第81話 在りし日の記憶②




 あの後は特に私に何を言うでもなく、私が落ち着くまで子供をあやす様に私の頭を撫で続けてくれた。

 ただ、そんな時間も終わると私は幸太君にお礼も言えず、恥ずかしかったからか嬉しかったからか頬を赤く染めると下を向いてしまう。


 そんな中、幸太君は────


「どう?落ち着いた?」

「────は、ぃ」


 そんな事を幸太君に優しく聞かれた私は蚊の鳴くようなか細い返事をする。それでも幸太君は特に何も思っていないのかニコニコとした顔を向けてくる。その事に尚更顔を染める私。


「────よし、落ち着いたなら俺達も帰るか。遅くなると親にも怒られるしね!アレだったら橋本さんを送るよ?」


 大分マシになった私に気を使う様に話しかけてくる幸太君。そんな幸太君に私は────


「いえ、そこまでしてもらう訳には────」

「ん?どうかしたの?」


 ────幸太君の誘いを断ろうとした。だが、それ以上の言葉が出てこなくて、それよりもこの少年、幸太君ともっと話したい、私の事を知って欲しいと浅ましくも思ってしまった私は────


「そ、その。もし、あの、長谷川君が良ければ私のお話を聞いてもらっても、いい、ですか?」


 たどたどしくしゃべる私でしたが、しっかりと幸太君に伝えられました。始め幸太君はキョトンとした顔をしてましたが、笑顔を浮かべると────


「いいよ!」


 と、短くもしっかりと私の想いに応えてくれました。


 なので、私は今まであったことを話しました。それは今までの不満や伝えたかった事を伝える様に幸太君に余す事なく伝えました。両親のことや環境の事、学校であったことも私は幸太君に話しました。ただ、幸太君はそれでも嫌な顔一つせずに親身に聞いてくれました。


「────と、言う事がありまして先程長谷川君に、助けられました」


 私は話し終わるとそう、終わりを告げました。ただ、私の話を聞いていた幸太君は────


「────橋本さん!いや、!!辛かったね、悲しかったね、よく、がんばったね!!」


 泣きながら私をその小さな身体で抱きしめてきました。その時、私の名前を初めて呼んでくれた事、私は嬉しかった事を今も覚えています。


 そんな中、私は────


「────うん、うん。本当は辛かったよ。悲しかったよ。誰かに、助けて欲しかった。でも────長谷川君が助けて、くれた」


 その時、泣きながらも初めて私は本心から思っている事を言えました。今までは人と関わりを持たない様にわざと遠ざける様に敬語を使い話していた私でしたが、幸太君の優しさに触れ、自分から凍結させていた心の氷が溶けていく様に感じられました。まだ、"幸太君"と名前では呼べませんでしたが、その時私は少しだけですが変われたのです。


 そんな私の表情を見た幸太君は「セリナちゃんは笑っていた方がいいよ!」と優しい笑顔で言ってくれました。その事がとても嬉しくて小躍りしたい気持ちでしたが、変な子と思われたくなかった私はなんとか平静を装いました。


 ただ、この時に気付きました。さっきから感じる違和感に。


 これは────恋心だったのです。


 気付いたら簡単でした。あぁ、私はこの人に恋をしたのだと。子供ながらの初めて芽生えた恋心。チョロいと思われるかもしれない。でも、恋に落ちるには時間も何もいらなかったのです。こんなにも私の事を心配してくれる人が側にいたのですから。


 ────ただ、私はその時、幸太君に「あなたが好きです」などと言えませんでした。会ったばかり、それに直接自分から言える勇気が無かったからです。


 そんな私が初めての恋心に葛藤している時、幸太君はある提案をしてくれました。


「────そうだ!俺とセリナちゃんはもう友達だ。そんな友達のセリナちゃんを助けるのは当たり前の事だよね!!だから、俺からセリナちゃんの両親にセリナちゃんとちゃんと話す様にお願いしてみるよ!!」


 それが正解だと言うように幸太君は目を光らせながら同意を求める様に私の顔を見てきました。その時に、頰が赤くなっているのを見られたくなかった私はソッポを向きました。

 そのまま幸太君のやろうとしている事を────断る事にしました。


「そ、その。それはとても嬉しいけど。やっぱり大丈夫だよ。夜も遅いし逆に長谷川君が怒られちゃうよ!」


 私は思った事を口にしました。幸太君が考えてくれた事を幼いながらも嬉しいと感じた。けど、今の時間は夜の6時30分と小学低学年が友達と遊んでいる時間ではない。そんな時間帯に自分の両親に合わせたら幸太君が怒られると思った。それに、幸太君にもがいる訳だからそちらも困らせるのも悪いと思った。


 けど、幸太君は────


「大丈夫!俺に考えがあるからね!!だから、これ以上遅くならないうちにセリナちゃんの家に行こう!!」

「えっ、と。う、うん。長谷川君が良いなら」


 私は幸太君に押し切られる感じで了承をしてしまった。その後は幸太君を案内する様に自分の家に招いた。


 幸太君は私の家が近付いてきて、目の前に見えるとても"大きなお家"が私の家だと分かると「へー!セリナちゃんのお家とても大きいね!!」と、はしゃいでいた。


 そんな幸太君の反応が可愛くてついつい頰が緩む私でしたが、実際は「大きくても意味なんて無いよ」と内心では思っていました。他の人には「"お金持ち"で良いな」と羨ましがられるが、私にはちっとも嬉しくなど無かったのだから。


 そんな少しナイーブになっている気持ちのまま、私の家に着きました。着いたと同時に幸太君が自らインターホンを押します。本当は少しインターホンを押すまでに気持ちを切り替えたかったのですが、押してしまったならしょうがありません。


 そんな幸太君が押したインターホンからは────「はい、どちら様ですか?」というお母の少し冷たい声が聞こえました。その事に少し背筋を伸ばしてしまった私でしたが………幸太君は普通にしていました。


「はい!俺、と、違くては橋本セリナさんの友達の長谷川幸太と言います!!僕のせいでセリナさんの帰りが遅くなってしまったので送りに来ました!!」


 幸太君は何一つ悪く無いのにそんな"優しい嘘"を付いてまでしてお母様に話してくれました。そんな幸太君の話を聞いたお母様は「────わかりました。今、向かいますので少々お待ち下さい」そんな言葉を残すとインターホンから声が聞こえなくなった。


 そんな中、幸太君は緊張するでもなく、私の家の外装をとても珍しそうに眺めていた。そんな時間を過ごしていると直ぐに私の家のドアが開く。出てきた人物は────


「────君が、セリナをこんな遅くまで連れ回していた長谷川君か」

 

 ────お母様ではなく、少し険しい表情を浮かべる"お父様"でした。ただ、よく見るとお父様の背後に険しい表情を浮かべる"私とお揃いの銀色の髪の毛"を持つお母様の姿もありました。ただ、そんなお父様は幸太君の話しを間に受けて完全に幸太君を悪者だと思っていました。


 ただ、そんな中、幸太君は────


「ごめんなさい!先程も話しましたが僕のせいでセリナさんの帰りが遅くなりました!!」


 背負っていた黒色のランドセルをそっと地面に置いた幸太君はそう言うと頭を下げながら謝罪をする。

 言い訳を言うでもなく、また、お父様を怖がるでもなくただ、謝罪をした。


 そんな幸太君の潔い姿勢を見たお父様は少し溜飲を落としてくれた様で────


「────自分の非を認めてるなら、君にはこれ以上は何も言わないさ」


 そう言うと話を終わらす。と、思った時────


 「ただ」とお父様は続ける。


「ただ、金輪際君の様な不良の子が家のセリナと遊ぶのはやめてくれ。セリナは才能があり、君とは違うのだよ。それに君の様な子と遊んで家の"格"が下がったらどうしてくれる?だから、今後はやめてくれ」


 そんな小学生の子供に言うべきでは無い事を幸太君に告げる。私はその時に「違うの!」と反論したかったがお父様の背後にいるお母様の表情が怖くて、何もできなかった。


 ただ、そんな事をお父様に言われた幸太君は────


「無理です!!」


 そう、笑顔でハッキリと告げる。

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