第11話 覚悟

 確かに、状況から考えて、姫が目覚めたのは間違いない。そして、そうなると姫を護送するという当初の目的は果たせないことは間違いなかった。

 ただでさえ清浄の気の塊のような姫は、眠っていても他の人間を圧倒する。それが起きたとなれば、並の陰陽師ならば吹っ飛ばされてしまうことだろう。

 そして、山から下りてもらっては困るのも同意できる。もしも修行したことのない一般人が姫の清浄な気に触れたら? おそらく、一瞬で意識が混乱してしまうのではないか。

 では、どうすべきか?

 蒼鬼が何とか対処するしかないのは間違いない。残念だが、時雨たちの実力では、伝わってくる姫の気配だけで負けるのは見えている。だが、今や鬼だからと割り切れなくなっている時雨は、任せっぱなしには出来ない気分だ。

(それに、ここでこいつが死んだら、寝覚めが悪い)

 本庁はそれを望んでいるのだろう。しかし、まだ何も知らないのに、ここで死なれては困る。

(こいつの口から、事情を聞きたい)

 時雨は今、切にそう願っている。

 ちらっと蒼鬼を見ると、その目は真剣そのものだ。今や状況が変化し、逃げようと思えば逃げられるはずなのに、この男は真っすぐに姫の元へと向かい、自分が戦わなければと決意している。

(そんな奴を、どうして悪だと言い切れる?)

 もちろん、まだ許せない気持ちはある。だが、あの事件が蒼鬼の起こしたものなのか、それとも何かの結果なのか。そして事情は何なのか。それらを総合的に考えなければ駄目だと思っている。

「蒼鬼を中心に動くとして、俺たちはどうするのがいいと思う?」

 時雨は後ろの二人に作戦を立てようと持ち掛ける。

「そうね。現場でどれだけ私たちがサポートできるか。それで結果は大きく変わると思うわ」

 それに月見は同意し

「だな。今、反逆者どもは呪いで対抗しているようだし、俺たちにも出来ることはあるはずだ」

 青葉も頷いた。

「ははっ。心強いねえ」

 見捨てないという結論を出した三人に、蒼鬼は苦笑してしまう。

 彼らは蒼鬼を外に出す際、術を施している。それを上手く利用すれば、蒼鬼を姫とともに封じて終わりにすることも出来るはずだ。

(俺を人身御供ひとみごくうにしてしまえば、何も考えなくていいのにな)

 実際、それを見越して意見を言っている蒼鬼だ。事前に鬼として殺せとも告げてある。それなのに、共に戦おうとする姿勢に驚いてしまう。

「うるさい。お前だけに格好つけさせられるか」

 時雨は何とか皮肉で返すが、ここで死なせないという決意は揺るがない。

「あっそ」

 蒼鬼は素っ気なく返しつつ、困ったもんだなと笑みが零れそうになるのを堪える。

 時雨たちが仲間意識を持ってくれるのは嬉しい。だが、だからこそ、彼らを裏切り者にするわけにはいかない。

 本庁と蒼鬼の対立が、この件を解決したくらいで解消しないのは目に見えている。どれだけ功績が出来たところで、処刑までの時間が長くなるだけだ。だから、時雨たちが自分にいい感情を持つのを、本庁が許すはずがない。線引きを誤ってはいけない。

(自分の力に溺れた罰、か)

 今だけは、後悔が襲ってくる。あの瞬間、自分の心の弱さに負けることがなければ、こいつらと本当の仲間になれたはずだ。

 でも、蒼鬼はただ自分らしく生きたいと願っただけだ。他の人の迷惑になるというならばと、山奥に逃れていたというのに、それを許さなかった本庁が悪い。

(生まれてからずっと、他とは違う存在だったんだ。どう生きようと、口出しされたくなかった)

 蒼鬼は人であった時でさえ、普通を知らない。総ては自分とは別の世界の出来事だった。だから、この世界に関わり合いたくなかった。それだけだ。

 結果として多くの人を犠牲にし、鬼となり、封じられる存在になってしまったとしても、それを後悔するのは間違っていると思う。

 ただ、この世界では生きられない。それが事実として固定しただけだ。

 邪魔でしかない存在。鬼と断じられる存在。

 ここにいてはいけない、何か。

「っつ」

 姫の放つ気のせいか、思考が過去に引っ張られる。それに気づき、蒼鬼は首を軽く振った。

 陰の気が増幅されている。だから、自分について悩んでしまう。

 今考えなければならないのは、時雨たちをどう守るか、だ。

 自分のせいで彼らが死ぬようなことは、絶対にあってはならない。

 車の免許を取った時のように、まだ、自分はこの世界にいる。

「大丈夫か」

 ぎゅっとハンドルを握る蒼鬼に気づいて、時雨が声を掛けてくる。その目にあるのは、最初にあった嫌悪感と憎しみではなく、本気で気遣うものだ。

「ああ。ちょっと頭痛がするだけ」

 蒼鬼はそう言って片手で額を押さえ、表情を見られないようにする。

(ここで死ぬのが、一番なんだろうな)

 姫を封じて、自分も消える。守るつもりならば、そうするしかないだろう。あんな目をするなんて、これから先、時雨たちが蒼鬼への感情で困るのは目に見えている。

 これも本庁が読んでいたことだろうか。それだと、ちょっと悔しい。

 でも、守る者がいるなんて初めてで、それは素直に嬉しかった。

「やるしかねえか」

(鬼である自分が、ちゃんと境界線を守らないとな)

 覚悟を決め直し、蒼鬼は真っすぐに前を見た。姫がいる場所はもうすぐだ。

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