第17話ナームの丘
ローブの男たちと別れた後、明け方までその場で仮眠を取り、アルフはまた丘を目指して歩きはじめた。
ローブの男が言った通り、突き当たりを左に折れると、上り坂になった。
細い土の道は、らせん状に丘のまわりを巡っているらしく、歩いて行くと、少ずつ上っているように感じられた。
あたりは足首ほどの短い草が生えていて、まばらに木も生えていたが、視界が遮られるほどではなかった。
あたりが明るくなってくると、まわりの景色が眺められるようになった。
と言っても、ほとんどの景色が、遙か先まで森の木があるだけだった。別の方向には、広い草地もあって、はるか遠くに、畑や民家らしいものが、疎らに見えた。
ナームの丘と呼ばれているこの丘は、丘と聞いて、彼が持っていた感覚よりも、だいぶ高いように感じた。
ぐるぐる回りながら上っているせいだろうか、途中で何度か休憩を取りながら歩いて、ようやく頂上までたどり着いたのは、およそ正午を過ぎていた。
頂上は平らで、ちょうど円錐形の頭頂部を切り取ったように丸く、地面は芝のような柔らかい草が生えていた。
広い敷地の周囲は、蔓草を編んだような垣根で囲まれていて、上がって来た道以外の道は、無いようだった。
中央には、上を向いても、てっぺんが見えないほど高い木が、空を
幹の太さは、大柄な彼三人が両手を広げて、やっと囲めるほどもあるだろうか、ごつごつした樹皮が不気味なほどに、威圧を持って迫ってくるように感じた。
空は晴れ渡っていて、少し暑いくらいだったが、丘の上を過ぎる風が、心地よく、大樹が作り出す木陰には、木漏れ日のやさしい光が満ちていた。
アルフは木の前に立って、圧倒されるような圧迫感と、包み込まれるような安心感とを、同時に感じていた。
これが聖木と言われる所以だろうか。何か想像もできないほどの、大きな意志を持っているようにも感じられた。
こうして、聖木までたどりついたものの、おばばが言っていた、森の王になるための儀式とは、何をすればいいのかわからずに、アルフはしばらくの間、ただ木を見上げていた。
「森の民か? 供物は置いて行ったばかりだが」
声がして、アルフが視線を向けると、聖木の太い幹の影から、人の姿が現れた。
老人だった。肩にかかるほどの白髪に、頬から顎にかけては、髪と同じく、白く長いヒゲに覆われていた。
首の部分をくり抜いて、両脇を止めただけの布を纏い、腰のあたりに、蔓を編んだような紐を巻いていた。
痩せてはいたが、弱々しい感じではなく、何よりも目つきが鋭かった。
白髪の老人は、アルフを認めると、歩みを止めて彼を睨みつけた。
「誰だ」
「ここへ来れば罪が許されると聞いた」
アルフは老人の威圧に、少したじろぎながら答えた。
「ああ、なるほど。ここは森の民の聖地だが、世間の奴らにとっては、禁忌の地だからな。許されるというより、彼らはここへは来ない」
老人は皮肉な笑いをもらした。
「ここへ駆け込んでくるのは、みな逃げ出した犯罪者か、犯罪奴隷だ。わしもそうだったし、お前もそうなんだろう」
聞かれて、アルフはうなずいた。
「そうだ」
「誰も手出しができなくなる代わりに、聖木の守護者である森の王になると、以後死ぬまでここに縛られる。囲いの外に出ると死ぬ」
「ここでの暮らしはどうなっている? 住まいは、食料は」
アルフが聞いた。
「必要な物は、森の民が十日に一度、供物として運んでくれる。住まいは、この敷地の奥に、狭いが小屋がある」
「なるほど」
「で、どうする。森の王になりたいのか」
老人が、後ろ手に持っていた剣をアルフに見せて言った。
「森の王は、二人はいらぬ。なりたいのなら、わしを殺せ」
「なんだって」
アルフが驚いて叫ぶと、老人は笑った。
「それが、代替わりの儀式よ。わしも若い頃、先代を殺して森の王になった。そして、たまに現れる挑戦者を殺し続けて、この歳まで来た。だが、こうして生きるのにも飽きた。もうそろそろ潮時だろう」
「まさか、そんな儀式だったとは……」
アルフはすでに、領主の兵を殺していたが、それは咄嗟に、ミリアを奪われるという理由あってのことだった。
だが、まさか、何の恨みもない老人を殺すなどと、できるはずはないと思われた。
「深く悩むことはない。もしかすると、わしが勝って、お前が死ぬかもしれぬ」
老人は達観したように言葉を続けた。
「代替わりは、森にとっても必要なことだ。古い木は朽ちて、新しい若木に引き継がれる。同じように、森の王の力も入れ替わる。そうやって聖木の恵みが森に満ちるのだ」
老人は、剣を構えた。
「お前も、そこに剣を携えているのだろう。覚悟を決めろ。剣を構えるがいい」
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