第101話 戦いが終わり





 

 「東京ダンジョン」から「強制送還」されたフオン達は無事に地上に出ることができた。他の階層にいたネロ達とも無事会えたのでその足で「東京支部」への帰路に着いていた。


 負傷をしていた千堂達はフオンのご厚意で「エクストラポーション」を使わせて貰ったため、傷の方は問題なかった。ただ、仲間が目の前で死に、恐怖の存在となる「魔族」がいることを知ったほとんどの人は「ダンジョン探索」が怖くなっていた。それでも自分達が生還できたことを本当に喜び合っていた。


 フオン達はそのまま「東京支部」に戻る。ただ、戻ると既に23時を回っているというのにも関わらず蔵や静香など他の冒険者達や受付嬢達はフオン達の帰りを待っていた。


 フオン達が戻ってきたことに気付いた蔵は一足先にフオンと千堂の元に向かうと無事を確認しあった。そんな中、フードを脱いでいる状態のフオンの顔を初めて見たからか静香は赤面すると────目を回しその場に倒れてしまった。


 まぁ、そんなハプニングはあったが無事、何もかもが終わったことを喜び合う。


 今回の「ダンジョン攻略」で稲荷と緑矢という少なくない死者を出た事を知った協会長である静香や蔵は俯き、悲しんだが時間も時間だったため、その場で解散となった。



 ◇



 翌朝フオンとネロが「東京支部」に向かい直ぐに聞かされた内容は「東京ダンジョン」を一夜にして攻略した「S」ランクパーティの「夕凪の日差し」という内容だった。


 それを聞いたフオンとネロは今は千堂達と解散して「東京支部」内にある椅子に腰掛けると二人して笑って話合っていた。


 フオンの格好はいつもと変わらず修復された緑色のローブ姿に顔を隠す目深に被るフード姿だが、ネロは今時の女子が着るようなフリフリとした黄緑色のワンピース姿だった。下には白色のショートパンツも履くのを忘れない。


「────セリナや千堂さん達、一躍有名人だね〜」

「────千堂さん達はそれだけのことをしたからな」


 ネロの言葉に相槌を打つフオン。


「だね〜。でも、よく魔族相手に、それも────相手にアレだけの奮闘をしたと思うよ。緑矢さんや他の人が亡くなったのは残念だけど、普通だったら全滅だからね」


 フオンとネロはそんなことを話し合っていた。


 本当は昨日、自分達が住むアパートに帰る直前、千堂達に言われたことがあった。


 それは────


『フオン君達がいなければ俺達は全滅していた。だから、称賛されるのは俺達じゃなくて君達だと思う』


 そんなことを千堂は真剣な表情でフオンに伝えてきた。そのことにセリナ達も同意する様に頷いていた。


 ただ、フオンは首を縦に振ることはなく、横に振る。


『────それは違うな。最後まで戦い抜いたのは千堂さん達だ。俺達はただ、最後に少し手助けしただけにすぎん。だから貴方達が称賛の声も代価も貰うのが筋が通っている』


 フオンの言葉に困った様な表情を浮かべる千堂はネロや服部、諏訪部に顔を向けるがみんなして────「フオンの意志に任せる」と、言う様に頷く。


 そんなこんながあり、千堂達「夕凪の日差し」が世間から称賛されることになった。今では一躍、時の人だ。


 ただ、さっき千堂達と話し合った結果、「魔族」や「神」の存在は公にしないことになった。その理由はしっかりとある。今、そんな話を投下して他の人々にパニックを起こさないためだ。なので、この話は格支部の上層部だけに知らせることになった。


 その為か協会長である静香や蔵達は今後の話し合いの為、今は「東京支部」にいない。それに身体の傷は治っても心の傷までは直らなかった数多くの人々が冒険者を辞めたため「S」ランクの「夕凪の日差し」のパーティは実質壊滅状態になっていた。


 なので今日はこの状態じゃあまともに支部を運営できないと思い「東京支部」全体の休肝日となった。


「────じゃあ、お兄ちゃん。僕はセリナと凛と遊んでくるね!夕方までに帰ってくるからさ!祝勝会?と僕達の昇級会?も一緒にやるとかさっき千堂さんが言っていたから、また後で!」


 そう言うと自分が座っていた椅子から勢いよく立つネロはフオンの断りを聞くことなく、一人元気よく駆けていく。


「…………」


 その姿をただ、一人フオンは椅子に腰掛けながら無言で見ていた。そんなネロの遠くなっていく背中を見ていたフオンだったが椅子に腰掛け正面を向いたまま誰もいないはずの空間に声をかける。


「────服部、俺達も行くぞ」

「────承知、が待ってますからな」


 フオンが誰もいない空間に「服部」と声をかけると────服部の声が返ってくる。そのまま、何処からか姿を見せる服部。


 服部の格好はいつもと変わらない忍術収束かと思ったらベージュのパーカーに藍色のジーパン姿だった。


 まぁ、そんなことはさて置き、二人は自分達と待ち合わせしている人物が待つ場所に向かうため、動き出す。



 ◇



 フオンと服部が向かった場所は「東京支部」の近くにある────お墓だった。


 そのお墓に着くと探し人を探すフオン達。ただ、少しすると直ぐに見つかった。フオン達が探していた人物はあるお墓の前で泣き崩れていた。そこにいた人物は────紺色のスーツを着た千堂だった。


 ただ、千堂はフオン達の気配に気付いたのか泣き顔のまま顔を上げる。


「────恥ずかしい、ところ見せちまったな。でも、二人共来てくれて、ありがとう」


 千堂はフオンと服部の二人に向けて深々と頭を下げる。


「いや、良い。俺も"緑矢さん"に最後に挨拶をしたいと思っていたから、な」


 フオンの口からは"緑矢"の墓参りと紡がれた。そんなフオンはフードを脱ぎ素顔を見せていた。


「拙者も特段気にしないでござるよ。拙者は緑矢殿とまったく接点はござらんが、自身の命を賭して千堂殿達を助けたと言う話を聞いただけで素晴らしい御仁だと言うことを知りましたので」


 服部は淡々とそう告げる。


 そんな二人の話を聞いた千堂は、もう一度頭を下げる。


「でも、それでも二人共来てくれてありがとう。────墓参り、していってくれよ。アイツも、隼也も喜ぶと思うからさ」


 千堂にそう言われた二人は頷くと、お墓の掃除を念入りにした後に来る前に買ってきたお花を添えて二人してお参りをする。


 その間、千堂は一歩後退した場所で未だに涙を流しながらフオン達を見ていた。





 そんな一連の流れが終わった3人はお墓の近くにあったベンチに腰掛けていた。


「────二人共、俺の懺悔を、聞いてくれないか?」

『…………』


 3人はベンチに腰掛けると暫し無言だったが、千堂からそんな話を持ち込まれた。なのでフオンと服部は黙って聞くように頷く。


 千堂はフオンと服部に自分が犯してしまった過ちを話す。自分の愚かな行いのせいで人の未来を────の未来を閉ざしてしまったことを。


 こんな醜悪な体現者は隼也の代わりに死ねば良かった、と。


 「東京ダンジョン探索」が終わった後に直ぐ様に自分の過ちをみんながいる場所で打ち明けようとしたが、そんな状況でもないことを知り、言えなかったことを。なので、今、せめてもの償いで話がわかるであろうフオンと服部に聞いてもらおうとした、と。





「────だから、俺は愚か者なんだよ。本当は死ぬべき人間は隼也じゃなくて、俺だったんだよ!なのに、なんで、隼也がッ!!」


 そう、自分の心の内を叫ぶ様に告げる千堂は泣きながらも永遠と幸太と隼也について謝り続ける。


「千堂殿………」


 千堂になんと声をかければ良いのかわからなかった服部はただ、その一言を呟く。


 そんな中、フオンは────


「くだらないな。実に、くだらない」


 そう、千堂の考えを吐き捨てる様に言う。


 そんなフオンに流石の千堂も少し、怒りを見せる。


「なっ!?じゃ、じゃあ!君だったらどうするんだ!!俺は生きてちゃあいけない人間なんだぞ!!?人、一人の未来を奪い、仲間も………親友一人守れなかったこんな、愚者が、どうすれば、いいんだよ。教えて、くれよ………」


 ただ、ここで怒っても意味が無いことは千堂もわかっているのか、フオンに懇願する様に話す。


 そんな千堂にフオンはただ、伝える。


「────簡単なことだ。生きろ。生きて生きて、最後にそいつらの分を生きて良かったと言える様な生涯を迎え、死ね。そこで逃げる事は許されない事だ。逃げられないことがアンタの────千堂さんの罪だと思え」

「俺の、罪。それに、生きること、か」


 フオンの言葉を反芻する様に呟く千堂。


「────それに、工藤幸太の件だな。俺はそいつの事はわからんし、そいつ自身ではないから上手く言えないが、俺がそいつの立場なら────"嬉しい"と、感じただろうな」


 フオンはそう呟くとそれがかの様に少し笑みを溢す。


「────嬉しい?なんでだ?俺は彼の運命を、未来を、全てを奪ったんだぞ?」


 そんな千堂の言葉にフオンはただ、首を振る。


「そう、アンタは思っているかもしれない。けど、少し考えて見てくれ。その工藤幸太という人間は「スキル」がなく、誰からも疎まれる存在だった。なら、他の人にこんな世界になってから優しくしてもらった事や話しかけられた事なんてないかもしれない。そんな中、アンタみたいなお人好しが、いた。俺がそいつの立場だったら────「こんな自分にも優しく普通に接してくれる人間がまだいるんだ」と、喜ぶだろうな」


 フオンは優しく千堂に伝える。フオンの話を聞いていた服部も同意する様に頷く。


「そうですなぁ〜、誰が何を言おうが貴方の行動は正しい。────実は拙者も工藤幸太君を助けるために強くなった故。まぁ、その話は長くなるから今は省きますが、拙者の様に他に一人でも工藤幸太君のことを見てくれている人がいると分かっただけで、嬉しいでござるよ」

 

 服部は同志を見つけたという様に千堂の顔を笑顔を浮かべて見る。


 ただ、それでも千堂は首を振る。


「────だと、しても。俺の罪は変わらない。俺は、俺のせいで────」


 千堂はそう言うと、落ち込む様に下を向いてしまう。ただ、フオンはベンチから一人立ち上がると悩み、落ち込む千堂の襟首を持ち無理矢理立ち上がらせる。


「────ッ!?」

「ちょっ!フオン殿!?」


 驚く千堂。止めようとする服部。だが、フオンは止まらない。


「────戯け。戯けが。アンタは自分一人で全てのことを出来ると思っているのか?阿保が。一人で何もかもをできるわけが無いだろうが!それに工藤幸太も緑矢さんも、ましてや俺達でも死ぬ運命なんて誰もわからないんだ!それを事欠いてか、その二人が亡くなったのは自分のせい?………舐めるのも大概にしろ!!」


 千堂の襟首を掴みながら叫ぶフオン。


 千堂の考えに憤りを覚えているのはわかる。そんなフオンは千堂に伝える様に、また自身に言い聞かせる様に話す。


「人は、いつかは死ぬんだ。それに、それに。俺もそうだ。結局助けられる人間なんて限られている。そうだ、いくら強くなろうが遅れてしまえば、間に合わなければ、気付かなければ何も為さない。全てを救おうなんて初めから、間違っているんだ………ッ!!」


 千堂に告げるフオンの表情は何かを我慢する様にとても苦しそうな表情だと千堂と服部はそう思った。


 だからか、口を挟めないでいた。


 フオンは千堂の襟首をゆっくりと離し、千堂を座らせると。


「────だから、自分が全てを悪だと決めつけるのはやめろ。それに、人は誰しもが罪を重ねる生き物だ。過ちを重ねる生き物だ。そんなこの世界に聖人君子なんて存在しないんだ。人生ってやつは苦しみの────連続なんだよ」


 フオンはそう告げると持っていた千堂の襟首を離し千堂を地面に下ろす。そんなフオンは真剣な表情で千堂の顔を見る。見られた千堂はフオンの気持ちが伝わったのか一つ、息を吐く。


 それと共にまだ、涙の跡が残る顔を上に向けると────


「────結局、俺は自分よがりだったのかな。なぁ、フオン君。服部君。────人生って、生きるって、辛ぇなぁ」

「…………」


 地面に両膝を付けながら苦しそうに全てを吐き出す様に千堂は最後にそう呟く。


 そんな千堂に服部がなにも言えない中、フオンは苦笑いを作るとある事を告げる。


「────自分の人生を"美しかった"と言える者を、俺は心より尊敬する。それは誇りなのだろうな」


 そう言うとフオンも千堂と同様に憎らしいほど晴天な青空を見上げる。


「終わりを迎えた後にそう言えることはとても素晴らしいことだ。その点、緑矢さんは自身のことをそんな過大評価をしていないかもしれない。でも、アンタ達、千堂さん達を自身の命を賭してでも護るという常人では為し得ないことを果たした。そんな緑矢さんは"美しかった人生"だと言えるのだろう。だから────胸をはれ、アンタはそんな友人に、救われたのだから」


 そう言うとフオンは空を見ていた顔を戻すと千堂に向けて、自然に笑いかける。


 笑みを向けられた千堂は目尻に涙をこさえながらも────


「────ありがとう。あり、がとう。俺も自分の人生をと言える。そして、と言える物に出来る様にこれから、頑張るよ」


 そう口にした千堂の顔にはどこか、憑物が落ちたような晴れやかな表情だった。


 そのあとは、千堂は今後自分がやるべきことを理解したのか、笑みを少し浮かべると立ち上がり何処かへと歩いていく。その時に────「今日の主役なんだから遅れるなよ〜」と、フオンに伝えるのも忘れない。




 そんな千堂の背中が見えなくなってくる中、服部が隣に座るフオンに話しかける。


「────あれで、良かったのですかな?」

「………知らん、何が正解なのかなど結局のところわからない」


 そんなことを服部に返したと思うと言葉を続ける。


「ただ、これだけはわかる。人は生きるためには足を動かすしかない。そうだな、止まっている時間はないんだよ」


 フオンはそんな事を自分にも言い聞かせる様に呟く。


「です、な。さて、ならば拙者達も早速片付けをしますか!」


 そう言うと、服部は一人先に墓参りの片付けに向かう。


 一人、残されたフオンは────



「────俺は人が嫌いだ。でも、それでも人を恨んだ事などただ一つも無い。だから道を違えなかった。それはアンタが、千堂さんの様なお人好しがいたからなんだ。なぁ、千堂さん。アンタはアンタの行いは工藤幸太を────"俺"を助けたんだ。そんなアンタが悪いわけが無い。だから、どうか………自分を責めないでくれ」


 フオンはそんなことを呟くと立ち上がり服部の元に自分も向かう。


 フオンが今、呟いた言葉は誰にも聞かれることなく、風に乗って消えてゆく。


 本当はフオンも千堂に自分が「工藤幸太」だと伝えてもよかった。でも、前に進む事を決意した今の千堂に打ち明ける事ができなかった。けど、これでよかったのかもしれない。



 挫折して、後悔して、諦めて………それでも人は歩みを止めるわけにはいかない。それは"生きるため"なのだから。










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