第80話 在りし日の記憶①
◆
クリプットは勝利を確信した────はずだった。だが、人間の意地を忘れていた。生きたいと想う執着心の強さを甘く見ていた。
完全に骨も残らず消しとばしたと思っていたが、セリナ達は"まだ"生きていた。最後のセリナの必死の抵抗が命を繋いだ様だ。
ただ、その状態は死屍累々という言葉が最も相応しい状態だった。ほとんどの人間が血を流し、倒れている。千堂に覆いかぶさる様に倒れる凛。壁に叩きつけられて意識のない隼也。
それに────
「────それでも、俺の一撃を耐える、か。だが、その死に体では何も出来まい。意識はあっても既に魔力は底を尽き、手足は動かず。その流した血の量では助からん」
────壁に叩きつかれながらも意識"だけ"を未だに保ち呻き声を上げているセリナの姿があった。そんなセリナの元にクリプットはゆっくりと歩いてゆく。
クリプットが直ぐ近くに来たというのにセリナは何も抵抗が出来ないのか壁にもたれながらも浅い息をただ、吐いていた。
「────悪く思うなよ、人間。貴様ら人間は初めから排除する事は我々魔族によって決まっていたが、お前は特別だ。脅威になると感じた。だから今、その命俺自ら絶たせてもらおう。────最後に何か、言い残す事はあるか?遺言だけは聞いてやる」
そう、クリプットに聞かれたセリナは浅い息を吐きながらも────
「────やるなら、やりなさい。あなたの、顔なんて、見てられないわよ。醜くて」
セリナは薄く笑いながらも下からクリプットを馬鹿にした様にそう、呟く。それは最後のセリナなりの抵抗なのかもしれない。
だが、そんなセリナの言葉を聞いたクリプットは肩を震わせる。
「────ククッ、クククッ!そうか。なら────生という希望など捨てて、絶望を糧に死ね!!!」
クリプットは肩を震わせると共に右手で自分の顔を覆うと左手の爪を長く伸ばし、それをセリナの心の臓に突き刺す。
クリプットの爪がセリナの体を貫く。と、思った時────「ガッキンっ!!」という音が鳴り響き、クリプットの猛威を薄い光の膜の様な物が防いだ。
『セリナは、セリナはやらせない!私の友人は殺させない!!』
そこに現れたのはセリナの契約精霊のルーナだった。セリナの危機に一人で守る為に顕現した様だ。
ただ、セリナは既に意識が保てず────
────希望、希望、希望、か。
そう言えば私にも"希望"はあったなぁ。
意識が途切れる寸前、自分の危機よりも先にそんな事をセリナは思った。
◇
私は裕福な家に産まれた。才能もあり、容姿も優れていたことから何も不自由も無く育ち、申し分のない生活を送っていた。
ただ、一つ────家族からの愛を知らなかった。
小さい時から英才教育と称して勉強漬けの毎日だった。そんな生活をしていたからか同年代の友達すら出来ず、遊べなかった。それに頑張っても両親は一度たりとも褒めてなどくれなかった。
出来て当たり前、やれて当然。そんな事が出来ないなら橋本家の人間ではない様に思われていた。
私………橋本セリナは周りから完璧しか求められていなかった。
ただ、私は普通の生活をして、普通の人生を歩んで………誰かに"愛して"欲しかっただけなのに。
そんな生活をしていた私は小学生の時から人形の様な容姿、歪んでしまった性格故から『冷酷な姫』などという遺憾な名を周りから付けられていた。
それでも私は態度は変わらず、何にも関心を持たず、誰とも分かち合わず、機械の様に一日、一日を過ごす毎日を送っていた。
ただ、そんなある日、私は同年代の子達から虐めに会う様になった。
何故、自分が虐めの対象になったのかは分からなかった。だが、「気に食わない」「私よりも可愛い」「その無表情が気持ち悪い」と子供の考えなどあやふやだ。そこに個人の感情などなく、ただ、虐めたいだけだったのかもしれない。
誰かを虐めて自分が優位に立てるのが虐めている側は楽しかったのかもしれない。そんな中、私はちっとも楽しくも無かった。助けなど呼べず、抵抗なども出来ず………涙も流せず。ただ、ただ、終わるのを、飽きるのを待っていた。
そんな虐めの日々が一月ほど続いた。その時には既に私は心身共に疲弊していて先生や周りに助けなど呼べなかった。
いや、違う────"呼ばなかった"。
私が虐めに合っていると分かれば先生に伝わり、その内両親に伝わり迷惑をかけてしまう。そう、思ったからだ。
でも、そんな私でも、機械の様な私でも思う事があった。誰かに見つけて欲しい、守ってほしい………"正義のヒーロー"に、助けてほしい。そんな子供じみた願いの様な物が心の淵には確かに合った。
でも、私にはそんな助けてくれる人も、私を救ってくれる希望も、無かった。
だから、今日もいつもと同じ様に虐められるのかと思う。それと共に「帰りが遅くなれば両親に怒られてしまう」などとどうでもいい事を考えてしまう。そんな中、放課後になるといつもどおり、体育館裏に呼ばれて虐めにあう。
他の人とは違う"銀色"の髪の毛を引っ張られて蹴られ、殴られ、暴力を振るわれる。「気持ち悪い」や「ロボット」などと言葉でも暴力を振るわれる。
あぁ、やっぱり誰も助けてくれない。
そう思った時────
「────君達!寄ってたかって一人の女の子を虐めるとは何事だ!この………えっと、そう!正義のヒーロー 「ジャスティスマン」 が成敗してくれる!!」
一人の男の子がセリナが虐められているところに躍り出てくるとポーズを取りそう叫ぶ。初め自分がなんと名乗るのか忘れていた様だが、セリナを助けにきてくれた様だ。
そんな男の子が登場すると────
「あっ、幸太君!これは違うの!私達は………そう、遊んでいただけよ!」
「そ、そうだよ!私達は凄い仲良しなんだ!」
「う、うんうん!だから虐めなんてしてないよ!」
幸太と呼んだ男の子に媚び諂う様にセリナを虐めていた少女達は「虐めなどしていない」と伝える。
その、幸太と呼ばれた子の本名は………"
私達が通っていた小学校でも一番の人気者で、勉強もスポーツも一番うまかった。清潔感のある黒髪をショートにしていて"目"も二重で顔も良く、話も上手いと校内一の人気者だ。だからか目の前の私を虐めていた少女達はそんな幸太君に気に入られようとしていた。
でも、幸太君は────
「嘘はよくないよ!俺はしっかりと見ていたからね!しっかりとスマホでも録画してるからね!」
そう言うとみんなに見える様に自分のズボンのポケットから出したスマホの画面を見せる。そこにはさっきまで私が虐めにあっていた一部始終が動画として撮影されていた。
その事に初め、驚いたり顔を青ざめていた少女達だったけど、一人の女子が「幸太君こそ学校に携帯持ってきていけないんだ!」と言い出した。
ただ、幸太君はそんな中────
「そうだ、俺は悪い。でも君達が虐めをしていた証拠としてこのスマホを先生に出したらどうなると思う?簡単だよね?………俺も勿論怒られるけど、俺よりも君達が怒られる」
『『────ッ!!』』
その一言で諦めてしまったのか少女達はその場で項垂れてしまった。
ただ、そんな中、幸太君は────
「まぁ、君達がもう、今度からこんな事をしないと約束するなら俺からは何も言わないよ。俺も君達が先生に怒られるのも見たくないし、ね?」
幸太君のそんな言葉を聞いた少女達は全員頰を染めながら目を輝かすと────
『『ありがとう!幸太君、好き!!』』
そんな事を言うと幸太君に少女達はみんな抱きついていた。その時、私はなんの感情もなかった様に見えたけど………何故か、幸太君に抱き付く少女達を見て胸の奥がズキリと痛む感じを覚えた。その事が始め、なんなのかを知らなかったけど。
ただ、私がそんな分からない感情に内心、考えている中、幸太君は「ほら、もう、これで終わったなら君達も早く家に帰りなよ。橋本さんは俺がなんとかするからさ!」────何故か私の名前を知っている幸太君だったけど、少女達にそう伝えると、挨拶をしてみんなを先に返していた。
幸太君はみんなが体育館裏を後にしたのを確認すると笑顔を浮かべて私の事を見てきた。
「橋本さん。大丈夫だった?俺が勝手に話を進めちゃったけど、アレで大丈夫だった?」
幸太君にそう聞かれた私は────
「────大丈夫です。それと、助けて下さりありがとうございました」
当時の私はそんな素っ気ないお礼しかできなかった。
でも、幸太君は────
「そっか!もう、君を虐める子はいなくなると思うけど、また現れる様だったら俺を頼ってよ!俺ね────正義の味方に憧れているんだ!!だから、君みたいな子を放って置けないんだ。勿論、他の人もだけどね!!」
そんな事を純粋な目で伝えると幸太君は私に告げてきた。
そんな時、何故か私の目から涙が一筋垂れてきた。ただ、その涙は自分で止まってと思っても一向に止まってくれず、ただ、流れ続けた。
その間、幸太君は何も言わずに私の側によると頭を撫でてくれた。その時、少し恥ずかしかったけど────悪い気はしなかった。
────これが、幸太君と私、橋本セリナの出会いだった。まだ仲良くもないし、幸太君の名前が長谷川幸太であった時の小学2年生の時の思い出だ。
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