第3話 複雑

「由比様。本庁の奴らからすると、姫が眠りから覚めることのほうが、蒼鬼よりも厄介だと考えているということですか?」

 缶コーヒーを飲む由比に、榎本はどうしてなのかと訊ねる。榎本の感覚からすると、殺戮を繰り返す蒼鬼ほど厄介なものはないと感じるのだ。

「そのとおりだよ。姫は厄介なんだ」

「何故ですか? 蒼鬼はまさに災厄。一方、姫は清らかなる存在なのでしょう。どうして厄介なのですか?」

 納得できずにさらに訊ねると、由比は面倒臭そうながらも榎本を見た。

「単純に考えると、確かに姫にはなんの問題もないように思える。しかし、人間は清すぎる空間では生きていけないんだよ。川や海と同じだ。雑多なものが入り混じっているからこそ、人間は自分の醜い感情とも折り合いをつけ、呪うことはない。だが、周囲が清らかになると、その醜さが浮き彫りになる」

「なるほど。だからこそ、我らの計画には、姫が必要だというわけですね」

「ああ。呪いを蔓延させるためにね。皮肉なものだろ? 姫が清らかであればあるほど、人間はどんどん醜くなるのさ」

 くくっと笑い、それから、蒼鬼は我らと同じなのだよと付け足した。

「蒼鬼が、ですか。まあ、確かに奴は呪いの使い手。そう考えると、あの鬼を我らの仲間に引き込むのがいいのではないですか?」

 榎本はいい手駒になるのではと由比を見るが、由比は真剣な眼差しでそれを否定した。斜の構えた態度もなりを潜め、どこまでも真剣になる。

「それは出来ない」

「出来ない」

「ああ。あれは生半可な呪力で手を出していい代物ではない。まさに鬼だ。仲間を持つことなどない、孤高の存在。よって、我らと手を組むことはなく、逆に滅ぼされることになる。あれは封じておくのが一番だ」

「由比様をもってしても、ですか」

「残念ながらね」

 その真剣な、絶対に変えられない意見だという態度に、蒼鬼の恐ろしさを改めて実感した榎本だった。




「ふあああ。相変わらず、街中ってのは人間だらけで騒がしいな」

 その頃。敵すらも恐れさせる鬼は、スーツに着替えさせられて呑気に街中を歩いていた。その姿は不良高校生、もしくはやくざ、あるいはホストのように見える。

「誰だよ、あの格好を選んだ奴」

「課長」

「文句言い難いな」

 そんな蒼鬼と一緒に歩かなければならない、高校生三人は複雑な顔だ。思わず距離を取りたくなるが、監視役でもあるため目を離せない。青葉はスーツを支給した神社本庁特殊能力課の課長の顔を思い浮かべ、やれやれと首を横に振るしかない。

 さて、どうして蒼鬼がのんびりと徒歩で移動中かというと、それまで封印されていたことにより、気に対して敏感になっていて、そのままでは使い物にならないという理由からだ。要するに、現世の気配に順応中というわけである。

 しかし、昼間の街中を歩くには、蒼鬼の姿は目立つ。封印の間では座っていて気づかなかったが、この男、身長が一八〇もあるのだ。しかも腰まであるロン毛。髪を綺麗に結い直したところで、やはり、スーツを着ていると堅気の人間には見えない。今もちらちらと、すれ違う人が振り返っている。

「あんなのには、ダサいジャージでも着せておけばいいんだ」

 しばらく我慢していた時雨だが、思わずそう文句を言ってしまう。それに蒼鬼はちらっと振り向くと

「ジャージだと走りやすいからだろ?」

 逃走防止だってとからかう。

「本気で逃走防止するならば、着ぐるみでも着せりゃあいいのに」

 時雨は悔し紛れにそう言ったが、蒼鬼は面白そうだなと笑うだけだ。この男に言葉でダメージを負わせるのは難しい。

「それにしても」

 一通り時雨をからかって楽しんだ蒼鬼は、街中をぐるりと見渡す。

「どうした?」

「三年経っても、あんまり変わらねえもんだな」

「――へえ」

 久々の外ではしゃいでいるのか? 時雨はじっと蒼鬼の顔を見るが、その表情から読み取れるものはなかった。

 ただ、三年、あの薄暗い封印の間で、身動きも取れずに独りいたのかと、時雨は実感する。それは相手が鬼とはいえ、どういう気分だっただろう。もしも外見どおりの年齢だとすれば、自分と変わらない頃に監禁されたことになる。

「人間も減ってないな」

 思わず同情しそうになった時雨だが、次の言葉で考えを改める。やはり鬼だ。

「はっ。人間にはさっさと滅んでほしいってか」

 こいつは大量殺人犯だ。時雨はぎっと睨み付けるが、蒼鬼はへらっと笑うのみ。

「別にどっちでもいい」

「なんだと?」

「俺には関係ないもん。もう、人間じゃねえからな」

「えっ」

 もう人間じゃない?

 それはまるで、以前は人間だったかのような言い方だ。

 聞き間違えかと思わず蒼鬼の顔を覗き込むが

「まあ、本庁の連中にはさっさといなくなってほしいよな。ああ、でも、今は三食食えて何もしなくてよくて、ちょっと不便だけど快適に暮らしているんだった。悩ましいねえ」

 相変わらずの調子でからかってくる。

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