第4話 失神
勢いをつけて外に飛び出したのだが、勢い余って外のテーブルで宴を繰り広げていた一団の中に思いっきり突っ込んでしまう。娼婦を侍らせて、隙あらば口説き文句の一つもかましてやろうとしている中年のおっさんの頭を思いっきり蹴飛ばしてしまい、「本当にすいません。すいません。申し訳ない」と言いながら、通り抜けようとする。
足を盛られていたパスタに突っ込でしまって本当に申し訳ない。あぁ後から追いかけてきますよね。そりゃそうだ。女性の方々が大声で悲鳴を上げているのを聞きながら、さりげなく通り抜けようとするが、どう見てもうまくは出来なかった。
気が付いたらテーブルの上の小さな堅いリンゴまで握り込んでいた。
借金取りに加えて、飲んでいたおっさんにまで追いかけられ始めて、大変恐ろしい。中世のたしなみなのか棒やらトンカチを手に追いかけてくるので、兎に角逃げ出さねばと石畳の角を廻って姿を消そうとしたが、おっさんの意外なスピードに負けて上手く姿を消せない。
追いかけてくるそのおっさんを追いかけて、借金取りが付いてくるという関係になり、周りに立てかけてあるようなものを倒しながらとにかく裏道を選んで走った。
仲良く手を繋いでいる男女の合間を抜け、千鳥足のおっさんの脇を抜け進む。罵声を浴びながらも城郭目指して進むが、どうにも追手を引き離せない。
「畜生、窓から出るんじゃなかったな」と後悔もしながら、たまたま目に入ったハシゴを手に取って袋小路に向かった。袋小路の突き当りにハシゴを掛けて、自分だけその先に行ってしまう。そしてそのハシゴを引き上げてしまえという作戦である。
突き当りに差し掛かり手際よく壁にハシゴを立て、駆け上がる。2メートルほどの壁を上手く這い上がって、幅20センチほどの壁の上にうまい事立つ事が出来た。
ハシゴを掴み、思いっきり引き上げたのだが、勢い余って足を滑らせてしまう。あぁやっちまった。壁から片足が完全に外れて、自分の体が宙に浮いたのがはっきりと分かった。ヒヤリとしながら受け身を取ろうとした。が、ごくごく当たり前の大学生にはそんな芸は持ち合わせてなく、ついには思いっきり頭を打ち付けてしまって、すっと意識を失ってしまった。
そしてうっすらと目を開けると、本の背表紙が目に入った。目を開ける前に、まず本の少し据えたような匂いがしたので驚くことはなかった。本棚に手を掛けて立ち上がる。ただ、後頭部がひどく傷んだので思わずよろめくと、すっと肩を支えられた。こちらも予想通り、ルイスさんの笑った顔が見えた。
「佐藤素一。再び会いましたね。喜ばしい限り」
「どこがですか」
思わず悪態が飛び出た。
しっかりと立ち上がると、はやりここは図書館だった。いや、見知ったような図書館という施設の形ではないが、どう考えても図書館だった。まず呆れかえるほど本が溢れており、ついでに言えば、だれも喋っていない。無限の階層からなり立った奇妙な図書館だった。
「その一体。何がどうなっているのか。」
何がどうなっているのかさっぱりわからない。ルイスは手に持っていた本を閉じて、口元に微笑みを浮かべた。
「奇妙な話ですね。佐藤素一。ここへ何度も来るような人間はいないはずなのですが。ただ、どうやら頭を強く打ったようですね。気を失ったのかもしれません。」
「その、ルイスさんでしたけ? すいませんが一体何が…どうなって」
「解りますよ、素一。実際は私も戸惑っているのです」
ルイスは全くそんなそぶりを見せずに言った。
「少し同僚に聞いてみまして、素一の状態を聞いてみたのです。どうも縁が出来てしまったようなので」
「縁?」
「その通り。あなたが図書館に来るたびに私の前に現れるのは、まさしく縁があるからとされているようです。あなたの母国の言葉でいう『袖振り合うも他生の縁』でしょうか。他生。一般的には別の人生では親しかったという意味合い程度で使われますが、仏教においては四生という言葉があり、母胎から生まれる人や獣などの胎生。卵から生まれる鳥類などの卵生。湿気などから生まれる湿生。それ以外の何かによって生まれる化生といったように、哺乳類の生まれとは異なるという文脈でも語られます。つまり蛇や爬虫類であった時代での縁だとも解釈できるのです。その時代の素一は果たして何だったのでしょうね。蛇だったのかトカゲだったのか。実に興味がありませんか?」
「全然ありませんよ。ルイスさん」
頭の痛みが引いてきたので、漸く落ち着いてきた。
見回してみると、ルイスと同じような恰好の人達がゆっくりと優雅に本を開き、又閉じ、本を戻して、六角形の二辺に開いている扉を通って、その先にある部屋に出入りしている。
「その、ここは一体何なんでしょう?」
知りたいことは、あまりに多い。が今はこれを知るのが最優先だ。
ルイスは、微笑みながら言う。
「前も言いましたよ。素一。ここは『バベルの図書館』。この世のすべての書籍が収納されているのです。つまり」
「つまり」
「ここは、世界そのものと申し上げてもいいでしょう」
ルイスはしたり顔でそう言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます