第32話 監察
「リカルドには騎士団の下働きに入ってもらおうと思います。出来れば従者として入り込めないかと思ったのですが、さすがにそこまでの身分を作るには時間が足りませんで」
「というと、兄の」
「そう。ご懸念のアルベルト様の動向を探らせたいと思っています。ただし、内情について我々にはまだはっきりしないところもあるので、少し情報を整理しておこうと思ったのです」
そういってブガーロ親方は、先にある小さな天幕に入るように言った。
中には小ぶりのテーブルと人数分の椅子が置いてある。テーブルの上には飲み物まで用意されていた。
「いいのですか。その勝手にテントを」
「あぁ、いいのです。ここの団長は旧知、というよりは実は私の叔父なのです」と親方はこともなげに言った。
―――さて。
腰を落ち着けると、さっそくブガーロ親方が口を開く。
「まずなのですが、ピッポ様が修道僧となるべく城を出られた後なのですが、現在アルベルト様はほとんど城内にはおられないとか」
「えぇ、今はほとんど場外にある騎士団の駐屯地の宿舎にいるようです。家族の食事にも今は顔を出していません」
アニータから聞いているのであろうブガーロ親方は、良く状況を知っている。
「そもそもなのですが、アルベルト様は騎士団ではどういう立ち位置なのでしょう。当然ながら騎士ではないのですよね」
ジーノは深く頷く。
アルベルトは騎士ではない。騎士は王侯に忠誠を誓い騎士となるもので、本来はアルベルトは忠誠を誓われる側なのだ。王族でも騎士となることはあるが、多くは次男や三男が結果として、父親に騎士として忠誠を誓うという形になる。少なくとも長子であるアルベルトはそうはなっていない。
「今、アルベルトは準侯爵という建付けにいます。ものすごく簡単に言えば父の代理の立ち位置ですね。父アルフレッドに何かあった際には、準侯爵アルベルトが侯爵位を引き継ぐというところです」
「なるほど。騎士団とのかかわりはについてはいかがでしょう」
「父の名代として騎士団を切り盛りする立ち位置です。今はたしか監察という立ち位置だったはずで」
「監察とはなんでしょう」
「騎士の忠誠は父アルフレッドに捧げられます。父の命令によって騎士は動くのですが、ただ父には父の仕事、つまり行政もあるので、騎士団の管理の仕事を切りだして、アルベルトに預けたという意味合いになります。騎士団長ではないのですが、騎士団が父の意向に沿っているかを監督すると言った程度の意味になるはずです」
ブガーロ親方は、ふむと腕を組んで軽く頷く。
「なるほど。だとするとロッセリーニ領の軍事組織は、基本的にはアルベルト様に握られていると言うことになるでしょうか」
どうだろう、とジーノも思う。
「確かに過言ではない気もします。が、騎士団のすべてがアルベルトの思い通りにはならないですよ。そのための騎士団長です。個々の騎士は父に忠誠を誓うものですが、組織としては騎士団長が長になります。アルベルトが父に反旗を翻したとして、武力として騎士団を使うには、騎士団長を説得する必要があります」
「アンニバーレ団長ですな」
「そうですね。アンニバーレ・ヴォーリオ団長。あの方と父の関係性という事にもなるのですが、まぁ……」
親方が再度頷いて言う。
「騎士の中の騎士ですか。確かにそういう評判をお聞きします。アルベルト様がそうしたくともアンニバーレ様が止めるであろうという訳ですな」
「ありえるでしょうか」とジーノは聞く。つまり子が父を弑逆するという事があるだろうか。
ブガーロ親方は冷淡な調子で「ないとは言えませんな」と答えた。
「フランク王国の話を聞くにつけ、そう言ったことはあると聞きます。王侯の方の気持ちは分かりかねますが、あるのでしょうな」
「ところで、騎士団の駐屯は壁外の野営地だとか」
「えぇ。まぁそう城から遠いわけではありませんが。騎士は基本的には駐屯地です」
「駐屯地から白に向かう道には、橋を渡らなくてなならないですね」と親方は強調していった。
確かに騎士団の駐屯地から城に向かう道には、アルフレッド領を流れる川を渡る必要がある。高低差のある地形になっているため、高い橋が架かっている。
「―――親方。本気であり得ると」
ブガーロ親方は悲し気に頷いた。
「私はアルベルト様が騎士団を率いてお父上に手向かう事を恐れています。必要であれば、橋を落とすべきだと思うくらいです」
「なぜそこまで。そこまで父に恩義があるわけでも」
「えぇ、御子息の前で言い辛い話ですが、そこまでの恩義をアルフレッド・ロッセリーニ様に感じているわけではありません」
親方は口元を少し緩めて言った。
「私共は盗賊なのです。盗賊は平和でないとなり立たないのですな。市井が荒れ、略奪が行われるような世の中になれば、だれもかれもがにわかに盗賊紛いの事をします。もっと乱暴な事も。そうなれば盗賊であった者はどうなるでしょう」
親方は軽く溜息を付いて続ける。
「そう、まぁ普通の人と変わらぬという事になるのです。私共の有用性は失われます。ですので、私はロッセリーニ領の安寧を、実は誰よりも祈っているのです」
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