第75話 心臓無し





(────クソッ!俺が、俺自身が罪を被る。他の奴等はやらせないし、もう、死人グールなんかにさせない。絶対だ!)


 千堂はそう内心で思うと負傷した奴は回復魔法使いヒーラーに回復してもらうように声をかける。その時に他のパーティメンバー達からの視線があったがそれには取り合わず、今も可笑しそうに嗤っている化け物の元へ向かう。


「────約束は果たし、ました」

「────あぁ、知っている。見ていて感動したよ。人間の意地というものを見た。それで、願い事だっけ?何かあるなら言ってみるといい」


 化け物からそう聞かれたので千堂は一白置くと深呼吸をする。


「────では、俺以外の奴等をこの「ダンジョン」から逃してください。俺達は貴方に勝てない、でしょうから。俺はどうなっても良い。だから、せめて奴等だけでも!!」


 千堂はそのまま床に額を付けると懇願するように目前にいる化け物に伝える。

 千堂は自分の仲間を死人グールと化してその命を絶たせた相手に土下座をしていた。


 ただ、それはこの化け物に屈した訳では断じてない。仲間を守ると誓った。それでも叶わなかった。だからせめて他のパーティメンバー達には無事でいて欲しかった。それが自分の命一つで他のみんなの命が助かるなら、プライドなど、矜持など捨てても構わなかった。

 だから、自分の気持ちが伝わるように懇願する。そんな千堂を見ていた化け物は一つ頷くと口を開く。


「────そうか。自分の命と引き換えに周りの仲間を助けようとするその頑なさ。躊躇や戸惑いが興じてても自分の手で仲間の終わりを告げる救いようの無い愚かさ。私はそんな君を評価しよう」


 化け物は千堂の話を進撃に聞くとそう返してきた。

 

 なので、千堂はこれで他のみんなが助かると思った。その事が顔に出ていたのか化け物が千堂の顔を見て笑みを漏らす。


 ただ、その笑みは何処か悍しい笑みで────


「────評価する、が。だから、どうしたと言うのだ?」


 ────それでも、そんな甘い現実など無く。


 途中までは良い雰囲気になっていたのだが、一瞬にして化け物の雰囲気が豹変する。

 すると千堂の話を突っぱねるように言い張る。その無情な物言いに千堂も周りで聞いていた他のパーティメンバー達も驚愕の表情を浮かべる。


 そんな中、化け物は話を続ける。


「なに、私は願いを"聞く"と言っただけに過ぎない。何も"叶える"などと誰も言ってなどいないのさ。言葉遊び。そう、言葉遊びだ。────でも、最後まで聞かなかったが悪い。まぁ、だとしても人間如きの言葉を何故私が聞かなくてはいけない?」

「────手前ッ!?やはり、お前は俺達を初めから逃すつもりもないし、殺すつもりだったのか!!」


 化け物の豹変に敬語と土下座を辞めた千堂は直ぐに立ち上がり、その場を離れると吐き捨てるように言い放つ。ただ、千堂の敬語を使わない話し方にも特に化け物は気にしていないらしく。 


「面白い物も見せて貰ったからお前の口の利き方は見逃そう。それにしても仲間を、人を自分の手であやめるとは………実に傑作だな。いや、これは逆に素晴らしいと褒めた方が良いのか?」


 そんな事を一人呟くと考えるように顎に手をやり、目を瞑る化け物。


「────そんな事はどうでも良い。どうだって良い!!それよりもお前はなんなんだ?「ダンジョンマスター」────なのか?それとも、魔物、なのか?」

「────私が「ダンジョンマスター」ね。それに魔物ときたか。はっ!────舐めるなよ、人間?」


 「ダンジョンマスター」や魔物という例えが気にくわなかったのか化け物がそう呟くとこの空間内にプレッシャーが降りかかる。さっきは千堂だけだったが、今回は他のパーティメンバーにも被害があった。なので何人かの悲鳴が上がる。


 そんな中、千堂は尚も話を続ける。


「────くっ!じゃあ、お前はなんだって言うんだ!人間でも魔物でもないなら「ダンジョンマスター」ぐらいしかいないだろうが!!それに元々はここに他の「ダンジョンマスター」がいたはずだ!!」

「────まぁ良い。お前らのような矮小な考えしかできないおつむの連中に私自ら教えてやろう。────私は魔物でも「ダンジョンマスター」でも、ましては人間などと言う数だけが多いだけの"劣等種"の連中とは違う。私は────高貴なるであるぞ?それも王族の、な?」

『『『────なっ!?』』』


 その言葉を聞いた千堂達は驚き、化け物を見続けるのだった。それは当然だ。"魔族"と言ったらファンタジー世界の代表的なキャラクターだ。その上、人とは相容れない存在と殆どの書物で書かれている。

 地球上に「スキル・ステータス・レベル」「ダンジョン」や魔物といったモノが出てきている時点で、驚く事も無いと思っていた千堂達だったが、流石に魔族が出てくるとなると話は別だ。それにこの魔族と名乗る男は自分達を殺そうとしているのだから。


「クククっ。その驚き、絶望をした顔はとても唆るな。────良いだろう。本当はじき死にゆくお前達人間に話すつもりはなかったが、今は興が乗った。────ここにいる魔物は私の配下であり、人間の様な生物は全てここの「ダンジョン」から攫った人間だ。既に死人グールだがな。それに先程と同じ様に直す手立てなどない。それと「ダンジョンマスター」だったな、アレは邪魔だったから私自ら排除してやったわ。なので実質私がこの「ダンジョン」の支配者だな。ただ、「ダンジョンマスター」などと言う低俗と一緒にするでないぞ。私は────」


 そんな事をつらつらと話す化け物は一度話すのをやめると千堂達の表情を伺い、この空間内にいる全ての生き物が自分という"強者"に注目をしている事を確認する。


「────私は、「異世界ノクナレア」の魔族にしてに従える魔王幹部第三席────始祖の心臓無しバンパイアであるぞ。名をクリプット・アーキマンと言う。お前達に死をいざなう者の名だ。絶望せよ、喝采せよ。そして────私と言う名前を刻んで死にたまえ」


 クリプット・アーキマンと名乗った心臓無しバンパイアは自分の赤いマントを翻し、礼儀正しくお辞儀をする。


 ただ、それは決戦の合図だった。


 クリプットの言葉が空間内に木霊するとさっきから静かにしていたコロッセオ近くにいた魔物や死人グール達がこちらに物凄い勢いで近付いてくる足音が聞こえる。


(────心臓無しバンパイアね、初め吸血鬼と思った事はあながち間違っていなかったと。だが、どうせそれを言えばまたコイツは切れるんだろう。その他にも看過できない言葉の数々で頭が痛くなってくるわ。まぁ、情報は大分聞けたし、今はそんな事を考える前にどうするか、か)


 千堂は周りの状況をチラッと見ると、パーティメンバー達はクリプットの言葉に驚いていながらも千堂に信頼の目線を送っていた。その事に一人、苦笑いを浮かべると────「"設置"しといたモノを結局発動するのか」とため息を吐きたい気分だった。だが、このまま見ていたらただ、無残に死ぬだけの未来だ。なら、抗おうと思った。


 なので────


「────悪いがこちとら簡単に死ぬつもりは毛頭無いんだわ。それに俺はお前よりも強い相手を知っている。だから、彼だったら、彼ならこの危機的状況をどうするかと直ぐに考えたさ。それが────これだ!あまり人間を舐めるなよ?吸血鬼劣等種!!」

「なんだと!?貴様ァッ!?


 不名誉な名で呼ばれたからか激昂するクリプット。

 そんなクリプットに取り合わず、千堂は右手を前に出しながら魔力を解放すると攻撃の合図を紡ぐ。


「────『剣生成』!出力MAX!────そして、形を、為せ!!」


 千堂が叫ぶとクリプットを囲む様に、またコロッセオの周りや他の至る場所に光の玉が現れるとその光の玉の数々が様々な剣の形を模倣する。

 

 その光景を見た千堂はニヤリと笑う。


「────なっ!?これ、は!?」


 クリプットは突然の光景に戸惑っている様だ。ただ、それが千堂の狙いだった。先手必勝、騙し討ち、それでも勝てれば良いと思っていた。


「いや〜俺ははてんで駄目だと思っていたが、意外とやれるもんだな。木の葉を隠すなら森の中、とな?────手前にこちらの大事なパーティメンバーが殺されたようなものなんだよ。だから、手前の死で償えや!くそったれが!!────全弾、放射ァァーーー!!」


 千堂が右手を発車の合図の様にクリプットの方に向けて翳すと、数千、数万の魔法剣達はクリプット達に殺到する。


「き、貴様ァァァァーーーー!!?」


 そんなクリプットの悲鳴の様な怒号の様な声が聞こえたが、魔法剣が「ダンジョン」の床や魔物達に当たる音でクリプットの声など掻き消してしまった。





 

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