第12話 合流

 由比たちはじりじりと後退を余儀なくされていた。

「くっ。強すぎるだろ」

「まさかこれほどのものとは」

 思わず悪態を吐く由比に、川原も確かにと同意するしかない。

 誰もが、姫は蒼鬼のようなものだと考えていた。それが間違いだったなんて、どこで気づけるというのか。

 蒼鬼が元人間であるように、姫も生まれながらに清浄すぎて、こういう措置を取られたのだと思っていた。だが、現実は姫という名の清浄の気の塊だった。

「ん?」

 そこまで考えて、違和感が頭をもたげる。

 本当に自分たちは考えを誤ったのか。

「なんか、おかしいよな」

「え?」

 川原はまだまだ目の前のことに慣れず、何がおかしいんですかと驚いている。しかし、一度違和感に気づくと、この状況そのものが奇妙だと感じる。

「力の強さ。そうか。俺たちは根本的に間違っているから負けそうになっているんだ」

「えっ」

「そうでなければ、なぜわざわざ対極にいるような蒼鬼の封印を解き、姫を移動させようなんてする? こんな化け物、移動させられるわけないだろ」

「あっ」

 指摘されて、川原も気付いた。

 もしもこれが本当に清浄の姫ならば、どうやって移動させるのか。

「じゃ、じゃあ」

「これは姫の術だ。姫の本体は未だ、洞窟の中にいるに違いない」

 気づけばこちらのものだと由比は呪いを強めたが、そう簡単に倒されてくれる相手ではない。

「ぐっ」

 こちらの戦い方の変化に気づいたように、清浄の気が一段と強くなった。

「これ以上は」

 こっちがもたない。

 由比の腕から血が吹き上がる。由比が放つ呪いが、清浄の気に負けている。

「由比様っ!」

 ここでこの人を失うわけにはいかない。川原は由比の身体に抱きつくと、そのままごろごろと地面を転がった。

「うっ」

 そんな川原の背中を清浄の気が掠めた。それだけで、皮膚がひりひりと痛む。確認しなくても、火傷のようになっているのは間違いない。

「川原!」

 由比は咄嗟に立ち上がると、川原を庇うように清浄の姫と対峙する。

 今、この目の前にいる姫が術を用いて作られたものであろうと、それを見抜けずに踊らされ、さらには負けそうになっているのは自分のせいだ。

「これ以上、俺の仲間を殺させない」

 本庁では異端視され、居場所のない彼らが頼ったのが、同じく異端の由比だ。

 いつか由比を頂点として、自分たちが本筋になるのだと、そう息巻いて集まってきた連中だ。

「何で俺が」

 そう言いつつ、本庁のやり方に馴染めないのも事実だった。このままでは自分が次の蒼鬼になる。そんな懸念もあった。

 蒼鬼がいわゆる呪いを主力とした鬼ではなく、陰陽師だったことを、由比は似ているからこそ察知していた。

 妥協の結果、彼らのリーダーになり、本庁に反旗を翻した。後ろ向きの関係に、何度となく嫌気が差したことがあるが、それでも、現状を変えたいという彼らに共感していた。目の前で嬲り殺されて、いい気分になるわけがない。

「由比様、逃げてください!」

 自分を守って戦おうとする由比に驚き、川原が再び立ち上がろうとした時――

「退け~!」

 場違いなまでの明るい声と、クラクションを鳴り響かせ、一台の車がこちらに突っ込んできた。

「うおっ」

「くっ」

 由比と川原は何とかその車を避けた。車はそのまま姫へと突っ込んだが、するっと姫をすり抜けた。

「ははん。やっぱりな」

「馬鹿か、お前は! 無策にもほどがあるだろ!!」

 急ブレーキ音に続き、勝ち誇ったような声に、冷静にツッコむ声。いきなり賑やかだ。由比は一体何なんだと顔を上げると、車から長髪の男が降りてきた。

「蒼鬼」

「無事みたいだな」

 由比の驚いた呼びかけに、蒼鬼はこちらを見て笑ってみせる。見方によっては嘲笑っているかのような笑い方だったが、わざとだと由比はすぐに気づいた。自分もあんな笑みをよく浮かべていれば尚更だ。

「大丈夫だ。それより」

「ああ。アレな」

 からかい損ねたと気づいた蒼鬼は、すぐに姫へと向き直る。

 姫は真っすぐに蒼鬼を見つめ、まるで品定めをするかのようにじっとしている。

「面倒臭そうだな」

 それに蒼鬼は笑みを消し、真面目な顔になる。

「くぅ。首が痛い」

「本当に」

 車から降りてきた高校生陰陽師たちも、蒼鬼の背後に立つと援護のために構える。とはいえ、手荒な運転で、少しふらふらしていた。

 だが、これで戦いの構図が変化した。ようやく姫の緊張から解放された由比は、ほっと息を吐き出す。すると、途端に身体が震え出した。どれだけ恐怖していたのか、死に直面していたのか、今更ながら実感する。

「由比様」

 すぐに川原が近づいてくるが、由比は鬱陶しそうにそれを制すると、蒼鬼へと目を向けた。

 ゆっくりと蒼鬼から呪いの気配が立ち上るのが視える。それは姫の清浄の気に呼応するように、どんどん大きくなっていく。

「蒼鬼」

 時雨もそれに気づき、大丈夫かと確認する。それに蒼鬼はまだ大丈夫だと頷くと

「俺が嫌いか?」

 姫に向けてそう問い掛けた。それから自分の力を制御するために、大きく手を振り上げて、溜まった陰の気を拡散させる。

「嫌いなのは主であろう」

 それに対し、姫はにっこりとほほ笑んでそう断じた。

 明らかに、由比たちと戦っていた時とは違う態度だ。

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