第7話 封じの洞窟
「封じている」
言葉にしてみると、それが実感を伴うものになり、ぞっとする。
清浄の姫がどういう人物か知らないが、ここまでの封印を施されるほど、存在が危険視されているのだ。
「どうして消さないのですか?」
ごくりと唾を飲み込み、榎本は気持ちを落ち着かせようと訊ねた。
「消せないからさ。清浄の姫には触れるだけでも大変だからな」
くくっと由比は笑い、ついて来れば解ると先に進む。木製のフェンスは部下たちが電動ノコギリで切り取って倒す。
「フェンスにも何か施さないと駄目だよな」
あっさりと取り除けたことに由比が苦笑するが、他はこの異様な雰囲気に飲まれていた。触ってはいけないモノに触れている。その意識が強くなっている証拠だ。
「情けない」
由比はやれやれと、そんな部下たちを放置して先へと進む。
「あっ」
「待ってください」
堂々と洞窟の中へと歩を進める由比に、横瀬翁たちは慌てて従った。それぞれ懐中電灯を取り出し、由比に続く。
洞窟の中は天然のままだ。定期的に人の出入りはあるはずなのに、ありのままに保たれている。
「なんか、意外ですね」
「手出しできないだけさ。姫の清浄な気に触れて、この洞窟は人工的なものを排除してしまうんだろう」
「そんなところにまで影響を?」
「ああ」
頷きつつ、由比もこれには内心驚いていた。まさか本気で洞窟の中に姫を放置しているとは。そんな気持ちがある。
が、ここで自分が動揺すれば全員に伝播することが解っているから、必死に頭を働かせ、なぜここがこうなのかを導き出していた。
「清浄と冠されるだけのことはある。何もかも拒否するか」
くくっと、由比は笑うことで自分の中に生まれかけた畏怖を追い出す。
すでにここは姫のテリトリーだ。少しの油断で、こちらの気持ちが大きく動かされる。
「うっ」
と、後ろで呻く声が聞こえた。振り向くと、何人かの顔色が悪い。
「ああ。すでに空気が違うのか」
思考に没頭していた由比は気づくのが遅れていた。それと、懐にあれを忍ばせていたからだろう。
「少し早い気もするが、仕方ないか」
どれだけ自らの能力が高かろうと、姫を一人で運び出すことは出来ない。由比は内ポケットからそれを取り出し、空気の流れを読み取る。
「その壺は?」
榎本が由比の動きに気づき、何をしているのかと訝しんだ。その手にあるのは、蠱毒を作る時に用いられるものだ。大きさは手のひらサイズだが、あれにいくつもの毒虫を入れて戦わせ、強力な呪いを作る。
「ここの空気はすでに、俺たちのような人間には清浄すぎるんだよ。だから」
この辺りだなと、気の境目を発見した由比は、そこで手に持っていた壺を叩き落す。ぱりんっと音を立てて割れた壺から、良からぬ気が立ち上るのが、陰陽師たちの目にはっきり視えた。
「あっ」
「少し呼吸が楽になった」
普段ならば突然の呪いの気配で頭痛を起こすはずが、今は逆にその気配で助かったと感じるのだから、清浄な空気は恐ろしい。そしてそれだけ、人間は清濁合わさった場所でしか生きていけないのだ。
「進むぞ」
部下たちのほっとした顔を見届け、由比はまた歩を進める。他にも呪具を持つ由比は、まだまだこの気に負けることはなかった。
「行きましょう」
「ああ」
由比への信頼を厚くした部下たちも、しっかりとした足取りで由比の後を追い掛けた。そうしてしばらく進んでいると
「これは」
行く手を阻むように大きな扉が現れた。その扉は注連縄が張り巡らされ、この先に姫が厳重に封じられていることを伝えてくる。
「ふっ、蒼鬼の封印の間と同じだな。ああ、逆か。姫の封じが成功しているからこそ、蒼鬼をああやって封じたか」
由比は面白いなと笑うしかない。
対極にありながら、同じように畏れられる存在。その封印の方法はまるで一緒だとは。
「皮肉だな」
そう言葉にして、由比は扉に触れようとした。しかし、ばんっと大きな力に阻まれ、扉に触れることが出来ない。
「由比様」
「問題ない。扉にはしっかり呪術が施されているというだけだ。それと、姫によって強化されているな。扉を潜れる者を選別している」
少ししびれた手を振り、由比はそこでまたポケットを探る。が、今回取り出したのは呪具ではなく、折り畳み式のナイフだ。
「由比様?」
榎本は何をする気かと顔を顰めたが、由比はそれを部下たちのいる方向へと投げた。
「えっ」
ひゅっと風を切る音が耳を掠めて、榎本は驚く。
「がっ」
そして、ナイフは最初からその者を狙っていたとばかりに、ある男の喉を貫いていた。男はその衝撃のまま、どさっと後ろ向きに倒れる。
「おいっ、ナイフを抜け」
呆然とする部下たちに、由比は何の感情も籠っていない声で命じる。
「で、でも」
「そいつは裏切り者だ。使えるだろうとここまで泳がせていたにすぎん」
「は、はっ」
裏切り者という言葉に背を押され、傍にいた男がナイフを抜く。すると、血がどばっと吹き上がった。
「ひっ」
「ビビるな。まったく、呪殺はするくせに、それにはビビるのか」
由比は呆れつつも、これで変わるかと扉をじっと見つめた。
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