじゃない」

「そんな顔してると、蒼月にからかわれるぞ」

 エレベーターを待っていると、そう軽い調子で声を掛けられた。月見と青葉だ。

「お前らも呼ばれたのか」

「ええ」

「今日からだって聞いたからな」

 頷く月見と、時間を合わせたのはわざとだと笑う青葉。その二人の顔を見ていると、あの時の任務を思い出して、自然と肩の力が抜ける。

 こうやって三人で合流して、あの封印の間に行ったんだったな。

 あの時はここではなく、東京の鬼門を守るためのビルの、さらには鬼を封じる地下の間へと向かうためだった。

 しかし、今回は陰陽師たちが集うビルの、それも最上階へと向かう。

「場所が変わっただけで、身動きは取れるけど、封じられているのと変わらないよな」

 エレベーターがぐんぐんと上に昇るのを感じながら、時雨は思わず呟いてしまう。

 これが最善の結果とはいえ、蒼月が殺されることはないとはいえ、素直に良かったとは思えない。だが、本庁の決定を覆すだけの他の方法を思いつかないのも事実だ。

「まあ、あいつを自由にすると、あらゆる霊を寄せ付けちゃうわけだし、どうしようもないよな。清浄の姫が山から下りたら困るのと一緒で、あいつがその辺をうろうろしていると、多くの人に影響を与えちまう」

 青葉も複雑そうな顔をするが

「意外と楽しんでいたりして」

 驚いたことに、月見が楽観的な意見を述べた。

 と、そんなことを言っている間に最上階に到着してしまう。ドアが開くと、お香の匂いが鼻についた。その匂いに、あの封じの洞窟を思い出す。

(やっぱり、蒼月は――)

「すげえ」

 暗い部屋を思い浮かべる時雨の耳に、青葉が感嘆の声を上げるのが聞こえる。それにはっとなって顔を上げると、ドアの向こう、最上階の空間は洞窟とは似ても似つかわないものだと気づく。

「まるで内裏ね」

 月見も呆れたような声を上げ、大広間より仰々しいわねと笑っている。

「まったくだな」

 ようやく息を吐き出し、何とか単調な声で同意した時雨は、これはこれでどうなんだろうと思ってしまう。

 板張りの間に、あちこちに垂れ下がる御簾。さらには仕切りとして置かれた几帳。ここだけ平安時代にタイムスリップしたかのようだ。明るい空間だが、奥まで見通すことは出来ない。明らかにここは、現世とは隔絶している。

(呪具としての封印の強化か)

 素直に感じるのはそれだ。今までとは違い、本庁は蒼月を祀り上げることにした。その表れが、この仰々しい空間なのだ。

(やっぱり蒼月は、この世界の外に置かれたまま)

 会って、どういう言葉を掛ければいいのだろう。そう思うと時雨は先に進めない。

「時雨」

「大丈夫か?」

「ああ、来たか」

 と、なかなか奥までやって来ない三人を出迎えたのは、あの由比だ。この空間に似つかわしい、束帯姿となっている。

「由比」

「罰せられるのは覚悟していたが、まさかこんな役職を拝命することになるとは思ってなかったよ」

 時雨の呼びかけに、気まずそうに笑って由比が答える。反逆の罪に対する罰は、蒼月の身辺の世話と警護というものに落ち着いたらしい。

「よかったな」

 蒼月に対する交渉でいっぱいいっぱいだった時雨は、由比のことまで手が回らなかった。大きな罰がなかったことにほっとしてしまう。とはいえ、彼もまた、この空間から自由に出ることが出来なくなったわけだ。そう考えると、どんな罰よりも重いのかもしれない。

「うるせえよ。それより、どうぞ。籠宮こもりのみや様がお待ちです」

 時雨の安心を笑い飛ばし、それから、ここでの役職通りの振る舞いをする由比だ。

「ああ、うん」

 それに、時雨はやっぱり複雑な顔をするしかない。

 蒼月の真名にもなっている籠宮。これは捧げものとなる赤子に付けられるものだと、今では知っている。

 これから現世を離れ、神とともに洞窟に籠る者。その総称だったのだ。

 とはいえ、神が何なのか、時雨は知らない。

 たぶん、赤子をそのまま神とするのは憚られるから、言霊として使っているだけだろう。明確な神を定義してしまっては、清浄な気を持つ子供を食らう存在が出来上がってしまう。それは避けるはずだ。

 そして今、蒼月は神と同化した存在として扱われている。

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