第6話 カーチェイス

「よしよし」

 運転に集中し始めた時雨に安心し、蒼鬼は周囲の敵をどうするか考え始める。すると、青葉と月見も落ち着いたようで、それぞれ数珠と呪符を取り出す。

「呪術攻撃で対抗できそうか?」

 青葉の確認に、やるしかないだろと蒼鬼は頷く。

「とはいえ、ロケットランチャーは反則だろ。あと何発持っているんだか」

 小声でぼやきつつも

「ま、打たせなきゃいいか」

 先手必勝とばかりに印を組むと

「オン アビラウンケン バザラ ダトバン」

 真言を放つ。すると、周囲がかっと光り輝き、後続車両が次々と運転をミスした。

「うおおっ」

 よろめく車がこちらに向かってきて、時雨は慌ててハンドルを切る。

「すげえ」

「感心している場合か。お前ら、今のうちに適当に攻撃だ!」

「ラジャー」

「は、はい」

 蒼鬼の叱咤に、青葉も月見も頷くとそれぞれが得意な攻撃をよろめく車に打ち込んでいく。

 現実の物質に力を及ぼすほどの攻撃となると大変だが、相手は今、蒼鬼の攻撃で隙だらけだ。小さな攻撃でも、大騒ぎしてくれる。

「よし」

 これで撒けるかと蒼鬼がほっと息を吐いたのも束の間

「蒼鬼、前!」

 今度は時雨が慌てた声を上げる。

「あっ?」

 振り返ると、通報を受けた警察がバリケードを築いていた。さらには

「そこの車、止まりなさい!」

 とメガホンで叫んでいる。

「止まれるか、ボケ!!」

 蒼鬼は悪態を吐くと、運転席に座って思い切りアクセルを踏み込む。ついでに時雨からハンドルを奪うと、思い切りドリフトをかましてくれた。

「うわあああ」

「ぎゃあああ」

「なっ」

 高校生三人の悲鳴も何のその、ドリフトで立ち塞がるバリケードを弾き飛ばした蒼鬼は、そのまましれっと走り去る。後ろで警察が待ちなさいと叫ぼうが、サイレンを鳴らそうが無視だ。

「あとで本庁が大変だな。ま、金で揉み消すだろ」

「ちょっ、おまっ、なっ」

 振り回されて頭がぐらぐらする中、時雨は何とか抗議の声を上げようとする。しかし、蒼鬼の顔が真剣で、そのまま助手席に収まった。

「どうした?」

「警察はまあいい。あれだけカーチェイスをやれば出張って来るだろう。だが、あの敵どもは何を考えている?」

「えっ」

「どうして俺たちを、タイミングよく姫のところに着く前に襲うことが出来た?」

「あっ」

 そう言えば、あまりにタイミングがいい。いや、それどころか、これではまるで、姫のいる場所への到着を遅らせようとしているようではないか。

「俺たちが動いていることが、敵にバレている」

「そういうことだな。まあ、あれだけお偉方が動いているんだ。情報漏洩するのは仕方ないだろ。どれだけ呪術を駆使しようが、現代社会の技術に勝てるはずがないからな」

「はあ」

 それ、最恐最悪の鬼が言うか。

 時雨は先ほど揺さぶられたのが原因ではない頭痛に襲われる。

「じゃあ、あいつらは俺たちが動くのを待って、姫を奪う計画を実行しているのか?」

 青葉が身を乗り出して訊ねる。

「敵は相当切れ者ってことだな。本庁が一番混乱するタイミングを狙っていやがる。っていうか、お前らだって清浄の姫を奪おうとしていると知って、俺を動かしているんだろうが。情報合戦は随分前から始まっていたはずだろ」

「まあ、そうだけど」

 そう根本的なことを言われると困るんだけど、と青葉も唸る。

「要するに、奴らはこちらの陣営が整う前、それも、混乱している隙を狙いたかったってことだ。清浄の姫を奪おうとしているってだけで本庁は混乱していたのは、俺に依頼してきたことで解る。で、敵はというと、俺という不確定要素が出てきたことで、実行を早めたってところだな。とりあえず、俺と姫の合流を阻まないと大問題だって気づいたわけだ」

 こりゃあ、悠長なことはしてられないぞと蒼鬼は真顔になった。

「頭いいんだな」

 青葉は状況は理解したと頷きつつ、蒼鬼の推理力に舌を巻く。

「じゃあ、すでに敵は」

 月見がヤバい事実に気づき、顔を青ざめる。

「姫の傍にいるんだ。ま、すでに免停もののことをやらかしているんだ。法定速度ガン無視で行くぞ」

 蒼鬼はにやっと笑うと、再びアクセルを踏み込んだのだった。



「蒼鬼の足止めに失敗しました」

「想定の範囲内だ。まあ、少しは到着が遅れるだろう。お前たちもこちらに向かえ」

「はい」

 高速道路での計画失敗の報告を受けた由比は、まあ、そんなもんだろうとスマホをポケットに仕舞う。一先ず、封印を解くまでの間、蒼鬼の介入を防げればそれでいい。

「ここですか」

 後ろに控える榎本は、由比が足を止めた場所、洞窟にいるのかと驚いた。姫と呼ばれているのだから、山の中だとしても神殿くらいは建っているものだと思っていた。

「姫と呼んでいるが、本庁の連中からすれば蒼鬼と同様に厄介なモノでしかないからな。普通の人間にはあり得ない清浄さ。それを世界から隔離するだけでも大変ってことだ」

 封じているんだと由比は断言する。

 実際、洞窟の手前には頑丈な木製のフェンス、その先には注連縄と、何かを封じているのは間違いない外観だ。神社本庁管轄との立札も、ここが良くない場所だという印象を強くする。

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