第85話 愚か者





「じゃあ、なんで君は諦めないんだ?」


 俺はそんなありきたりな事を聞く。


 この少年の返答が気になったというのもあるが、俺はこの工藤少年の目があの初めて見た時と変わらず、死んでいない事に気付いた。


 そんな中、工藤少年は少し照れた様に頰を掻くと滔々と話しだす。


「その、子供みたいって馬鹿にしないですか?俺がその話をすると周りは馬鹿にしてきて────」

「なに、人の考えを、それも子供だからと言って君の考えを馬鹿になどしないさ。俺は話しがわかる"大人"、だからな!」


 俺はできるだけ、工藤少年が話し易い様に場を作る。勿論、「"大人"」だからと強調することも忘れない。

 少年は自分が馬鹿にされると心配している様だが、なにを言われても馬鹿にしない覚悟は俺にはあった。


「────わかりました。その、俺は────"正義の味方"に憧れているんです。ただ、そんなものになれないなんて初めからわかっています。でも、そんな誰をも救う存在に少しでも近付けれたらと、思ったのです」

「────ッ!?」


 俺は少年からの返答になにも答えられなかった。予想外の内容だったというのもあった。だが、そんなものは全て"どうでも良い"。


 それはそうだ。だって自分が諦めた事を本当にこの少年はやろうとしていたのだから。それも無理だとわかっていながらも、尚、挑もうとしていた。




 自分は簡単に諦めてしまったというのに。




「えっと、おじさん?大丈夫ですか?」

「────あ、あぁ。大丈夫!ただ、君の話に驚いちゃってさ!いや、君は正義の味方を目指してるのか!俺も若い時は目指したな!!」


 そんな少年の気遣いにわざと大袈裟に答える様に俺は声高らかに答える。そうしなければ俺はこの少年に八つ当たりをしそうになったからだ。わかっている。そんなもの理不尽だと。でも、こんな純粋な目を持ち、正義の味方になりたいなどと言われれば自分が夢半ばに諦めてしまったのがなんだか、馬鹿らしく思えてくるじゃないか。


 ただ、少年は目を輝かせると俺も自分の同士だと思ったのか勢いに任せて聞いてくる。


「えぇ!!おじさんも!!おじさんはどうだったんですか?やっぱり正義の味方にはなれなかったのですか?それともなれたのですか?」


 そんな質問に始め、俺は嘘をつくかはぐらかそうかと、思っていたが────


「────正直に言う。なれなかった」


 俺は事実を目の前にいる少年に伝える。


「そう、ですか」


 俺の話を聞いた少年は少し落ち込む。ただ、そんな中、俺は聞かなくてもいい事を聞いてしまう。


「まぁ、俺の話はいいだろう。それよりも君は何か理由があって正義の味方になろうとしているんだろ?良ければ聞かせてくれたら嬉しいな?────あっ!別に無理に言わなくてもいいけど………」


 俺がそう聞くと、少年は躊躇うことはなく淡々と話してくれる。


「────俺には幼馴染の女の子がいました。昔、その子を俺が守ると誓ったんです。その子はそんな昔の約束なんて忘れているかもしれない。けど、俺は自分の手の届く範囲は守ろうと誓いました。けど、それも簡単には叶わなかったんです」

「────それは、君に「スキル」がないからかい?」


 少年は「スキル」と聞くと過剰に反応する。


「────ッ、そうです。みんな、知ってますよね」


 ただ、誤魔化すことなく自分から話す。


 そんな少年の話を聞いて「強いな」と思った。だってそうだろ?普通は誤魔化したりそもそも嫌な顔をして答えないはずだ。なにせ俺など垢の他人なんだから。それでも工藤少年は答えてくれた。


「でも、君は「スキル」がなくても立派に修行をして偉いな!俺なんてきっと直ぐにやめてるよ!」


 なので俺は工藤少年を励ます様に、また、エールを送る様に伝える。


 ただ、工藤少年は少し暗い顔を作る。


「それは、俺も本当は直ぐにこんなことやめるつもりでした。そもそも、冒険者になろうとなど思っていなかったんです」

「ん?じゃあ、なんで未だにこんな事をやっているんだい?」


 この時の俺は馬鹿だった。工藤少年が「スキル」を得る為に、ここまでして頑張ったのは俺が考えずに広めた「努力」という呪いのキーワードのせいなのを誰よりも一番知っていながらもまた、なにも考えずに聞いてしまったのだ。


「それは、「努力」をすれば「スキル」が入ると聞いたからです。ただ、それは嘘や冗談なのかもしれない。でも、俺は信じたかった。俺の心の在りどころはただ、それだけなんです」


 工藤少年はどこか儚い雰囲気を出すとそう、話す。それが自分の心の在りどころだと口にする。


「あ、それ、は」


 少年からの話を聞いた俺はやっと気付いた。自分の勝手な行動で人、一人の人生を棒に振らせてしまっているかもしれない事を。


 その事が、気付かれるのが怖かった俺は────


「おじさん?」

「す、すまん!俺もこれから急用の用事があってな!忘れてたわ!!でも、君の話し聞けて良かったよ!またな!」

「あっ、ちょ」


 ────俺は、ただ、逃げたのだ。


 少年は何かを伝えようとしていたが、俺が直ぐに退散した事でそれがなにを伝えようとしていたのかは今もわからない。


 そんな中、俺は工藤少年の事を忘れる様に「ダンジョン」の攻略に性を出した。ただ、それとは別に中々見込みがある、というか俺よりも才能のある"少女"が入ってきたのでその子を鍛えるのに夢中になっていた。

 そのうち、俺は工藤少年の事を考える事も無くなっていった。初めは謝ろうと思っていたが、いつでも謝る機会はあったのだがそれを逃した俺はそのままズルズルと工藤少年と会わないまま、あの日から一年が過ぎ去った。


 ただ、そんなある日俺達の元にある話しが知らされる。


 ────が「隠しダンジョン」の無差別転移に巻き込まれた、と。


 その話を聞いた俺は頭が真っ白になった事を今でも覚えている。



 "俺のせいで、俺があの時に謝らなかったから。俺があの時に諦めさせとけば"


 

 そんなどうしようもない感情が浮かんできた俺はなにも出来ずその場をただ、立っていることしかできなかった。


 その時、うちの「夕凪の日差し」の副リーダーに最年少でなった────橋本セリナ嬢がいきなりその場で膝から崩れ落ちるとそのまま泣き崩れたのだ。


 その事がわからず、俺は困惑してしまった。けど、後から聞いた話だと橋本セリナ嬢は────転移に巻き込まれたと報じられた工藤少年の幼馴染だったと言う。

 その時に漸く気付く。工藤少年が守りたかった幼馴染は橋本セリナ嬢であって、橋本セリナ嬢が"ある人物"のために強くなろうと思っていた人物こそ────工藤少年だったことに。


 ただ、俺がセリナ嬢に何かを言える前に「東京支部」の協会長である工藤静香さんから俺達に収集がかけられた。


 なので、直ぐに向かうと。


「私の大事な息子の幸太が無差別転移に巻き込まれました。どうか、あなた方に救助の依頼を頼みたいのです!!」


 工藤協会長は矢継ぎ早にそう言うと俺達に初めて頭を下げてきた。その顔はくたびれた顔をしており、目元も赤くなっていることからさっきまで涙を流していた事が知れる。


 ただ、それもわかる。大事な夫に加えて自分の息子までもが同じ無差別転移に巻き込まれたのだから。


 そんな中、一旦「協会長室」から出た俺達は工藤少年の救出の件で話し合う。


 "俺"以外のパーティメンバー達は工藤少年の救出に向かう事を直ぐに決めた様だ。あと、答えていないのは俺だけなのでみんな俺の顔を見ていた。


 そこで俺が出した答えは──── ──── ──── ──── ──── ──── ────






「────千堂さん、一人での「東京ダンジョン」の異変の調査という事でしたが、本当に一人で大丈夫ですか?」

「おう!他のパーティメンバーは工藤少年の探索に出ているんだ。なら、俺は一人でも行って異変を探してくるよ。なに、俺はこの「東京支部」のトップ冒険者だからな!問題ないさ!!」

「────そうですか。ですが、お気をつけを。千堂さんにご武運を」


 蔵さんは俺にそう言うと見送ってくれた。そんな中、俺は意気揚々と「東京ダンジョン」の異変の調査に向かう。





 みんなももうわかっているだろう。俺は自分から工藤少年の探索を蹴った。丁度「東京ダンジョン」の異変もあったと言う事もあるが俺は何を言われようがから工藤少年の探索を、蹴ったのだ。


 工藤少年と会うのが怖かった。何を言われるのか、なんと罵詈雑言を言われるのか。見つからないで欲しいなどとは思わないが、怖くて自ら工藤少年の探索を蹴ってしまった。


 ハッキリ言う。俺はクズだ。愚か者だ。何がトップ冒険者だ。何が────"大人"だ。


 本当、自分で言っといて笑えてくる。


 だが、俺は恐怖からそんな選択をしてしまった。




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