第4話 特殊能力課本部ビル・大広間

「てめえはもう少し真面目に出来ねえのか」

 時雨はかっとなって蒼鬼に掴みかかろうとしたが

「はいはい、着いたわよ」

 月見にさっと止められた。それで、いつの間にか自分たちが目的の場所まで歩いていたのだと気づく。

「神社本庁特殊能力課本部ビル。蒼鬼がどれだけふざけた奴でも、ここではただの虚勢にしからなねえさ」

 青葉も真面目に取り合うなってと、そう言って笑う。しかし、それに対しても蒼鬼は不真面目に笑い

「はいはい」

 と適当に返事をするだけだった。




 三人と蒼鬼が通されたのは、特殊能力課の総会が開かれることもある大広間だった。

 近代的なビルには似つかわない、まるで京都御所に迷い込んだかのような空間。その上座、一段高く、御簾が下りる場所に端座するのが、特殊能力課課長の大河内おおこうちだ。服装は当然のように束帯冠姿。年齢は三十代半ばだ。

「時代錯誤だな」

「お前の存在だって時代錯誤だよ」

 からかうように言う蒼鬼に、時雨は苦々しくなりながら注意する。

 そんな二人の小声の会話を無視して

「蒼鬼。今回、特別に解放された理由は聞いているな」

 大河内はそう切り出した。

「ああ。俺に頼るなんて、あんたらにとっては屈辱的だろうなあ」

 そんな大河内に対し、蒼鬼は相変わらずふざけた口調で言う。いや、時雨たちを相手にしている時よりも挑発的だった。

「口を慎め」

「そうだ。貴様は陰陽師の恥だ」

 その挑発に注意したのは、大河内ではなく、御簾の外に控える各都道府県の陰陽師を束ねる長たちだ。四十七人も並んでいると、その圧迫感はすさまじい。

「正月以外に見たことない光景だよな」

 鋭い眼差しを向けられているのは蒼鬼だというのに、後ろにいる青葉は思わず首を竦めてしまう。

 それだけ、蒼鬼を警戒している証拠だ。何か起こった時に対処できるよう、今回特別に招集されたのだ。任務にあたるのは時雨たち三人だが、蒼鬼が暴走した場合には心許ないとの判断だろう。最恐最悪の名は伊達ではない。

「静まれ。あの男の軽口に反応するな」

 大河内がざわつく長たちを諫める。その声は決して大きなものではなかったが、大広間に凛と響いた。それに、長たちはしまったという調子で口をつぐむ。

「ははっ。面白いね」

 その様子を、蒼鬼はまた挑発するように笑う。何人かが蒼鬼を睨んだが、今度は誰も口を開かなかった。代わりに大河内はふっと微笑むと

「陰陽師としての主の才、それを疑うことはない。たとえ名を封じられ、鬼に堕とされようとな」

 平然とそう口にした。

 これには、僅かに蒼鬼の顔が強張った。しかし、それもほんの一瞬で

「お前らが勝手にあれこれ言っているだけだ」

 そう切り返す。

 だが、平然としていられないのが、この話を聞いている三人だ。

 蒼鬼が陰陽師。一体どういうことだ?

「勝手ではない。お前のその身勝手さが総ての原因だろう」

 しかし、詳しい事情は開陳されず、大河内の厳しい声が断罪する。声を荒げているわけではないのに、まるで刃のように鋭い声音だ。

 さすがは言霊を自由自在に操ると言われるだけのことはある。課長の座に就く者に相応しい能力を、声だけで感じさせる。時雨はごくりと唾を飲み込んでいた。

「はっ。それはお前らの主観だろ」

 だが、それだけの圧をもった声にも、蒼鬼は動じることはなかった。それどころか、もう慣れたとばかりに笑っている。

 そこからしばし、沈黙が流れた。互いに探るように視線を合わせていたが、先に口を開いたのは大河内だ。

「……閉じ込められてもなお、貴様は鬼として生きることを選ぶというわけだな。まあいい。ここまで素直に来ただけマシか」

「……」

 その評価は不快だと蒼鬼は顔を顰めて時雨を見たが、時雨は前を向けよと睨み返す。

「姫の御座す場所へ迎え。そして、安全な場所へとお連れするのだ。今いらっしゃる場所はすでに敵方にバレている。早急に、かつ安全に移動させねばならん。蒼鬼、貴様のその余りある力に期待しているぞ」

 どこまでも不真面目な蒼鬼に向け、大河内はそう告げる。それに蒼鬼は肩を竦めて答えるだけだ。

「今回の態度次第では、処罰を若干軽いものに変えることもある。真面目にやれ」

 それに対し、大河内はどこまでも淡々に、さらには恩赦として減刑する可能性があることを告げるのだった。



「一つ、聞きたいことがある」

「なんだ?」

「姫様のいるところまで車で向かうのはまあ、妥当だ。だがな。三年もの間、娑婆しゃばにいなかった奴に運転させるってのは、どういう了見だ?」

「それは俺も聞きたい」

 そう言って時雨は助手席で項垂れた。

 当然、ハンドルを握っているのは蒼鬼だ。だから、この文句は正当で、しかもこっちだって同じことを特殊能力課に聞きたい気分である。

 しかし、今回の任務を命じられている三人は高校生。当然、車の免許は持っていない。そして、驚いたことに蒼鬼は車の免許を持っていた。いや、かつて持っていたらしい。それを特殊任務課があれこれ手を回し、この男の免許を復活させたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る