第18話代替わりの儀式
『剣を構えるがいい』と、そう言われたアルフは、戸惑った気持ちのまま、商人ライルにあつらえてもらった革袋から、おばばの夫のものと言われる剣を引き抜いた。
そういえば、おばばの夫も聖木の守護者だったと言っていたな、彼は思い出して、手にした剣を眺めた。
この剣も、先の森の王の血を浴びているのだろう、そして、次代の王に
複雑な気持ちで、アルフは剣を構え、老人を見た。
風が吹いて来たのか、聖木はザワザワと枝を揺すって、激しい葉ずれの音を響かせた。
アルフが持っている重い剣の先が、風に
「まだ、覚悟が決まらぬか」
老人が含み笑いをした。
「わしは、どうでもいいんだ。死ぬまでここに縛り付けられる運命だからな。ま、そろそろ、それにも飽きてきた頃だ。ここで解放されるのも良い」
老人は言って、剣先をアルフの顔の前に突き出した。
アルフは、老人の剣を見て、内心首をかしげた。幅の広い両刃の大剣だったが、どう見ても手入れがされているようには見えなかった。
赤茶けた錆が、全体に
これで切ったら、相手を傷つける前に、剣の方が壊れてしまうのではないかと、心配してしまうほどだった。
「それで戦うのか?」
アルフが聞いた。
「当然だろう、長年の相棒だ」
「しかし……」
「うるさい!」
焦れた老人は、錆びた剣を大きく振り回して、剣を構えているアルフの腕の横から、胴を薙いだ。
突然攻撃された衝撃で、アルフは二、三歩後へ下がった。
だが、彼の胴に当たったのは刃ではなく、剣身の平らな部分だった。そのため胴が切られることはなく、打撲による痛みがあっただけだった。
老人は剣を振り回した重みで、体のバランスを崩し、ふらつきながら体を回して止まった。
それから、耳を澄ますような、首を傾げる動作をしてから、なんとか振り向いて、再び剣を振り上げた。だが、しかし、刃先はアルフの方へは向いていなかった。
「これは……」
アルフは、意外な老人の動きに、どう考えたらいいのかわからずにいた。
これまで何人かの挑戦者を避けてきたはずの、森の王が相手なのだ、もっと激しい戦いになると予想していたのだが。
これでは、いくら戦いが素人の彼でも、見ていて気の毒になるほどの動きだった。
「どこにいる、かかって来い、わしを殺せ! 殺してくれ!!」
老人が叫んだ。首をせわしなくうごかして、アルフの居場所を探しているように見えた。
「もしかして、見えていないのか?」
アルフが言うと、老人は笑った。声のする方に顔を動かして、彼の方に向き直った。
その目には、もはや先ほどの威圧感はなかった。見開いた目からは、ギラギラと、狂気じみた妄執のようなものが読み取れた。
「そうだとしたら?」
老人はなおも笑いながら、アルフの方へ歩み寄り、持っていた剣を地面に落とした。
何をするのかと、問ういとまもなく、老人は、アルフが構えている剣を、両手で探るようにして掴んだ。
そして、指が切れて血が地面にしたたり落ちるのも構わずに、剣先を自分に引き寄せた。
「やめろ!!」
アルフが叫ぶが、剣を引こうとすると、さらに老人の指を切ってしまうことになる。
動けないでいると、老人は、ふうと息を吐いた。
「おまえがやれないなら、自分でやる」
老人は、アルフの剣先を自分の首に当てると、グッと彼の方に身を倒した。
「ようやく……」
アルフが言葉も出ないでいでいるうちに、彼の刃は老人の首を貫いた。
「うあ、あああああ」
アルフは悲鳴にもならない声を発して、剣を手から離した。そして、倒れてくる老人の、血にまみれた体を受けとめた。
老人は絶命していた。
まさか、代替わりの儀式が、こんな凄惨な場だとは、アルフは考えてもいなかった。
なぜ、老人が自ら死を望んだのかはわからなかった。
アルフが戦おうとしなかったせいなのか、彼は考えてみたが、納得行く答えは得られなかった。
アルフは老人の体を抱えたまま、足の力が抜けて、その場に座り込んだ。
赤錆のような、生臭い血の臭いが、彼のまわりに充満していたが、そんなことを気にかける余裕はなかった。
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