第5話 攻撃

 鬼が運転ってなんだよ?

 そうツッコミを入れたいところだが、この男自身が人間だったと証言していること、さらには課長の大河内が陰陽師だと言っていたことを合わせて考えると、車の運転も問題ないのだろう。

 時雨の中では様々な疑問が堆積し、怒りに変換されていくが、今は一刻も早く姫の元へ向かうのが最優先だ。

「三年振りでも大丈夫だろ? ほら、今の車って性能がいいし」

 後部座席に座る青葉は、こいつの運転技術だけに頼るのは嫌だとばかりに言う。

「まあ、最新の車だよな。ナビはタッチパネル、高速では手放し運転できる人工知能搭載だ。ほら見ろ、ここの液晶。前の車の走行を認識している証拠だぜ」

 それを受けて、こんな場面じゃなかったら色々と楽しめるのになと、蒼鬼は苦笑している。

 車が好きなのか。というか、三年も隔離されていたのに、今の技術に詳しくないか?

「免許は真面目に取ったのか?」

 蒼鬼が楽しそうに運転するのを横目で見つつ、時雨は思わず確認。こいつが鬼だと忘れそうになる。

「当たり前だろ。免許を取ってから二年しか乗ってないが、無事故無違反の優秀運転者だぞ」

 が、蒼鬼に時雨の微妙な心情は伝わらないのか、そんなことを教えてくれる。

「二年だろ。自慢できることか?」

「仕方ないだろ。その後はあそこにいたんだから」

「ああ、まあ、そうか」

 時雨はまた反応に困り、頭を掻く。

 蒼鬼が二十代なのは間違いない。それで二年しか乗っていないということは、十八ですぐに免許を取ったとして、捕まったのは二十歳の時ということか。

 ってことは、今は二十三歳?

 ますます謎だ。

 この男は捕まるまでの間、何をやっていた?

 いや、何をやらかした?

 あの大量殺人はなんだ?

 また疑問が山のように湧き上がる。

「あのさ。これ、ゴールがすげえ山ん中じゃねえか?」

 そんな時雨に、行き先が恐ろしいことになっているぞと、高速に乗ったところでナビを確認して言う。ルートはすでに大河内が設定しているから、蒼鬼は詳しく知らないまま、このナビ通りに運転しているだけだ。

「清浄の姫はその性質上、街中や人里にいることは出来ないんだ。だから、空気の綺麗な、その身を置くのに相応しい清らかな場所にいる。必然的に山の中になるんだよ」

 ナビ画面を覗き込むまでもなくゴール地点を知っている時雨は、何を今更と説明する。清浄の姫について、詳しく知っているのではないのか。

「はあ。山道の運転とか面倒だな――とか、言っていられなさそうだな」

「えっ」

 急に蒼鬼の声音が真剣なものに代わり、どうしたと顔を上げる。蒼鬼はしきりにバックミラーを気にしていた。

「あれ!」

「お、おいおい」

 後部座席にいた月見と青葉も驚きの声を上げる。時雨も慌てて後ろを確認すると、助手席からなんとロケットランチャーを構えているのが見える。

「マジかよ?」

「お前ら、しっかり掴まれ!」

 蒼鬼が急ハンドルを切って車線変更をすると同時に、向こうがロケットランチャーをぶっ放すのが見えた。

「ちっ」

 さらに車線を変更し、何とかその攻撃を躱す。どんっと、高速道路の壁面が吹き飛ぶのが見えた。しかし、安心する暇もなく、今度は変更した先にいた車が体当たりをしてきた。

「きゃああ!」

「ちっ。いつの間にか敵だらけってか?」

 蒼鬼は巧みにハンドルを操って敵の車を押し返しつつも、どうするよと時雨たちを見る。

 が、まさか到着前に攻撃を仕掛けられると思っていなかった時雨たちは、どうすべきかと戸惑ってしまう。 

 しかも、場所は一般の車両も通行している高速道路上だ。判断を誤れば死傷者を出すことになる。いや、すでに大惨事一歩手前だ。

「ちっ。お前、ハンドルを握っていろ」

「えっ、おいっ」

 戸惑う高校生たちに任していては死ぬ。

 蒼鬼は時雨に無理矢理ハンドルを握らせると、自分は運転席の窓を開けて身を乗り出し、対向車線に向けて発煙筒を投げる。さらには素早く印を組むと

「ノウマク サラバタタギャテイビャク サラバボッケイビャク サラバタタラタ センダマカロシャダ ケンギャキギャキ サラバビギナン ウンタラタ カンマン」

 真言を唱えて後続車両に向けて攻撃した。

「!」

 突然炎が上がり、敵の車が丸焼けになるのがバックミラーに移る。蒼鬼の操る真言は、威力が普通では考えられないほど強力だ。

 しかし、敵はそれで諦めることはなく、しかもまだまだいるようで、別の方向からロケットランチャーの弾が飛んでくる。

「くそっ」

 反射的にハンドルを捻る時雨と、後ろを向いたままアクセルを踏み込んだ蒼鬼のおかげで、何とか弾は避けられた。

 だが、このままでは拙い。

「どうするんだ?」

「こっちが聞きたいね。ここは日本じゃなかったのか? いつの間にかハリウッドに紛れ込んだか?」

「冗談言っている場合か!」

 時雨はこんな場面までふざけているんじゃねえと怒鳴りつつ、しかし、そのおかげで冷静さを取り戻すことが出来た。

「ちっ」

 ともかく高速を進むしかないのか。時雨は運転に集中し始める。

 

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