蒼鬼と清浄の姫

渋川宙

第1話 封印の間の鬼

 神社本庁が所有する、東京のうしとらの方角にあるとあるビル。ここには封印の間と呼ばれるものがあった。

 地下三階、そこにある厳重に封じられた扉、数々の呪符、そして結界を示す注連縄しめなわが、その名に嘘偽りがないことを伝えてくる。

 そんな厳めしい扉の前に今、三人の高校生がいた。

「ここあの鬼が」

 声に僅かな恐怖を滲ませて呟くのは、セーラ服姿にポニーテールの、仕事上の名前は月見つきみという少女だ。

「ああ」

 それに短く答えるのは、ブレザーの制服を着る少年。真面目な雰囲気だというのに、どこか好戦的な気配がある彼の仕事上の名前は時雨しぐれ

「お前ら、気を抜くなよ」

 そんな緊張する二人を気遣うように、冗談めかして言うのは、時雨と同じブレザーの制服を着る少年、青葉あおばだ。

「ほう。珍しい」

 そんな三人の気配を、封印の間の内部に閉じ込められたモノは感じ取って笑った。だから、封印が解かれ扉が開かれると同時に

「やあ、皆さん」

 と声を掛けていた。

「っつ」

 一方、声を掛けられた三人は固まってしまう。

 ここに、最恐最悪の鬼が封じられていることは知っている。蒼鬼あおおにと名付けられたその鬼が、見た目は人間の男と変わらないことも知っている。だが、挨拶してくるなんて予想できない。

 しかも、廊下から差し込む光で見えたその鬼が、白い着物と袴姿で、両手両足を荒縄できっちりといましめられているというのも、異様な緊張感を生んだ。

 部屋に備え付けられた椅子に座っている。顔は長い前髪のせいでよく見えないが、整った顔立ちだろうことは、そのすっと通った鼻筋から想像できた。髪は全体的にも長く、腰くらいの長さがある。それが、後ろで一つに纏められているのだが、緩んだのか、ぼさぼさとしていた。

 年は二十代前半だろうか。時雨たちよりも少し上の印象だ。そんな蒼鬼は、にやりと口を歪めて笑うと

「わざわざ封印されている鬼に、何の用かな?」

 そう問うてきた。

 しかし、三人はまだ鬼の雰囲気に飲まれて答えられなかった。

「おいおい。お前らは俺に会うことが出来るほどの、神社本庁指折りの陰陽師だろ。しかもこっちはこの通り、身動きが取れない。ビビってないで、さっさと用件を言ったらどうだ?」

 蒼鬼の挑発するような言葉に、ようやく時雨は動くことが出来た。二人に向けて自分が行くと目で合図すると、一歩、蒼鬼に近付いた。それでも、まだ封印の間に入る勇気はない。

「用件は一つだ。姫様の護送。それを手伝え」

 だが、何とか高圧的な態度を崩さないように、そう乱暴に告げた。

「姫様?」

 それに蒼鬼は何だっけと首を傾げたが

「ああ。俺と対極のような存在の『清浄の姫』か」

 と、何を護送するかは理解したようだった。しかし、すぐに眉間に皺を寄せると

「そいつの護送とはどういうことだ? たしか、姫は俺と同様に封じられているはずだろう」

 そう訊ねてきた。

 その理知的な様子に安心した月見が

「姫様は封じられているわけではありません。お眠りになられているだけです」

 やんわり訂正した。

「ははっ。物は言いようだな。まあいい。それで? 姫様の護送だっけ。なんでだ? わざわざ眠り姫を起こすようなことはしなくていいだろ? しかも、わざわざ苦労してこうやって封じた鬼の手を借りてやることなのか?」

 小馬鹿にしたような笑みを浮かべて、蒼鬼は問う。

 その態度にむっとしたものの

「そんな厄介なあんたが封じられたことで、困ったことが起きた。前々から神社本庁のやり方に反発していた陰陽師、呪術師たちが明確に反旗を翻したんだよ。そして、姫様の悪用を企てている」

 青葉がお前のせいだからなと責任転嫁する。しかし、そんな青葉の態度は蒼鬼の笑いを誘っただけだった。

「へえ。そいつは面白いねえ。明確な敵がいなくなったら、陰陽師同士で内輪揉めか。そりゃあ傑作だ。尤も、俺も敵だったのかな」

 さらにはそんなことまで言ってくる。

「黙れ、鬼! 貴様は許されない存在だ!!」

 そんな蒼鬼の態度に、ついに我慢の限界に達した時雨が怒鳴る。さらには殴り掛かろうとするので、慌てて月見と青葉が止める羽目になった。

「ちょっと。挑発に乗っちゃ駄目でしょ。この鬼の常套手段じゃない」

「そうだぞ。お前、真面目そうな見た目に反して、けんかっ早いよな」

「ぐっ」

 月見と青葉の言い分に、時雨はむっとしたが、ぐぐっと怒りを堪えた。そうだ、相手を挑発するのはこいつのやり口だ。

 と、そんな三人の様子を見ていた蒼鬼が、いきなり爆笑し始めた。

「……」

 げらげらと笑う鬼に、三人は固まってしまう。

 そもそも、笑うという感情を鬼が持っていたことに驚きだ。

「あー。久々に笑った。適当に追い返してやろうかと思ったが、いいぞ。お前らの言うことを聞いてやるよ」

 しかも、これらの一連の出来事を、鬼は気に入ったらしい。首を振って長い前髪を退けると、真っすぐな目でこちらを見た。

 それは鬼と呼ぶには相応しくない、澄んだ目だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る