第74話 灰と儚い




「────やあやあ、これは大勢で来てくれた者だ。私は嬉しいよ、こんなにも人が同時に来たのは初めてだからね、本当に嬉しいさ。さて、そんな諸君を歓迎しよう!勿論、死のエンターテイメントを添えて、ね?」


 その人物は千堂達の近くに来ると笑顔でそう告げてきた。

 ただ、その人物は──人とは違う形をしただった。


 黒と赤を基調にした様なタキシード姿で赤いマントを付け、片手にロッドの様な物を持って何処か高貴な成り立ちをしていた。髪色は普通の人とはかけ離れ、真っ赤な長髪に青白い顔、の様に突き出る耳。


 そんな人物の第一印象はみんな総えて────の様だ、と思った。


(────こいつはヤバイな。フオン君と戦う時程ではないが、あの時に匹敵するぐらいのプレッシャーを感じる。補助魔法バフをかけてもらっているのにここまでも力の差がかけ離れているのかよ────参ったな)


 目の前にいる人物の強者としての存在からか誰も何も口を開けない中、千堂はそう内心で毒づく。

 そんな中、何も反応を見せない千堂達を見兼ねてか吸血鬼の様な人物から話しかけてくる。


「────無視か、悲しい。それは悲しいな。私が話しかけていると言うのに………あぁ!そうか、そうだ!"人間"にはという様式美があったな。うっかり私も忘れていたよ、そうだよ」


 一瞬落ち込んだと思うとそんな訳の分からない事を呟く。

 そのまま千堂達の方にロッドを持っている手とは別の手を翳す。その不可解な行動に千堂や他のパーティメンバー達は何をされても直ぐに動ける様に身構える。


(────こいつ、俺達の事を"人間"と呼んだと言うことは、だ。自分は人間では無いと、言うことか?だが魔物は、何か違う。人の形をしながら尚も知恵もある様に見える。こいつはなんだ?そもそも今から何をしようとしてやがる?)


 千堂が内心で色々と考えている時、ある事が起きる。

 千堂とセリナと同じ前衛を担当する予定だったパーティメンバーの男性がいきなりその場で脂汗を出しながら苦しみ出した。その事に周りにいた仲間達が声をかけている。だが、一向に苦しみが消えないらしく、その場で自分の喉を掴みもがき始める。


 その尋常じゃない状態に流石の千堂も一度化け物から顔を離すとそちらを一瞥する。そんな苦しそうな表情を浮かべる男性は千堂に一瞬視線を向けると声にならない言葉で口だけを動かしていた。


 ただ、その男性が口にした言葉は────「ごめんなさい」と、言ったように見えた。


 その理由が分からなかった千堂は首を傾げるとその今も床に転がりもがいている仲間の元に向かおうとした。


 だが、その男性が伝えたかった事は直ぐに分かることになる。


「────うっ、ううッァ、グルルッァァァァアッッァ!!」


 人が到底発せないような雄叫びをその男性があげる。

 よく見るとさっきまでの人間の姿ではなく、今は顔や身体中が黒く変色し、目は赤黒く純血していた。変化は一瞬でその姿は既に理性など無く人では無くなっていた。近くにいた人々は悲鳴をあげ、だった男性から一歩、離れる。


 そんなだった男性の変わり果てた姿を見て千堂は漸く男性が自分に伝えたかった事を理解する。


 「"敵"になってしまいごめんなさい」────と。


 伝えたかったのだと。


 その事に何故か勘で分かった。もうあのだったものは"戻らない"と。


 なので千堂は────


「────貴様ァッ!!俺の大切な仲間に何をしたッ!!?言えェーー!!」


 怒髪天に怒りながら千堂は今もこちらを澄まし顔で見ている化け物に問う。相手が何をしたのかわからない。それでも、もう仲間がと分かっていた。でも、言葉にして、やった本人の口から聞かなくてはいけないと思った。


 問われた化け物はニンマリと嗤うと口を開き、当たり前の事のように話す。


「ん?言っただろう?私は"挨拶"をすると。だから、ただ、私は諸君に挨拶をしただけだが?これも人間のマナーなんだろ?それはともかく………口の利き方が良くないな。まぁ、私は寛大だ。少しは許してやろう」

「貴様!!何が挨拶だ!元に、戻せ!!」


 それでも千堂は化け物にを元に戻せと伝える。ただ、化け物は肩を落とすだけだ。


「────ハァ、それは無理な事だな。既に彼は死人グールと化している。それと先程私は言ったな?口の利き方が良くない、と?────これで二度目だ。三度目は────無いぞ?」

「────がッ!!?」


 化け物はそう言うと千堂一人に向けてプレッシャーを当てる。プレッシャーを当てられた千堂はなす術なく片膝を突く。だがそれでも立ち上がろうとして化け物を睨み付ける。

 そんな自分のプレッシャーに耐えた千堂を見て初めて驚いたような表情を浮かべる。


「────ほう?私のプレッシャーに耐えうる人間が存在するとは。"本気"ではないとしても耐えるとは、な。ただ、そんな事をやっていて良いのか?」

「なに、を言って………?」


 千堂が化け物に聞き返そうとした時、背後からパーティメンバー達の悲鳴が聞こえてくる。その事に嫌な予感を覚えた千堂は直ぐに背後を振り向く。


 そこではだった男性が死人グールとなりパーティメンバーを襲っているところだった。既に何名か手傷を負わされたらしく負傷をしている人が見える。それにだった事や元がだったからかどう出て良いか分からないようだ。


(────ふぅ、リーダーである俺が理性を忘れてどうする。周りを見ないと、俺が指示を出さないと状況が変わらないだろ。しっかりとしろ、千堂剣夜!)


 そう思うと自分に活を入れるように両手で自分の頬を叩く。そんな千堂を楽しそうに眺める化け物はある事を提案する。


「────君は何かをやろうとしているようだが、死人グールになった彼の直し方など無い。止めるには彼の息の根、即ち殺す事だよ。君にそれができるか?かつての仲間であり、人間を"殺す"という事を。まぁ、それができたら君の願いを聞こう。どうだい?」

「………分かり、ました。だが、必ずだ────ですよ?」


 こんな奴に敬語を使うのなど屈辱だ。でも今こいつに動かれると被害が拡大するだけだ、此処は俺が我慢だ。


 そんな千堂の話を聞いた化け物はまたニンマリと嗤う。


「勿論!私は"嘘"など生まれてこの方ついた事ないからね!!」

「…………」


 そんな嘘か本当か分からない化け物の話を鵜呑みにする訳ではないが、千堂は信じる。ただ、せめてものの抵抗で"返答をしない"という選択をとる。そんな千堂をまたも楽しそうに化け物は眺めているが特に今は何もするつもりはないらしい。


 今はこのショーを楽しんでいるようだ。


 千堂は直ぐに化け物の元から離れると走りながら背中にある真っ赤な大剣を抜刀する。すると今、丁度パーティメンバーに死人グールが襲いかかっているところだった。


「お前ら!そこを退けェェーー!!そいつグールは俺が、俺の手で────殺す!!」


 なので大声を出し、みんなと死人グールの気をこちらに向ける。ただ、かつての仲間を"殺す"と躊躇いもなく口にする千堂にみんな驚愕な表情を向けていた。


 だが、そんなパーティメンバー達に取り合っている暇など無かった。セリナは副リーダーとしてかそんな千堂に一歩遅れて「やめてーーー!」と叫び止めに入ろうとしていたが、千堂の方が────早い。


「────こんな、駄目なリーダーについてきてくれてありがとう。だから────」

「グルッァア?」


 千堂が話しかけるが死人グールは理性を宿していない瞳でただ千堂を見つめる。


 そんな中、千堂は────


「────どうか安らかに、眠ってくれ────」

「グルッァア!?」


 中段に構えた大剣を両手で持ち躊躇なくかつての仲間の心臓に向けて打ち付ける。大剣が呆気なく刺さった死人グールは初め喚き声を上げたが────何故かその後直ぐに、少し笑ったような気がした。そんな死人グールの変化を見た千堂は目を見張る。

 それと共に奇跡が起こった。先程まで理性が無いと思っていた死人グールの瞳に色がつき始めたのだから。


 千堂がその光景を見て何も言えない中、死人グールが口を開く。


「────あり、が、とう────」


 最後に掠れた声だったがしっかりと「ありがとう」と聞こえた。


 そんな事を伝える死人グールは一瞬にして灰の様な物に変わる。その灰を床に残して消えてしまった。


 それと共に千堂は顔をくしゃっと歪めると────床に膝を突き、その残ったただの灰を握りしめる。


「────俺の方こそ、ありがとう。そして────稲荷いなり、お前は俺達のムードメーカー的存在だったな。をありがとう、な」


 千堂は泣きながら────その死人グールだったものを稲荷と呼んだ。その光景を見た他のパーティメンバー達も泣いていた。


 ただ、"命を預けてくれ"と"死なせない"と約束した。────筈だったのに既にそれは泡沫な儚い夢になって消えてしまった瞬間だった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る