第78話 勝利、それは即ち────





「────ハァっ、ハァっ──ハァ」


 クリプットを仕留めたセリナは荒い息を吐くと持っていた細剣レイピアを床に落とす。

 その時に──カランッと細剣レイピアが「ダンジョン」の床に落ちて転がる音がしたが、セリナはそんな物を気にする事が出来ず、その場で膝を折る。


 戦いが終わったという事で研ぎ済まれていた神経の糸が切れた様だ。倒れるということはなかったが疲労からか膝を折る。

 クリプットという強者との単独での戦闘に加えて────「星霊同化ユナイト」などという大技を使ったのだからその莫大な疲労は当たり前だ。それが、例え見るに耐えない"不完全"なものだとしても。


 そんなセリナに向けて、か細い声が聞こえてくる。


『………セリナ、あなたの魔力が既に尽き切れているから、私はもう、身体を維持できないみたい。だから、また、ね────』


 そんな声が床に転がっている細剣レイピアから聞こえたと思ったら、さっきまで光っていた細剣レイピアは普段通りのなんの変哲の無い武器に戻っていた。


「…………」


(────ルーナ、ありがとう。本当に助かったわ。今は声が出せそうに無いから私の口から直接は言えないけど、今度、また魔力が戻った時にでも美味しい物でも食べさせてあげるから)


 疲労からか声を出すのも億劫なセリナは今は既に元の細剣レイピアに戻っている自分の武器に、自分の友にそう、心の中で伝える。


 セリナが自分の友に内心で感謝を伝えていると満身創痍なセリナの元に千堂や凛、他のパーティメンバー達が走ってくる。そんなみんなの表情はセリナの事を心配している事、クリプットという人類の脅威を倒せたという事の嬉しさの半々の表情をしていた。


 なのでセリナは────弱弱しくながらもしっかりと右腕を上げて勝利をした事を証明する。



 ◇閑話休題



 あの後は凛達、回復魔法使いヒーラーの手によりセリナの外傷は綺麗さっぱり無くなっていた。ただ、いかに「回復魔法」が優れていると言っても万能では無い。流した血は戻らないし、疲労もそのままだ。


 そんな中、少しでもセリナの魔力が戻ればという事でセリナは今、千堂から渡された貴重な魔力回復ポーションを貰い飲んでいた。その時に「こんな貴重な物を……ありがとうございます。凛達も回復ありがとう」とセリナが力なく笑い、伝える。


 すると、みんな快く「気にするな」と笑顔で返してくれた。


 ただ、他のパーティメンバー達は警戒は怠らない。セリナが魔族クリプットを討伐したと言っても今、自分達がいるのは「ダンジョン内」なのだから。なので、何が起きるか分からないこの状況で警戒をするのに越した事は無いだろう。


「────よっこらせ」


 そう、おじさん臭い掛け声でセリナの横に腰を下ろす千堂。

 セリナはそんな千堂をただ、見ていた。


「まぁ、あれだ。今回は本当に無理、させたな。も結局守れなかったし」


 千堂はそう、セリナに伝えると罰が悪そうな表情を浮かべてセリナに頭を下げてきた。ただ、そんな千堂の意図を理解したセリナは直ぐに首を振ると。


「────いえ、適材適所という言葉がある様にあの場は私が相手と相性が良かったのです。それに、先程、リーダーが話した通りこの世界は"死"という概念が軽くなっています。それに、これは私達が決めた"運命"です。誰かが決めた物では無い、自分が────決めたのですから」


 セリナはそういうと一泊置き、笑みを浮かべ千堂の顔を見る。


「────なので、あまり一人で抱え込まないで下さい。あなたに罪があるのなら私達にも罪がある。この世に本当の意味で正解なんて存在しないのだから。だから、みんなで罪を清算しましょう」


 セリナの言葉を聞いていた他のパーティメンバー達も真剣な表情を作ると千堂を見つめる。そのパーティメンバー達の顔が物語っていた。「自分達は最後まであなたにお供します」という様に。


 そんな自分のパーティメンバー達を見た千堂は────


「────あぁ!!止めだ、止め!辛気臭い雰囲気は俺らにゃ合わん。馬鹿らしくなってきたわ!ほら、さっさと休憩を終えたら地上に戻るぞ!!」


 その場で立ち上がりこちらを見ている仲間達に聞こえるようにぶっきらぼうに叫ぶ。

 そんないつも通りの千堂に戻った事にセリナを含める他のパーティメンバー達は顔を見合わせると笑みを浮かべる。


 なので、少し休憩をしたら直ぐにここ最下層から出る事にした。


 ────が、の歯車は変わる事なくある結末へと未だに動き続ける。





「────舐めていた。人間がここまでも粘り、ここまでも抵抗をして、ここまでも────この"俺"に深傷を負わせるとは、な。ただ、もう油断はしない。お前達人間を弱者などと思わない。だから………死ね」


 千堂達が休憩をしていたその時、千堂やセリナ達の背筋に"ぞわり"とした感覚がした。そんな感覚と共にそんな声が何処からともなく聞こえた。


 この空間で聞こえたらありえない声が。その声が聞こえたと共に────セリナに向けて赤く分厚い刃が飛んでくる。


「────え?」


 そのいきなりの出来事にセリナは動けず、ただ迫り来る"死"を見ている事しかできなかった。

 別にセリナは油断をしていた訳では無かった。ただ、突然なんの前触れもなく自分に向けて物凄いスピードで飛んでくる"血"の刃に呆気に取られてしまった。


 ただ、そんな中────


「────ッ!?セリナ嬢ちゃん、危ねぇ!!」


 立ち上がり周りを見ていた千堂が瞬時に反応し、セリナに素早く駆け寄ると────"突き飛ばす"。


「きゃっ!」


 突き飛ばされたセリナはそんな声を出してただ、尻餅をつく事しかできなかった。でも、セリナと位置を変わる様に入れ替わった千堂は────


「…………」


 ────叫ぶ事もせず、ただ、セリナ達を守る様に両手を広げて正面を見据え、仁王立ちをしていた。そんな千堂の姿を見たみんなは「きっとでさっきの"血"の刃を防いだんだ」と思った。


 だが、そんなに現実は優しくなく。


「…………った、………悪りぃ────」


 そんな言葉を千堂が呟く。少し遅れて千堂の身体から大量の血が吹き出る。

 そのまま千堂は糸が切れた人形の様にその場に倒れ伏す。千堂が倒れた事により「ダンジョン」の床には血溜まりが出来た。


 その悲惨な光景を見たセリナ達は気付いてしまった。


 "あの傷は致命傷だ。保っても僅かな命"────だと。


『『キャァーーーー!!』』『『────ッ!?千堂さん!!?』』


 その事を知ってかパーティメンバーの女性達は悲鳴を上げ、遅れて男性達は千堂の安否を確認する為に動こうとしたが、一人冷静なセリナの手により止められる。


 セリナは声が聞こえた場所であり、千堂が最後までも見ていた場所を震える身体を無理矢理抑えて睨み付ける。

 さっきからこの空間内を支配する様に蔓延る濃厚な死の殺気から目を離さない様にする様に。


 そこにいた人物は────


「………先ずは一人。────はっ、致命傷だな。その男はじき死ぬだろう。なに、安心しろ。お前ら人間全員をその男と同じ場所に送ってやるからな」


 そんな事を先程確実に筈の"クリプット"らしき男が冷酷な瞳を向け、淡々と伝えてきた。




 

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