第57話 模擬戦の終息④
そんな諸星の
ただ、フオンはそんな事は無く。相手が自己紹介をしたならと思い、自分の事も一応教える事にした。
「俺の名は、フオン。フオン・シュトレイン。今日この冒険者協会に顔を出した──初心者冒険者だ」
「──え?初心者……冒険、者?」
フオンの簡素な自己紹介に諸星は何を聞くよりも先に初心者と言うフオンの言葉に驚き、思わず聞き返してしまった。それは鎧ドレスの少女や他のメンバーも同じで皆同様に驚いていた。
ただ、それは当然の事で千堂のパーティメンバーは全員が「A」ランク以上の最上級冒険者であり、一目見ただけで大体はその人物がどれ程の強さを持つかは分かる。
それはフオンについても同じで、立ち居振る舞いだけで自分達より同等。それかそれ以上の強さを持つ人物だと分かっていた。
そんなフオンの秘められた強さを感じたからか諸星が惹かれたのもあるのだ。そんな中、その人物に初心者と言われたのだから驚くのも当たり前な訳で。
そんな諸星の質問にフオンはコクリと頷いた。
「あぁ、それは本当の事だ。──そこで笑いを堪えている千堂さんにでも聞いてみれば良い」
フオンはそう言いながらも千堂の方に少し視線を向けた。
突然指名され、視線を向けられた千堂は「笑ってませんよ?」とでも言いたげにソッポを向き、「ヒュー、ヒュー」と掠れた音しかならない出来損ないの口笛を吹いていた。
その様子を見てフオンはまたも「はぁ」とため息を吐く。そんなフオンと千堂のやり取りを見ていた諸星はというと──
「──うん、こんな事で君が……フオン君が嘘を付いても意味が無いと思うから私は信じるよ。それで、なんだけどさ?さっきの私の、その、告白は返事を貰えるの、かな?」
諸星はフオンの話を簡単に信じ。フオンを名前呼びで勝手に呼ぶと、そんな事を恥ずかしそうにしながらも上目遣いで聞いてきた。
そんな事を諸星にやられたら大抵の男は簡単に恋に落ちてしまうだろう。諸星は小柄ながらも大振りな胸、それに加えて可愛らしい顔をしている美少女なのだから。
だが、フオンは違う。
名前呼びに特に何も反応をしないフオンは初めから返事は決まっている訳で──
「その話、断らせて貰う」
と、一刀で切り捨てた。
「………そ、その、それはなんで、かな?」
フオンに断られてしまった諸星は少し涙を目に溜めながらもそう理由を聞いてきた。
聞かれたフオンはこんな所で泣かれても困ると思ったのか出来るだけ優しく、それも穏便に済ます様に言葉を選びながら伝える事にした。
「俺は別にアンタを嫌いな訳ではない。裏を介せば好きでもない。が、ただそれは当然の事だ。俺達は今日初めて会ったのだからアンタも──諸星さんも、そう思うだろ?」
「う、うん。でも私は君の事を好き……だよ?」
フオンに聞かれても諦めたくないのか諸星は尚も縋り付いてくる。
それでもフオンはやんわりと首を振ると──断る。
「………その気持ちはありがく受け取ろう。でも、今の俺には恋よりも、なによりも、やりたい事がある。だから断らせて貰う。恋愛に──諸星さんに興味が無い奴と付き合っても良い事は無いだろ?」
「そう、だけど………」
話を聞いた諸星はやはり受け入れられないのか下を向くと落ち込んでもしまったのか暗い顔をしていた。
「──ただ、話し相手ぐらいにはなるさ」
「ふぇっ!?」
落ち込んでしまった諸星にフオンは近付くと諸星の艶のある綺麗な長い黒髪を傷付けないように最新の配慮をしながら優しく梳きながらそう伝えた。
人との関わりを持ちたく無い。人の事などどうでも良いと思っているフオンでも昔から根元にある優しさはどうしても捨てきれなかったのか諸星にそう伝えた。
いきなりの事でされるがままになっている諸星は目を回すと顔中を真っ赤にしていた。
周りで見ていた女性陣は「きゃーー!」と言う黄色い声をあげているが。
男性陣は──
『ほう、フオン君は女性の扱いが上手いな──あれはかなりのやり手と見た。まぁ、俺には勝てんが』
『だな、自分の良さを分かっているからこそ出来る事だ。落として上げる、かぁ。まぁ、俺には到底及ばんが』
『──ふっ!フオンはまだまだ、だな!』
何故かフオンに対抗心を持っていてかそんな事を口々に呟いていた。
少ない女性冒険者達に白い目を向けられているとも知らずに。
ただ、そんなフオンの対応を許せない存在もこの場には存在して──
「はいはいはい!お兄ちゃんはこっち来ようねぇーー!!そして、女性たらしみたいな行為は即刻辞めようねぇ!!!」
そう言いながらもフオンの元に来た顔に笑顔を貼り付けたネロは諸星からフオンを離らかせて、笑顔なのに全然笑っていない目をフオンに向けていた。
「──俺は、たらしなどでな無い」
「はいはい!自覚無し!自覚無しィ!!」
不安の言葉を否定しながら諸星から十分に離らかせると、そのまま「女性の頭をあれ程撫でるなと言ったでしょぉ!!」と説教をしていた。
フオンはそんな激怒をしているネロ相手に無言で話を聞いていた。ここで反論しても後が怠いのを知っているからだ。
フオンの方にはネロが付き。諸星の方には鎧ドレスの少女が付き。落ち着かせていた。
「諸星さん!大丈夫ですか!?彼に何かやられませんでしたか!?」
「──フオンキュン。カッコいい………」
鎧ドレスの少女が話しかけても何処か夢見心地な雰囲気を醸し出し。呂律がしっかりと回らないのか緩み切った顔をしてそんな事を永遠と繰り返していた。
そんな諸星を見てこれは駄目だと思うと共にフオンの方に顔を向けるとさっきの何故か真っ赤にしてしまった表情とは違う、怒りの表情を作ると見ていた。
ただ、鎧ドレスの少女が何でさっきフオンの顔を見て真っ赤になってしまったのかは何となくは分かっていた。それは── フオンと言う男が自分達の探し人である──幸太にあまりにも瓜二つなのだからだ。
諸星のせいで真面に話ができなかったが彼──フオンは本来ならこの鎧ドレスの少女──橋本セリナの想い人でもあり。探し人でもある。ただ、そんな事を知らないセリナは偶々このフオンと言う男が幸太に瓜二つなのだと思い込んでいた。
(──あのフオンと言う男は幸ちゃんに似ている。勿論、髪色・目の色・雰囲気は全くの別人だけど何処か似ている。でも彼は何か、違うような気がする………)
そんな事をセリナは一人心の中で考えていた。ただ、今考えても答えなど出来るわけがないので今は目先の事を済ませる事にした。
今もまだ再起不能の諸星を背負うと静観している千堂と他のメンバーに声が聞こえるように話しかける。
「………色々と気になる事はありますが、今は優先事項を進めます。リーダー、今すぐに協会長の元に行きますよ?」
「──分かってる。「東京ダンジョン」で何があったか話すさ」
セリナの言葉に巫山戯る事は無く真剣な表情を作ると千堂はそう伝えた。
そんな千堂の様子を見てセリナは頷く。
他のパーティメンバーも全員同意なのか話を聞いていて直ぐに動ける準備をしていた。
「では、行きましょう──」
セリナはそう言うと今もまだネロに説教を喰らっているフオンを一瞥すると何も言わずに踵を返した。
その後に千堂以外のメンバーが着いていく。残った千堂は。
「──フオン君、ネロちゃん!歓迎会とかは結局出来なかったが、上にはしっかりと君達の昇級の話は伝えとく!恐らく時期君達の元に話が来ると思う!蔵さんがいるから問題は無いと思うが、一応な!」
千堂はセリナを追いかける前にフオン達にそう伝えた。
言われた二人は、フオンは手を挙げて挨拶を返し、ネロは大きく頷いた。
その様子を見た千堂も頷くとその場を後にした。
千堂達が居なくなったその後は、闘技場に集まった皆はそれぞれ解散してフオンとネロは蔵から今後の話を聞いた。
ただ、聞いたと言っても今日或いは明日から「ダンジョン探索」をするや昇級の話が持ち込まれるまで待っててと言う事、他の冒険者と少し交友をしてくれと言う事だった。
その事を二人は同意すると蔵とも解散をして、蔵から紹介されたアパートに行くとこれから住む手続きをして今日は休む事にした。
◇
ただ、二人は知らない。この「東京支部」関係なく他の県や他の国の冒険者協会にある話が伝わっている事を。
とある初心者冒険者が、魔法一つで「今まで壊した人がただ一人もいない」闘技場内の地面に穴を開けたと。
とある初心者冒険者が「S」ランク冒険者を手も足も出させずに完膚なきまでに勝ったと。
──その二人が久しぶりの最速ランカーになったと。
闘技場の地面を壊した少女には【
「S」ランク冒険者を倒した青年はルールを無視する程の強さから【
二つ名とはその人物の凄さ、偉大さで人々から付けられる名だ。
そんな名が初心者冒険者に付けられたのだ、それも今日初めて冒険者協会に顔を出した本当の初心者に……そんな存在がいるのを知って世界は何もしない訳が無く、どんな人物か話題になっていた。
でも日本は──世界は知らない。その人物達が絶対に手を出してはいけない存在だと。
今は誰も、知らない。
──少し補足を入れると──「ダンジョン」で討伐した魔物の素材を目立たないレベルで買い取り受付でお金に変えたフオンは、次の日ネロのスイーツ巡りに一日中駆り出されたのであった。
その時に何故かセリナや諸星と会って一悶着はあったが、それはまた別のお話。
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