第2話 交錯する思惑

「おい! なんで上から目線に言ってくれてんだ。お前に依頼を断る権利なんてねえだろ。処刑されていないだけマシだって解ってんのか?」

 それまで蒼鬼のペースに飲まれていた青葉だったが、はっと気づいて反論する。しかし、それにも蒼鬼は笑い

「処刑できないの間違いだろ」

 しれっと訂正してきた。

「なんだと!」

「あんたも挑発されてんじゃん」

 かっとなる青葉に、月見は呆れた目を向けた。それから余裕の笑みを浮かべる蒼鬼を見ると

「あなたの魂を完全に滅する方法が、今のところないというだけです。その方法は現在進行形で研究されています。いずれ、処刑が行われることでしょう」

 感情を廃した声で告げた。

 蒼鬼に対して、神社本庁は完全な消滅を望んでいる。御霊として祀ることもなく、その魂の欠片さえ残させないつもりだ。もちろん、そんな方法は過去に前例がなく、今のところ、研究中というわけだ。しかし、それだけ本気で、この鬼を消そうと躍起になっている。

 それに対し、蒼鬼は肩を竦めると

「完全に滅するねえ。そこまで俺を畏れるのか?」

 今までとは違う、凄絶な笑みを浮かべた。目もそれまでとは違い、獰猛な色へと変わる。

 その瞬間、三人はぎゅっと心臓を掴まれたかのような気分だった。

(これが、最恐最悪と言われる蒼鬼)

 ごくりと、時雨は唾を飲み込んだ。そして、時雨の中にあったある疑惑が、その顔を見て確信に変わる。

(こいつだ。間違いない)

 燃え盛る炎に包まれる神社。

 その足元に転がる無数の死体。

 それらの中心にいて、笑みを浮かべていた男。

 知らず、ぎゅっと拳を握っていた。

 それに気づいた蒼鬼は、おやっと目を見開いたが、三人が気づく前に元の笑みに戻すことで、気づかせなかった。

「悪い悪い。これからは一応、仲間になるんだったよな。脅かしすぎたか」

 ついでに冗談を飛ばし、三人の意識を現在に引き戻してやる。

「そ、そうだ。姫様の護送には、お前のその桁外れの力が必要だ。封印の限定解除に移る」

 時雨ははっとし、今はまだ我慢だと自分に言い聞かせる。

「限定解除ね」

 蒼鬼はそれにも嘲笑うような笑みを浮かべるだけだ。お手並み拝見というところか。

「俺たちの命令に逆らえば、貴様の身体が無事ではすまんぞ」

 それに対し、時雨は受けて立つように告げていた。




「神社本庁に動きがありました。奴ら、蒼鬼を利用するつもりです」

 反神社本庁派閥の本拠地ビル。そこで行われていた会議の最中、そんな報告がもたらされた。当然、会議室は騒がしくなる。

「蒼鬼だと」

「厄介な」

「外に出すなど狂気の沙汰だ」

 そんな意見が多数だ。能力があるゆえに、蒼鬼の強さは嫌というほど知っている。どう利用するつもりか解らないが、楽観視できないということだろう。

「静まれ。慌てるな。どうせあいつらが蒼鬼を自由にするはずがない。外に出したところで、頑強な首輪をつけ忘れるはずがない。いたところで、少々強い陰陽師が増えた程度だ」

 そんな会議室に、別に怒鳴ったわけでもないのに、よく通る声がそう告げた。

 声の主は高校生だ。

 不真面目に着た制服、だらっとした態度で椅子に座る様子は、ただの不良高校生だ。しかし、その目の鋭さは、一般的な高校生にはないものである。ついでに、その整った顔は、集った大人たちを黙らせるだけの圧を持っていた。

由比ゆい様」

 この報告を持ってきた榎本涼音えのもとすずねは、驚いたように少年に声を掛ける。

「蒼鬼は脅威になり得ない」

 そんな涼音に、由比は余裕の笑みを浮かべた。それに、会議室にはほっとした空気が流れる。

 そう、彼こそ本庁に反旗を翻した陰陽師たちのリーダーだ。その力は誰よりも強く、蒼鬼に匹敵するのではと目されている。

「しかし由比様」

「油断はなりませんぞ。あれほど厄介な鬼、記紀神話にも載っておりません。完全に封じる方法が解らぬ存在ですぞ」

 が、やはり楽観視は出来ないと、幹部級の二人、川原かわはらミズチという通称を持つ二十代の男と横瀬翁よこせおうと呼ばれる顎髭が特徴的な七十代の老人が由比に詰め寄った。

「油断できないのは、限定的とはいえ蒼鬼を外に出そうとしている本庁の連中だろ」

「そ、それはそうですが」

「万が一にも、奴が自由になったら」

「その時は鬼退治だ。それだけだよ。戦いが一時休戦になるくらいの影響しかない」

 それに対し、由比はどこまでの冷静だ。

「さすがは由比様です」

 由比に絶対的信頼を置く榎本が笑顔になって頷く。二十二歳の彼女は、由比に忠誠を誓っていると言ってもいい。

「だが、考えなければならないことが増えたのも事実だ。こちらの目的がバレたというのは疑いようがないだろう。しかし、そこにどうして蒼鬼を投入しようと考えたのか。あれだけ毛嫌いする鬼を、限定的とはいえ自由にしてまですることはあるのか?」

 由比の言葉に、川原と横瀬翁は腕を組む。確かにこれは由々しき問題を孕んでいそうだ。

「計画がバレているだと」

「どこまでもふざけた奴らだ」

 会議室の中にも、本庁への不満がさざ波のように広がっていく。

 そんな動揺する会議室をつまらなそうに見ながら、由比はテーブルにあった缶コーヒーを手にした。

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