第68話 フオンと服部の語り
◆
フオンはネロを探すついでに服部にある事を聞こうとしていた。服部の動き、それから"忍者としての技能"という言葉が頭の隅に残っていたからだ。
なので、走りながらも隣にいる服部に聞いてみる事にした。
『──服部。先程お前は言ったな。忍者としての技能を持って合格と書かれた"石"を探したと?それは「スキル」とは何か違うのか?』
『──そう、でござるなぁ。まぁ、特段隠すつもりは無いので話しますぞ。まず拙者が使う技能とは即ち──"忍術"の事でござるよ。フオン氏も少しは小耳にしたことがあるであろう?』
フオンの質問にフランクに応える服部。そんな言葉を聞いたフオンは一つ頷く。
『あぁ、聞いたことがある。が、本当にそんな物があるのかは半信半疑だった──ただ、お前が使っているものが「スキル」ではなく、その、忍術だと?』
『如何にも。忍術とは「スキル」とは全く異なる物でござる。ただ、忍術には派生という物があり。忍術を扱うには"氣"というものを感じ取れなくてはいかなん』
『──氣だと?それは、アレか?アニメや漫画で出てくる様な摩訶不思議な体内エネルギーの、事なのか?』
服部の話す内容に興味を抱いたフオンは少年の様に矢継ぎ早に質問をする。そんなフオンに素行を崩すと服部は口を開く。
『ですな。少し説明をすると氣とは人なら誰しも体内エネルギーとして持っているものでござる。それに意外だと思われると思うが、フオン氏も他の皆様も日常で氣を微量ながら使ってるのでござるよ。それはただ歩いたり、話したりする時に意図せず使ってるのですぞ?』
『──ほう。では、今から俺は氣が使えるのか?』
そんなフオンの話を聞いた服部は苦笑いを浮かべると「それも今、話しますぞ」と言う。
『まず、前提として氣を持っていたとしても意識して使える人物など"存在"しないでござる。何年もの血の滲むような鍛錬を終えた一握りのエリート。なによりもセンスが問われるのでござる。そこでやっと氣を上手く扱える様になると、その氣を身体に纏わり付かせて簡単な身体能力の強化ができるでござる』
『そう、か。では、その氣がマスターできたら次は忍術、という訳なのだな?』
「自分では使えないのか」と少し、意気消沈してしまったフオンは直ぐに切り替えるとそんな質問をする。聞かれた服部は一つ頷く。
『うむ。忍術とは自然に干渉して派生させるいわば自主型自然干渉みたいなものでござる。それで、忍術の種類には──水・火・雷・風・土、それから氷なんて物があるでござるよ』
『自然に干渉、とは?』
『良い質問ですな。まず、忍術とは先程も話した通り、氣がマスター出来ないと話にならないでござる。その氣を主に両の手に纏わせて──自然に干渉をして発動するのですぞ。まずは「水」、空気中には水蒸気という物があり、それに氣で干渉する事により自由自在に水を扱える。次に「火」、これは氣で空気中にある空気を圧縮する事により圧縮されたその空気に固まって出来た「酸素」に氣で干渉する事により、自由自在に火を扱える。次の「雷」は空気中にある帯びている静電気に氣で干渉すると自由自在に雷が扱えるでござるよ。「風」と「土」は最も簡単で、風は空気に干渉して直ぐに扱える。土は地面にある土と言われる物なら干渉次第で簡単に扱えるでござる。──「氷」は「水」の派生系で水をマイナス帯になる様に自然に干渉するとできるでござるよ』
そんな話を長々と話した服部は一度、口を閉じるとフオンが理解出来ているのか顔を伺う。
『──ふむ?化学と同じ理論か。まぁ、使えなくても支障は無いな』
自分自身で話を完結させたフオンはそう、小声で呟く。そんなフオンの呟きを耳聡く聞いていた服部は「うむ。フオン氏は理解力が早くて話しやすいですな」と頷く。
『フオン氏は忍術などなくとも強いとお見受けする。なので別になくとも問題はないでしょうな』
『まぁ、そうなのだが、強すぎるのも困り物だ。力の制御がどうしても大変でな』
困った物だ、という様に肩を落とすフオンの話を聞いた服部はある事に気付くと伝える。
『──ん?忍術など使えなくとも氣さえ多少使えれば力の制御は可能でござるよ?なのでフオン氏も練習を積み重ねればそのうち力を制御出来るかもしれませんぞ?』
『それは本当か?』
『えぇ、勿論。ただ、覚えるのは教えるよりも実践を観て知った方が断然覚えやすいと思いますぞ。まずは忍術を使っている相手が何処に氣を込めているのか"目"で見えたら最初の関門はクリア。その後は自分の体内にある氣に干渉をする。次にその体内で感じた氣を込めたい箇所に込めれれば、氣の取得は完成でござろう』
そう走りながら話していた服部は目前に現れたオークに火の玉をぶつけていた。火の玉を直撃したオークは「グフっ」と叫び絶命する。
そんな服部の姿を観ていたフオンは──
『──今、お前の左手に何かが纏わる感じがした。それが氣か?』
『──へっ?今のが観えたでござるか?』
『あぁ、ハッキリと観えた。アレが氣なのか?』
フオンの話を聞いた服部が突如、素っ頓狂な声を出すと止まってしまったので答えを聞くのもついでにフオンも立ち止まると服部の回答を待つ。
そんな服部は未だに驚いている様な表情ながらもフオンの質問に答える。
『え、えぇ。今、拙者は確かに左手に氣を纏わせて忍術を発動したでござる。それがこの短時間で観えるフオン氏とは、一体………』
何やらブツブツと呟いている服部だが、それにはフオンは取り合わず──
『そんな事はどうでも良いだろ。できた物はできた。なら、後は実践あるのみだ。だから次から魔物が出てきたらお前の忍術をもっと見せてくれ』
『──ですな。承知しましたでござるよ。では、先を急ぎましょう』
『あぁ』
服部ので言葉に相槌を打つフオンは後を突いていく。
ただ、二人が20分程走っている中、特にこれといって魔物は出てこなかった。そんな中、服部がフオンにある事を話しかける。
『その、フオン氏は拙者が不審に思わないのでござるか?いきなり、仲良くしてくる男の上、忍術などという面妖な技を使う人物を』
『………そうだな、正直』
『どう、思っているのですかな?』
話を途中で止めるフオンに次の言葉の催促を伝える様に問い掛ける服部。
『どうでも良い』
その、一言で終わりだった。
ただ、そんな端的な言葉を聞いた服部は納得ができないのかもう一度問い掛ける。
『それだけ、それだけ、なのですか?拙者が気持ち悪い、おかしい、とフオン氏はおもわないと?』
『あぁ、そう言っている。お前が考えている事を全て総意てどうでも良いと言っている。なに、お前は俺に敵意など向けないしそれよりもこうしてパーティとしてやれている。俺の意見にも答えてくれるし、色々と教えてくれた。──本当は俺に敵対している存在、とでも言うのか?』
『…………』
フオンがそう聴くと服部は無言になってしまった。ただ、直ぐに服部は──
『あなたを、フオン殿を試していました!その事、誠に申し訳ありません!!』
その場でスライディング土下座をすると、自分の額を「ダンジョン」の地面に勢いよく地面に付ける。
『別に、そこまでする必要は『駄目です!』──そうか』
服部の奇行に動きを止めたフオンは、土下座を直ぐ様に辞めさせて先に進もうとしたが、物凄い勢いでフオンの話を遮ってまでして否定されてしまったので頷くしか無かった。殿などと敬称を付けられていたが、そこには特に追求はしない。
『まず、先程も言いましたが、フオン殿を試した事、申し訳ありません!──拙者はある事を調べる為に
『…………』
(──はぁ、こういう奴は下手に否定すると自分の考えを押し倒してくるパターンが多いからな。面倒臭いが、ここは肯定をするべきか)
そう、内心で考えたフオンは──
『──お前の謝罪を受け取る。俺もそんなに気にしていない、というかさっきも言ったがどうでも良い』
『そう、でしたな。フオン殿はそういう人でしたな。──ただ、拙者のお話だけ聞いて頂けますか?』
『あぁ、ただ、手短にな』
『承知しました!拙者は──』
服部はそう前置きを置くと、自分が東京にきた理由を話した。
服部が東京まで遠路遥々来た理由はある人物──「
それよりも「
『──それで、拙者はフオン殿と接触ができ、今に至るでござる。ただ、フオン殿は拙者が探していた人物とは違うとお見受けした』
『そうか。でもお前はその── 「
俺は聞く。多分、こいつは「
そう想うフオンは真剣な面持ちで服部に問い返す。
『そう、ですなぁ。まず、その人物に伝えたい言葉があります』
『──それは?』
フオンの言葉を聞いた服部は一白置くと──
『──ただ一言、頑張ったな、と。苦しかったね、と。拙者は彼──工藤幸太君に伝えたかった』
『──ッ!それ、は』
フオンは驚いた表情を作るだけで、それ以上の言葉は口から出てこなかった。その代わりか、胸の奥から何かわからないものが込み上げてくる感じがした。そんな中、服部は少し泣き顔を作ると話を続ける。
『拙者は、拙者は──3年前は今の様に忍術を上手く使えなかった、未熟者でした。でも、そんな中、世界が変わりました。その時に拙者も「スキル」なるものを天から授かりました。ですが──彼、工藤幸太君だけが「スキル」を一つも貰えなかった。そんな中、人に虐げられながらも、理解者が一人もいない中でも工藤幸太君は──生きた。拙者がその話を聞いたのは世界が変わってから半年後の話でござった』
『…………』
そんな服部の話になにも反応できないままただ、フオンは聞くことしかできなかった。
『拙者はその話を聞き、憤慨致しました。何故周りは助けないのか、何故彼を一人にするのか、何故──「スキル」がないだけで迫害するのか、と。そんな事を伝えたかった。でも、拙者は当時未熟者であり、東京に来る伝手も無かった。だから、親に懇願して「工藤幸太君を助けて欲しい」とお願いしたが──それも叶わなかった。「助けたいなら、お前で助けろ」と言われる始末。でも拙者はそれで決心した。強くなり、弱気を助ける人になると、その時に誓った。それから2年間弱は修行の日々でござった。それに何もやらないなら拙者も周りのそんな連中と同等。なので、助けるなら己が強くならなくては意味がないと、朝、昼、夜、眠る間も惜しみ誰よりも修行をした。漸く今の自分になれたのは丁度2ヶ月前の事だった。それからは直ぐに家を出て、情報を頼りに
『──お前は、それで、どうしたのだ?』
なんとか、フオンは喉から声を引き出す様に出し、服部に告げる。
『──その事に拙者は絶望しました。それと共に希望もありました。それが、あなたです。──フオン殿』
『──俺?』
『はい、フオン殿です。「
『そん、なの』
──「関係ないだろ」と言ってやりたかったが、上手く言葉は出なかった。なんとなくはフオンもわかっていた。この目の前にいる服部はとても良い奴で、
こんな、馬鹿な奴もいた者だ。いや、二人目、か。──登も服部と同じ考えだったな。
そう思うと共に、フオンは自然に苦笑いを浮かべていた。本当は、嬉しかったのかもしれない。自分の心は壊れている。そんなのは自分自身が一番わかっている。でも、それでもまだ人の心は捨ててはいない。そんな中、こんな
『──お門違いだとわかっている。工藤幸太君とフオン殿が違うとわかっている。でも、でも、でも!拙者は何処かそんな似ているフオン殿に償いたいと思った。これは拙者の自己満足だ。工藤幸太君の窮地を知っていながら救えなかった、エゴなんでござるよ』
『だが、別に俺は、助けなど』
ただ、やはりフオンはそれ以上の言葉が出てこない。服部からの信頼を期待を──助けを自分の心が"否定をするな"と言っている様に。
『なに、フオン殿に迷惑はかけないでござるよ。これは拙者のエゴ、ただの贖罪でござる。だからあなたはそのまま自分が正しいと思う道に突き進むと良いですぞ。拙者は忍びだ、あなたの邪魔をするモノを斥け、あなたの突き進む道になりましょう。ただ、あなたの理解者になろうとなどしない。あなたに寄り添おうなどとはしない。それは、他のお方がきっと──ただ、そんな寂しそうな顔を少しでも無くすために拙者は奮闘しましょう』
『なっ!?』
服部の話を聞いたフオンは、言われてから気付いた、自分の心が何故か寂しい、哀しい気持ちになっていて、やるせない気分になっている事を。
それを知ってか、服部はフオンに話す。
『──皮肉なものです。自分の事は自分が一番わかっている。だから助けるな。でも、自分の抱えている苦悩、助けて欲しいと思う声、誰かの為になりたいという想いは自分一人では抱えられない。誰か一人にでも分かってほしい。誰か一人にでも理解してほしい。なんとも、裏腹でござるな』
『──そう、だな』
服部の話を静かに聞いていたフオンは一つ相槌を打つ。
『でも、あなたは──フオン殿は違う。何もかもを抱え込む強さ、何もかもを吹き飛ばす真意、誰かを助けようとしている想いを持っていると拙者は思う。試験中もそうでした。他の試験者達が窮地に立つと助ける。当然の様に、助ける。そんなあなたは人々を導く光の様に見えた。拙者はフオン殿の心の中を読むことなど出来やしない。ですが、そんなあなたの在り方を素晴らしいと、思った。だから、拙者はあなたの助けになりたい』
服部はそういうと、フオンの側に寄り──自分の主人に忠誠を誓う様に跪く。
そんな服部に、フオンは──
『──俺は、お前が思う様な善人じゃない』
『だとしても』
本当の事を告げるが、服部に否定される。
『俺は優しくもないし、清廉潔白でもない、ただの──冷酷な男だ』
『だとしても』
それでも、即否定をする。
『──人を助けたいと思ったことなど一度たりとも無いし、俺は人を──嫌いだ。だからお前の考えは酷い勘違いだ。俺はただ、弱者を同情しているだけに過ぎない』
フオンはその言葉を吐き捨てる様に伝える。聞いた服部は──
『だと、しても!』
それでも、尚も否定する。
『…………』
流石のフオンもこうまでして、喰い下がる服部が理解出来ない。だからこそ、無言になってしまう。でも、何故だが、服部に否定をされて悪い気はしなかった。
『フオン殿が今、言ったこと、思っている事は本当の事なのかもしれない。でも、それでも拙者は人に関心のないと言いながらも助けるあなたの在り方を、それでも誰かを助けるという在り方を──とても綺麗だと憧れた。だから──』
『………はぁ、好きにしろ。着いてくるのも何をするのもお前の自由だ。今は、そんな事よりも早く探索をしなくてはな』
そのフオンの同意ともいえない言葉を聞いた服部は──
『わっかりました!!拙者、張り切ってフオン殿のお仲間を探すでござる!』
『勝手に、しろ』
服部のそんな元気な言葉に力なく相槌を打つフオンは──自分の顔が何処となく柔らかい表情になっていることを自分でわかっていないのか、服部の後をついていく。
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